最強の婚活 B

1. 無人島のレッドカーペット

「ちょっと、なんでエスコートがないのよ!?」

無人島の砂浜に、ヒステリックな声が響いた。 声の主は、絵里香(36歳)。元読者モデル(15年前)で、現在は「美容アドバイザー」を自称する派遣社員だ。 彼女はこのサバイバル生活に、ピンヒールと真っ白なワンピースで現れた。彼女の中でのシナリオはこうだ。 『国が選抜したハイスペック男子たちが、紅一点の美女である私を巡って争うバチェラー状態』。

しかし現実は残酷だった。 集められた男たちは、彼女のヒールが砂に埋まるのを見て「うわ、めんどくさそう」「関わったら負けだ」と遠巻きにしている。

その中でただ一人、熱っぽい視線を送る男がいた。 **洋平(40歳)**だ。 彼は地方公務員(水道局勤務)。真面目だけが取り柄で、女性経験はゼロ。「女性は妖精のような存在だ」と本気で信じている、絶滅危惧種の純真・非モテ男である。

「す、すごい……あんな綺麗な人、初めて見た……」 洋平は震えていた。汚れた作業着を着た男たちの中で、白ワンピの絵里香は、彼には本物の天使に見えたのだ。

2. 裸の女王様

生活が始まって1週間。絵里香の孤立は深まっていた。 「薪割り? 爪が割れるから無理」 「魚釣り? 生臭いから嫌」 彼女は何もせず、日陰で日傘(自前のレース付き)をさして座っているだけ。最初は気を使っていた他の男性陣も、次第に彼女を無視し始めた。 「あいつ、マジで何しに来たんだよ」 「放っておこうぜ、どうせ最後はAI行きだ」

そんな「裸の女王」に、洋平だけが毎日貢ぎ物を続けていた。

「あの……絵里香さん。これ、一番きれいな水です」 「……そこに置いといて」 「はいっ!」

「絵里香さん、木の実です。甘いです」 「……種が多いわね」 「すみません! 次は種なしを探します!」

洋平にとって、絵里香の態度は「高慢」ではなく「高貴」だった。 (僕みたいな芋虫が話しかけても答えてくれるなんて、なんてお優しいんだろう……) 彼は完全にフィルターがかかっていた。絵里香が単に「友達がいなくて暇だから相手をしてやっている」だけだとも知らずに。

絵里香もまた、勘違いしていた。 (この冴えない男、私のファンなのね。まあ、召使いとしてなら置いてあげてもいいわ。どうせ本命のイケメン医師とかが、後半にヘリで現れるはずだし) そんなイベントは存在しない。

3. 暴風雨の夜の「靴磨き」

転機は20日目の夜に訪れた。 大型の台風が島を直撃したのだ。

粗末なテントは吹き飛び、全員がずぶ濡れになった。 絵里香の白ワンピは泥まみれになり、自慢の巻き髪は海藻のように張り付き、化粧はドロドロに落ちた。 「いやぁぁぁ! 私の服! マスカラが!」

他の男女が必死に身を寄せ合って雨をしのぐ中、絵里香は一人、岩陰で震えていた。 誰も助けに来ない。かつて「自分は選ばれる側の人間だ」と信じていたプライドが、雨と一緒に流れ落ちていく。 (私、ただの36歳の売れ残りおばさんだ……。化粧が落ちたら、誰も見向きもしない……)

その時、闇の中から誰かが這ってきた。洋平だ。 彼は自分のカッパを絵里香に被せると、泥水の中に跪いた。 そして、絵里香が脱ぎ捨てていた「泥だらけのピンヒール」を、自分のシャツで必死に拭き始めたのだ。

「……何してるの?」 絵里香が呆然と尋ねると、洋平は顔を上げて笑った。

「お城が汚れてしまって、すみません。でも、ガラスの靴だけは守らないと」 洋平の手は泥だらけだったが、その目は真剣だった。 「絵里香さんは、ここにいる誰よりも、泥に負けないでおしゃれをして戦っていた。僕は、その誇り高い姿が大好きなんです」

絵里香は言葉を失った。 彼女の「おしゃれ」は、ただの現実逃避と見栄だった。周りはそれを嘲笑った。 でも、この男だけは、それを「戦い」だと、「誇り」だと肯定したのだ。 洋平は、すっぴんの、泥だらけの、惨めな自分を、「お姫様」として扱っていた。

「……バカじゃないの」 絵里香の声が震えた。 「あんた、本当に見る目がないわね」 「はい。僕は何も取り柄がないですから」 「……こっちに来なさいよ。寒いじゃない」

その夜、二人は岩陰で身を寄せ合った。洋平は緊張でガチガチに固まっていたが、絵里香は初めて、男の体温を「温かい」と感じた。

4. 最終日:契約成立

30日目の朝。 迎えの船が来る直前、絵里香は洋平を呼び出した。 彼女の服はボロボロだが、背筋はピンと伸びていた。

「洋平さん」 「は、はい!」 「貴方、年収は?」 「えっと、450万くらいです……」 「身長は?」 「168センチです……」 「長男?」 「はい、両親と同居です……」

絵里香はため息をついた。彼女の理想リスト(年収1000万、身長180、次男)とは程遠い。 「最悪ね。私の人生設計、めちゃくちゃよ」

洋平がシュンと縮こまる。 「す、すみません……。僕なんかじゃ、やっぱりAIに任せたほうが……」

「だから!」 絵里香が声を張り上げた。 「私が教育するの! あんたみたいな原石、私が磨かなきゃただの石ころでしょ?」 彼女は、泥の落ちきっていないピンヒールを履き、洋平を見下ろした。 「私が結婚してあげるって言ってるの。一生、私の荷物持ちをする権利をあげる。拒否権はないわよ?」

それは、プロポーズというより「命令」だった。 しかし、洋平の顔がぱあっと輝いた。 「は、はい! 喜んで! 僕は一生、貴方のナイトになります!」

5. エピローグ

ドローンが二人を撮影し、「マッチング成立」の電子音が鳴り響いた。

周囲のカップルたちは、「あーあ、あの勘違い女、ついに下僕を見つけたか」と苦笑いしていた。 だが、二人は幸せそうだった。

洋平は、憧れのお姫様を手に入れた。 絵里香は、世界で唯一、自分をお姫様扱いし続けてくれるファンを手に入れた。

ヘリに乗り込む際、絵里香は洋平に手を差し出した。 「ほら、手。エスコートしなさいよ」 「はい! お手をどうぞ、プリンセス」

法律で離婚はできない。 これから先、洋平の実家での同居生活や、絵里香の浪費癖で揉めることは確定している。 それでも、お互いの「勘違い」と「純真」が噛み合ったこの二人だけは、意外としぶとく、死ぬまでこの「おままごとのような夫婦生活」を全うするのかもしれない。

少子化対策担当の官僚は、モニター越しの二人を見て呟いた。 「割れ鍋に綴じ蓋とは、よく言ったものだな」


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