第五章:六歳児の覇気
目を覚ました私は、カレンダーを見て震えた。1966年。 自分が小学1年生に戻ったことを理解するのに、そう時間はかからなかった。鏡に映るランドセルを背負った自分は滑稽だったが、その瞳の奥には65年の苦渋と経験が宿っていた。
登校初日、早速試練が訪れた。 路地裏で、体格のいいガキ大将とその取り巻きに囲まれたのだ。かつての私なら、ここで泣いて謝り、ランドセル持ちをさせられていただろう。 「おい、新入り。ジャンプしてみろよ」 ガキ大将がすごむ。体格差は歴然だ。腕力で勝てるはずがない。 だが、私は知っている。子供の世界こそ、一度舐められたら終わりの弱肉強食であることを。そして、人間を動かすのは筋肉ではなく「気迫」であることを。
私は一歩も引かず、ガキ大将の目を、瞬きもせずに見据えた。 そこに乗せたのは、殺気にも似た、大人の覚悟だ。 「……くだらんこと言うな。邪魔だ、退け」 大声を張り上げるわけではない。ただ、ドスの利いた低い声で言い放ち、相手の肩を無造作に突き飛ばして歩き出した。 ガキ大将は、理屈では説明できない「ヤバさ」を感じ取ったのか、呆気にとられて道を開けた。 勝った。 この日を境に、私は「一目置かれる存在」として小学校時代をサバイブした。
中学、高校も同様だ。勉強は一度覚えたことの復習に過ぎない。 余計な人間関係のトラブルを気迫と処世術で回避した私は、勉学に集中し、前世よりも遥かに偏差値の高い一流大学への切符を手にした。
第六章:人脈という名の武器
大学時代、周囲がモラトリアムを謳歌し、テニスサークルや合コンに明け暮れている中、私は明確な意図を持って動いた。 「人脈こそが力だ」 前世、孤独に死んだ教訓だ。 私は記憶を掘り起こし、将来「化ける」人物をリストアップした。 後の大臣、大女優になる学生、世界的なアスリート、ベンチャーで成功する起業家。 私は彼らに近づき、決して媚びるのではなく、参謀のように、あるいは良き理解者として接点を持った。 自分がトップに立つ必要はない。トップになる人間の隣にいれば、その恩恵にはあずかれる。 私は分相応な「ナンバー2、ナンバー3」のポジションを確立し、盤石な基盤を築き上げた。
第七章:古巣への凱旋
就職活動では、前世の商社を避け、大手メーカーに入社した。 「動かない」臆病さは消え失せ、的確な判断と強力な人脈を駆使して出世階段を駆け上がった。そして60歳になる頃には、取締役の座を射止めていた。
だが、運命とは皮肉なものだ。 60歳になり、グループ再編に伴う外部人事として、天下り的なオファーが舞い込んだ。 行き先は、あの「財閥系商社」。 役職は「専務取締役」。かつて万年課長として馬鹿にされたあの会社に、私は経営陣として戻ることになったのだ。
「佐竹専務、お待ちしておりました」 出社初日、揉み手をしながら近づいてきたのは、前世で私を「万年課長」と陰で笑っていたかつての上司たちだった。彼らは今や私の部下だ。 会社の中身は、私が知っている30年前と何も変わっていなかった。非効率な慣習、無駄な派閥争い。 私は笑いを噛み殺しながら、改革の大鉈を振るった。 「ここの業務フロー、無駄だよね? 昔から変わってないな」 「あ、あの案件、そこの部長が隠してる損失があるだろう? 調べてみなさい」 まるで予知能力者のように急所を突く私に、社内は右往左往した。 私の指摘はすべて図星であり、結果として5年で会社の業績はV字回復を遂げた。私は「中興の祖」として崇められることになった。
第八章:仮面の下の勝利
私生活においても、私は「成功」を手にしたはずだった。 かつての妻よりも家柄が良く、美しい女性と結婚した。子供も一姫二太郎。 豪邸を構え、何不自由ない生活を提供した。 だが、昭和の男の価値観しか持たない私は、やはり女性の心を理解することはできなかったようだ。 妻とは会話がなく、寝室も別。いわゆる「仮面夫婦」だった。 それでも、前世のような離婚届は突きつけられていない。子供たちも、父親としての敬意は最低限払ってくれている。 「これでいい。これが成功だ」 私はそう自分に言い聞かせた。孤独なアパートで練炭を焚くより、冷めたスープでも家族と囲む食卓の方がマシだ。
第九章:二度目の終幕
2025年12月31日。 リビングには、妻と、独立した子供たちが集まっていた。 会話は弾んでいるとは言い難い。どこかよそよそしい空気が流れている。それでも、彼らはここにいる。 私は、普段飲まない高級ウィスキーをグラスに注ぎ、一人で祝杯を挙げた。 「勝ったんだ……」 練炭の煙に巻かれて死んだ前世の自分に、今のこの光景を見せてやりたい。 私は社会的な地位を得た。金も得た。家族も繋ぎ止めた。 悦に入り、グラスを空けた、その時だった。
ガツンッ!
後頭部をバットでフルスイングされたような衝撃が走った。 脳梗塞か、あるいは……。 視界が急激に歪み、私はリビングの絨毯に倒れ込んだ。 「お父さん!?」 遠くで子供の声がする。妻の悲鳴は聞こえない。 意識が急速にブラックアウトしていく。 (ああ……でも、悪い人生じゃなかった……) 前世の絶望に比べれば、これは勝利と言っていい最期だ。私は満足感と共に、二度目の死を受け入れた。
エピローグ:終わらない螺旋
しばらくの静寂。 そして、無になるはずの意識に、再び感覚が戻ってくる。
「……え?」
まばゆい光が差し込む。 天国ではない。この感覚は知っている。 消毒液と、ベビーパウダーの匂い。
目を開けると、そこは白い天井。 そして覗き込んでくる看護師の巨大な顔。 「オギャア! オギャア!」 自分の意思とは関係なく、喉から産声がほとばしる。
(嘘だろ……またか!?)
私の人生は、2周では終わらない。 どうやら神様とやらは、私にまだ「何か」を求めているらしい。 三度目の人生の幕が、唐突に切って落とされた。
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