1. 20XX年、静寂の列島
その年、厚生労働省が発表した「合計特殊出生率」は、ついに0.48を割り込んだ。 街から子供の声が消えた。小学校は老人ホームへと改装され、公園の遊具は錆びつき、撤去費用も出せずに放置されていた。 年金制度は事実上の崩壊を迎え、労働力不足によりインフラ維持すら危うい。「国が静かに死んでいく」音が、誰の耳にも聞こえていた。
「異次元の少子化対策」と呼ばれたバラマキ政策はすべて失敗した。金を与えても、若者は結婚しない。出会わない。傷つくことを恐れ、あるいは高望みをし、個人の幸福のみを追求して孤立していく。
政府はついに、民主主義の仮面を捨てる決断を下した。
2. Xデー:首相会見
緊急会見の席についた内閣総理大臣・郷田(ごうだ)は、無数のフラッシュを浴びながら、一枚の書類を読み上げた。
「本日、『国家存続のための婚姻特別措置法』、通称**『マリッジ・サバイバル法』**が可決されました」
郷田は汗を拭いもせず、淡々と続けた。 「もはや『個人の自由』を尊重できる段階ではありません。我が国のDNAを後世に残すため、国が直接介入し、強制的にカップルを成立させます」
画面の前の国民が息を呑む中、具体的な施策が発表された。
【施策概要:特別婚活プログラム】
- 対象者: 30歳以上45歳未満の独身男女から、納税額・交際歴等を鑑みて選出(事実上の徴兵)。または、特典(借金免除等)目当ての志願者。
- 舞台: 通信を遮断した国管理の無人島。
- ルール: 男女各10名が30日間共同生活を行う。
- 義務: 期間内に必ずパートナーを見つけ、婚姻届を提出すること。
- 罰則: 期間内に不成立の場合、国が管理するAIにより無作為に選ばれた相手と強制婚姻を執行する。拒否権なし。
- 特記事項: 本プログラムにより成立した婚姻は、**法的かつ永続的に離婚を禁止する。**死別以外の解消は認められない。
3. 阿鼻叫喚と、歪んだ希望
SNSは爆発した。 『#人権侵害』『#強制結婚』がトレンドを埋め尽くしたが、政府は「デモ参加者は優先的にリストへ登録する」と冷酷に通告。反対運動は瞬く間に鎮火した。
そして、水面下では奇妙な現象が起きていた。
【男性たちの反応:絶望の中の光明】 独身男性たち、特に「モテない」と自覚している層の一部は、震えていた。恐怖ではない。歓喜でだ。 掲示板にはこんな書き込みが溢れた。 『俺みたいな低スペック、一生結婚できないと思ってた』 『強制でも何でもいい。女の人と家族になれるなら、国に魂を売る』 『無人島? 上等だ。俺たちの生存本能を見せてやる』 彼らにとって、この悪法は「蜘蛛の糸」だった。
【女性たちの反応:プライドと親の重圧】 一方、女性たちの反応は複雑怪奇だった。 ある者は、親に泣きつかれた。 「あんた、もう35でしょう! 家でゴロゴロしてるなら島へ行きなさい! お父さんの介護要員を連れて帰ってくるのよ!」 実家を追い出され、泣く泣く参加を決める内気な女性たち。
そして、最も厄介なのが「勘違い層」だった。 「私、本当はモテるけど、周りの男のレベルが低いだけ」 そう信じる彼女たちは、このプログラムを逆にチャンスと捉えた。 「国が選抜した男たちなんでしょ? きっと隠れハイスペックがいるはず。私が磨けば光る原石を捕まえて、見返してやるわ」 彼女たちは知らない。そこに集められるのが、自分と同じく「選ばれなかった」男たちである現実を。
4. 第一期生、出港
そして、運命の日。 港には、巨大なフェリー『アダム&イブ号』が停泊していた。 タラップを登るのは、うつむいて歩く地味な男たちと、やたらと大きなスーツケースを引きずり、不満げな顔をした女たち。
見送る家族の声援と、報道ヘリの爆音が交錯する。
「いいか、これはゲームじゃない」 乗船口で係官がつぶやいた。 「日本の未来を賭けた、交尾の実験場だ」
汽笛が鳴り響く。 もう後戻りはできない。 一度乗れば、隣の誰かと生涯を添い遂げるまで、あるいはAIに無慈悲な審判を下されるまで、彼らは「自由」には戻れない。
波の向こうに、彼らの牢獄であり、愛の戦場となる孤島がうっすらと見え始めていた。 ――これが、すべての始まりである。
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