インサイド・ブルー 第4話

翌朝。頭蓋骨の中で小人が工事をしているような激痛と共に目が覚めた。 最悪の目覚めだ。だが、本当の地獄はオフィスに着いてからだった。

「よう、おはよう」 何食わぬ顔で挨拶する影山先輩。その脳内を覗いてしまった瞬間、昨夜の私の姿が4K画質で再生される。 『如月ちゃん、まさか俺の変装した顔の頬をつねり上げて「素材がいいのにもったいない!」って説教垂れるとはな……』 一ノ瀬の方を見れば、『ネクタイ鉢巻にして「サライ」歌い出した時はどうしようかと……』という記憶が流れてくる。

(あああああ! やめて! その高画質メモリを今すぐ消去して!) 自分の醜態を他人の視点で見せつけられる拷問。読心術なんて、ロクなもんじゃない。私は羞恥心で爆発しそうになりながら、自分のデスクに突っ伏した。

「反省会は後だ。仕事だぞ」 堂島班長が容赦なく新しいファイルを私の頭に乗せた。 「今回の相棒だ。入れ」

入ってきたのは、小柄なショートカットの女性。眠そうなタレ目が特徴的で、立っているだけで今にも寝てしまいそうだ。 「**天野 夢見(あまの ゆめみ)**ですぅ……。特技は二度寝と、予知夢ですぅ……」

相棒の能力は『予知夢』。夢で見た未来は確定事項であり、回避不可能。 ただし、「昨日は爆睡して何も見てないんで、今日はただの役立たずですけどぉ」とのこと。 私たちは、凸凹コンビで現場へと向かった。

今回の被害者は、**阿久津(あくつ)**という悪徳金融業者の男。自宅マンションの書斎で、背中からペーパーナイフで刺されて死んでいた。 密室状態、指紋なし。怨恨の線が濃厚だ。

私たちはリストアップされた3人の容疑者を回った。 そして、私は確信した。「こいつら、全員真っ黒だ」と。

まず一人目は、阿久津に多額の借金があった町工場の社長、権田(ごんだ)。 彼の思考を読んだ瞬間、強烈な「達成感」が読み取れた。 『やった……ついに終わったんだ。阿久津さえいなくなれば、俺の工場は助かる。証拠は燃やした。完璧だ』 (これは決まりでしょ。殺したのね?)

二人目は、阿久津の愛人だったホステスのレイナ。 彼女の思考は「焦燥」と「後悔」で埋め尽くされていた。 『あんなことしなきゃよかった。部屋に入ったことはバレてないはず。指紋は拭き取った。ナイフ……あの日、私が手にしたナイフ……』 (待って、こっちも? 実行犯は彼女?)

三人目は、上の階に住む引きこもりの青年、健太(けんた)。 彼の思考は「恐怖」だ。 『やばい、警察が来た。あの時の“音”を聞かれたか? 殺すつもりなんてなかったんだ。ただ、ちょっとした出来心で……あんなことになるなんて』 (え? こいつも殺したって思ってる? どういうこと?)

全員から、殺人に結びつくような濃厚な「罪の意識」と「実行の記憶」が読み取れるのだ。 しかし、奇妙なことに「背中を刺した」という決定的な瞬間の映像だけが、誰の記憶にもない。 「刺した」記憶がないのに、「死んでよかった」「自分が原因だ」と思っている。

「先輩、どうですかぁ?」 夢見があくびをしながら聞いてくる。 「……全員怪しい。怪しすぎて、逆にわけがわからない」 私は混乱したまま、その日の捜査を終えた。誰かが嘘をついているのではなく、全員が「自分が犯人だ」と思っているような、奇妙な感覚。 報告書には「容疑者全員、クロの可能性あり」と書きなぐり、重い足取りで家路についた。

翌朝。 デスクでコーヒーを啜っていると、夢見がトテトテと寄ってきた。 「先輩、お疲れ様ですぅ。私、昨日の夜、夢見ちゃいました」 「え、じゃあ犯人がわかったの?」 私は身を乗り出す。

「はい。犯人は――いませんでした

「は?」

夢見はホワイトボードに向かうと、眠そうな手つきで図を描きながら説明を始めた。

「まず、上の階に住む引きこもりの健太くんです。彼は事件直前、阿久津さんの怒鳴り声にイライラして、ベランダから下の階のベランダへ、スーパーボールを投げ込みました。『殺すつもりはなかった』っていうのは、この悪戯のことですね」

「ボール……?」

「はい。そのボールは運悪く、開いていた窓から阿久津さんの部屋の中へ転がり込みました。次に、愛人のレイナさん。彼女は別れ話で揉めて、棚にあったペーパーナイフを阿久津さんに突きつけました。でも刺す勇気はなくて、そのままナイフを棚の端っこに置きっぱなしにして部屋を飛び出しました。『指紋を拭いた』のはドアノブ、『あんなことしなきゃよかった』はナイフを持ち出したことです」

私は呆気にとられながら聞き入る。

「最後に、工場長の権田さん。彼は二人が去った後、こっそり侵入して借用書を盗み出しました。その時、阿久津さんが大事にしていたフィギュアのガラスケースにぶつかって壊しちゃったんです。バレないように、グラグラの状態で無理やり積み上げて逃げました。『証拠を燃やした』のは借用書のことですね」

夢見は最後に、赤ペンで大きな矢印を描いた。

「そして悲劇は起きました。帰宅した阿久津さんは、床に転がっていた健太くんのスーパーボールを踏んで、ステーンと転びました。その勢いで壁に激突。振動で権田さんが積み上げたケースが崩壊し、棚が大きく揺れました。すると、レイナさんが端っこに置いていたナイフが落下して――」

「……転んでうつ伏せになった阿久津さんの背中に、突き刺さった?」

「正解ですぅ。重力加速度と奇跡的な角度が生んだ、芸術的なピタゴラスイッチでした」

私は言葉を失った。 つまり、全員の「小さな悪事」と「不注意」が、悪魔的なチームワークを見せた結果の事故死だったのだ。 私の読心術が混乱したのも無理はない。彼らの罪悪感は本物だったし、全員が「自分のせいで死んだ」と思っていたのだから。

そこへ、堂島班長が鑑識の報告書を持って現れた。 「夢見の言う通りだ。ボールの成分、棚の倒壊跡、落下の物理シミュレーション、すべて一致した。事件性なし、不幸な事故として処理する」

全員が少しずつ悪人で、全員が少しずつ犯人だった。だが、殺人犯はどこにもいなかったのだ。

その夜。 「珍事件解決記念」という名目で、再び飲み会が開かれた。 場所は前回と同じ居酒屋。 私は店の前で、十字を切るように胸に手を当てた。 (今日は絶対に飲まない。ウーロン茶で通す。私は学習する女。私は理知的な元占い師……!)

「かんぱーい!」 ジョッキがぶつかる音。私はウーロン茶を口にする。うん、美味しい。これなら大丈夫。

しかし、開始から30分後。 「如月ちゃん、意外と真面目だねー。もっと弾けちゃえばいいのに」 一ノ瀬がニヤニヤしながら、私のウーロン茶に勝手に焼酎をドボドボと注ぎ足した。 「ちょ、何すんのよ!」 「まあまあ、一口くらい」

「……一口だけだからね」 その一口が、ダムの決壊だった。 溜まっていたストレス、昨日の恥辱、今日の捜査の徒労感。それらがアルコールという起爆剤を得て、臨界点を超えた。

――記憶が飛ぶ直前の映像。 私は立ち上がり、テーブルの上に片足を乗せていた気がする。

そして二時間後。

「おいコラ堂島ァ!! あんたさっきから『こいつまた飲みやがった、経費で落ちるかな』とか考えてんじゃないわよ! セコい! 班長の器がちっさい!」 私は堂島班長のネクタイを引っ張り、グイグイと締め上げていた。班長の顔が青ざめている。 「ぐ、ぐるじい……離せ如月……!」

「あとそこの眠り姫! 夢見!」 私はスルメを齧りながら、ウトウトしている夢見の頬を両手で挟んで持ち上げた。 「あんた夢の中で私のお菓子食べたでしょ! 『先輩のプリン美味しい』って思考がダダ漏れなのよ! 予知夢でロト6の番号見てきなさいよ!」 「ふぇぇ……それは無理ですぅ……むにゃむにゃ」

「そして影山先輩! さっきから何回顔変えてんのよ! トム・クルーズになったって誤魔化されないからね! 心の中が『早く帰って録画したアニメ見たい』で埋め尽くされてんのよ! このオタク!」 「ちょ、バラすな! それは俺のトップシークレットだ!」

「一ノ瀬! あんたはもう……顔がいいから許す! でも心の中で『この酒乱女、動画撮ってSNS上げたらバズるかな』とか考えたら、そのスマホへし折って東京湾に沈めるからねえええ!!」

「ヒィッ! 読んでる! ガチで読んでる!」

私は卓上の唐揚げを鷲掴みにし、彼らに向かって投げつけた。 「食え! 罪を噛みしめて食え! これが社会の味よ!」

店内は静まり返り、店員が震えながら110番しようとしている。 「あ、すんません! 身内です! 警察です!」 一ノ瀬が必死に店員を止めている。

私の意識はそこでプツリと途絶えた。 最後に見たのは、天井のシミが私の未来を暗示するように、黒く渦巻いている光景だった。

……翌朝、私のデスクには「始末書」というタイトルの書類と、胃薬が置かれていた。 公務員生活二日目にして、私は署内の伝説となった。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ:

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です