不気味な緑色の燐光が渦巻く、謎の空間。 巨大な緑色の球体は、以前のような激しい脈動を止め、今は静かに、しかし力強いリズムで鼓動を刻んでいた。
その足元で、緑色の怪物は平伏したまま報告を続けていた。 「主よ、ご報告いたします。『奴ら』の中で、我々の存在と、そして互いの存在に気づいている者が接触を果たしました。これにより、奴らは無意識の連携から、明確な意思を持った協力体制へと移行することになります。もはや、真正面からの衝突で勝利することは困難かと……」
怪物は、球体の反応を伺いながら慎重に言葉を選んだ。球体から放たれる威圧感は、以前よりも増している。
「しかし、これは好機でもあります。奴らが徒党を組んで動くということは、次の行動が予測しやすくなったということ。地の利を活かした場所に罠を張り、一網打尽にする。今度こそ、確実に息の根を止めてご覧に入れます」
球体の鼓動が、怪物の言葉を肯定するかのように、ドォンと一度だけ強く鳴り響いた。
爆発騒ぎがあった繁華街から離れた、少し落ち着いた雰囲気のホテルの一室。 タケル、リチャード、ヴィクトリアの三人は、部屋の中央に立つジョーを囲むようにして、各々楽な姿勢を取っていた。ただ一人、生真面目なリチャードだけは、腕組みをして仁王立ちのままジョーを睨みつけている。
「おいおい、そんな怖い顔すんなって。穴が開いちまうぜ」 ジョーは軽口を叩きながら、ジャケットのポケットからタバコを取り出した。 「今まで意味もわからず、化け物に追われて、命懸けの鬼ごっこだ。真剣になるなという方が無理な相談だろう」 リチャードは眉間のしわを深くして言い返す。
「ま、それもそうか」 ジョーは「やれやれ」といった風に肩をすくめると、ゆっくりとタバコに火をつけた。紫煙が天井に向かって昇っていく。
「さて、どこから話したもんかな……。まず、俺たちの敵についてだが、奴らの目的は単純明快。『人類の滅亡』だ」 ジョーの口から飛び出した言葉は、あまりに突拍子もないものだった。タケルとヴィクトリアは顔を見合わせる。
「はあ? 人類滅亡って、なんでそんなこと……」 「理由は知らん。だが、奴らは本気だ。で、俺たちはそれを阻止しなきゃならない。そのために『力』を与えられた選ばれし戦士ってわけだ」
ジョーはそう言うと、右手の甲を三人に見せつけた。そこに浮かび上がる真っ赤な『火』の文字。 それに呼応するように、タケルたちの手の甲も光を放ち、『風』『水』『聖』の文字が浮かび上がった。
「こいつが仲間の証だ。仲間は俺たちを含めて全部で七人。残りは三人だ。まずはそいつらを探し出す。場所はわかってる」 ジョーは指を三本立てて説明を始めた。 「この街から陸路で貿易路『シルクロード』を抜け、修羅の国へ行く。そこから船で黄金の国へ渡り、最後に飛行機で『約束の地』へ向かう。これが大まかなルートだ」
あまりに壮大な旅程に、タケルとヴィクトリアは言葉を失った。 「悪いが、面倒なんで質問は受け付けない。着いてくりゃわかる」 ジョーは一方的に話を打ち切ろうとした。
「ふざけるなッ!」 黙って聞いていたリチャードが、ついに爆発した。 「説明が全然足りない! 敵は一体何者なんだ? なぜ人類を滅ぼそうとする? なぜ我々が選ばれた? そして、なぜお前はそれを知っている!?」 もっともな疑問の数々。タケルもヴィクトリアも、同じことを思っていた。
ジョーは煙を天井に吐き出すと、面倒くさそうに頭を掻いた。 「だから言ったろ、面倒だって。もともと常識外れの話なんだ。俺がこれ以上何を話しても、証拠もねえし、お前らが信じられる保証もねえ」 ジョーの瞳が、一瞬だけ真剣な光を宿した。 「ただな、『運命』ってやつは、ある程度決まってるらしい。抗おうとしても、結局お前らは俺と行動することになる。そういうもんだ」
ジョーは吸い殻を灰皿に押し付けると、大きく伸びをした。 「さて、今日はもう疲れた。難しい話は終わりだ。とりあえず休もうぜ。明日の朝には出発だ」 ジョーはそう言うと、さっさと自分の部屋へと引き上げてしまった。
残された三人は、釈然としない思いを抱えながらも、それぞれの部屋に戻った。 今まで起きた理不尽な出来事、そしてジョーが語った信じがたい「運命」。それらが頭の中で渦を巻き、誰もが深い眠りにつくことはできなかった。
翌朝、ホテルのロビーに集合した四人の顔には、それぞれの決意が滲んでいた。 タケルとリチャードにとって、これは「決断」というより「諦観」に近かった。帰る場所も、守るべきものも失った二人には、ジョーの言う「運命」という流れに身を任せる以外、選択肢はなかったのだ。
しかし、リチャードには一つだけ解せないことがあった。 「ヴィクトリア、君は本当にこれでいいのか?」 彼女は一隻の船と、大勢の部下を抱える船長だ。全てを投げ出して、先の見えない旅に出るなど、正気の沙汰とは思えない。
ヴィクトリアはニカッと笑い、親指でジョーを指差した。 「あたしは海賊さ。面白そうな宝の地図を見つけたら、飛びつくのが流儀ってもんだろ? それに、このキザな野郎に借りっぱなしってのも癪だからね」
タケルは、風の谷での光景を思い出していた。一見仲の悪そうな男女が、喧嘩をした翌日、何事もなかったかのように意見がまとまっている。ヴィクトリアからは、あの時と同じ雰囲気が漂っていた。 (ま、そういうことなんだろうな) タケルはそれを口に出すほど、野暮な子供ではなかった。
ヴィクトリアは信頼する副官に『荒くれジョーズ号』を託し、正式にジョーたちの旅に同行することになった。 こうして、四人の「風の戦士」による、世界を股にかけた旅が始まった。
ジョーの手配した業者のキャラバンに同行し、四人は大陸を横断するシルクロードを進んでいた。 数日後、彼らは広大な砂漠地帯へと足を踏み入れた。砂漠といっても、完全に砂だけの世界ではなく、所々に乾燥に強い植物や、小さなオアシスが点在する、生命力の感じられる場所だった。
旅は順調に進んでいたが、ある日、彼らが風の谷を思わせる狭い岩の谷間を通過しようとした時だった。
ズガガガガァン!!
轟音と共に、巨大な岩が前方と後方の道を塞いだ。完璧な落石トラップだ。 「敵襲だッ! 全員、臨戦態勢!」 リチャードの叫び声が響く。
「上から来るぞ!」 タケルはいち早く風の力を発動させ、谷の壁面を駆け上がって前方の上方へ向かった。 「俺は後ろをやる!」 ジョーも足から炎を噴射し、空を飛んで後方の上空へ。 ヴィクトリアとリチャードは、キャラバンを守るように地上で武器を構えた。
「来るよッ!」 ヴィクトリアが叫ぶ。地面の砂が盛り上がり、中から無数の怪物が這い出してきた。 金属光沢を放つ甲殻に覆われた、人間大のコガネムシ型モンスターだ。岩を崩したのはこいつらの仕業だろう。
「キシャアアア!」 コガネムシの群れが、四人に襲いかかる。
「フン、雑魚が! 大海嘯・波斬りッ!」 ヴィクトリアが戦斧を振るうと、水の刃が広範囲のコガネムシをなぎ倒した。 「聖剣技・十字閃!」 リチャードの剣から放たれた光の十字が、怪物の硬い甲殻を切り裂く。
「うらぁッ! 風の刃!」 上空からタケルが風の斬撃を雨のように降らせる。 「燃え尽きな! バーニング・ナックル!」 ジョーの炎を纏った拳が、コガネムシを爆砕する。
それぞれの技が炸裂し、圧倒的な数の差をものともせず、コガネムシの群れは瞬く間に壊滅した。 戦闘が終わった後、全員が自分の両手を見つめ、不思議そうな顔をしていた。
「なんだ……? いつもより、技の威力が上がってる気がする」 タケルが呟く。 「ああ、私もだ。聖なる力の奔流が、以前とは比べ物にならない」 リチャードも同意した。数を見て苦戦を覚悟したが、終わってみれば楽勝だった。
集まってきた三人に、ジョーが少しバツが悪そうに頭を掻きながら言った。 「あー、言い忘れてた。俺たち『仲間』が近くに集まると、共鳴して個々の力がアップするんだ」
「「「はあ!?」」」 三人の声がハモった。
「なるほどな。だから七人全員が集まらないといけないわけか」 タケルが納得したように頷く。 「そういう大事なことは、先に言っておいてほしいものだな」 リチャードが呆れたようにため息をつく。 「まったく、とんだ説明不足野郎だねぇ」 ヴィクトリアが斧を担ぎ直しながら笑った。
理由なんてものは、後からついてくるものなのだろう。彼らは、この奇妙な連帯感の中で、確かに「仲間」としての第一歩を踏み出していた。

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