第十四章:飽和した魂
1960年3月31日。4度目の人生が始まった時、私は産声を上げながら、ただ途方に暮れていた。 「さて、何をすればいい?」 2周目の人生では、自分の立身出世のためにベストを尽くした。 3周目の人生では、他人を救い、そして支配するために力を振るった。 真面目なエリートも、狂気の教祖もやり尽くした。累計で200年以上生きている私の魂は、すでに老木のように枯れ始めていた。
今回の私は、静かだった。 幼少期に神童ぶりを発揮することもなく、かといってイジメられることもなく。 周囲に合わせて笑い、適当に勉強し、目立たぬように「普通の子供」という役を演じきった。 200年の経験があれば、人に合わせることなど呼吸するより容易い。 だが、心は常に冷めていた。周囲の子供たちが、あるいは教師たちが、プログラムされたNPC(ノンプレイヤーキャラクター)のように見えてしまうのだ。
第十五章:チートプレイヤーの孤独
20歳になった日、私は家を出た。 家族との団欒は、私にとって苦痛でしかなかった。愛着を持てば、失う時の悲しみを味わうことになる。それを避けるには、最初から心を閉ざすしかない。 「探さないでくれ」と置手紙を残し、私は東京へ出た。
生活の基盤を作るのは一瞬だった。 記憶にある過去の競馬の結果、株価の変動。それらを機械的に利用した。 「このレースは3番が勝つ」「この銘柄は来月暴騰する」 スリルなどない。ただの作業だ。 数ヶ月で一生遊んで暮らせるだけの資産を築いた私は、誰とも関わらず、ひっそりと一人暮らしを始めた。
人生を「ゲーム」だと割り切れれば、もっと楽しめたのかもしれない。 だが、私はそこまで非情にはなれなかった。人と関われば情が移る。情が移れば、ループする運命が辛くなる。 だから私は、世界から逃げるように孤立を選んだ。
第十六章:模倣者の憂鬱
しかし、ただ死を待つには人生は長すぎた。 暇を持て余した私は、莫大な資産を元手に会社を興した。 やりたいことがあったわけではない。ただ、時間の流れに耐えられなかったのだ。
経営は、恐ろしいほど順調だった。 「今、このサービスを出せば当たる」「次はITバブルが来る」 時代の寵児と呼ばれた起業家たちの戦略、未来のトレンド、大衆の心理。 すべてを知っている私は、それらをパズルのように組み合わせただけだ。 私の会社は急成長し、私は「稀代のビジョナリー」ともてはやされた。
だが、私の心は沈んでいく一方だった。 (これは俺の力じゃない。ただのカンニングだ) 私がやっていることは、かつて見た誰かの真似事(模倣)に過ぎない。 創造性も、情熱もない。ただ正解ルートをなぞっているだけ。 社員が増え、ビルが大きくなるほど、私は自分が「中身のない空っぽの器」であることを突きつけられた。
第十七章:空虚な塔
私は何のために生きているのだろう。 そんな問いを抱えたまま、私は中年を過ぎ、初老を迎えた。 審判の時が近づいていることはわかっていた。 私は会社をバイアウトし、すべての地位を手放した。 結婚はしなかった。子供もいない。信者もいない。 守るものも、失うものも何一つ作らなかった。
2025年12月31日。 私は都心のタワーマンションの最上階にいた。 広すぎるリビングには、高級な家具と、私一人。 窓の外には、かつて私が予言で脅し、あるいは救った東京の街が広がっている。 だが今の私にとって、それはただの夜景という名の光の粒でしかなかった。
「……乾杯」
高価なヴィンテージワインをグラスに注ぎ、一気に煽る。 味はしなかった。ただ、これから来る痛みを少しでも紛らわせればそれでよかった。 孤独だ。 けれど、これは私が望んだ孤独だ。誰の記憶にも残らず、誰の涙も誘わず、ただ消える。 それが、200年生きた亡霊に相応しい最期だと思った。
第十八章:無意味な祈り
時計の針が進む。 そして、その時が来た。
ガツンッ!!
脳天を突き抜ける激痛。4度目にして慣れるどころか、痛みは増している気がした。 グラスが床に落ち、赤ワインが絨毯に広がる。まるで血のようだ。 私は床に転げ回りながら、天井に向かって祈った。
(頼む……もう終わりにしてくれ) (もう十分だろう? 学ぶべきことも、やるべきこともない) (これ以上の生は、拷問でしかない)
意識が遠のく。 私の人生は、何一つ残らなかった。 虚無。 ただそれだけを抱いて、私は闇に落ちた。
エピローグ:5周目の絶望
静寂。 そして、無慈悲な光。
「オギャア! オギャア!」
私の意思とは無関係に、肺が空気を求め、声帯が震える。 消毒液の匂い。 ああ、またここだ。 1960年3月31日。
私は絶望のあまり、赤子の体で泣き叫んだ。 祈りは届かなかった。 システムは私を解放してはくれない。 200年の記憶に、さらに新たな時間が積み重なる。 空っぽの心のまま、5周目の人生が強制的にスタートした。
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