ドアを開けたその先、二人の目に飛び込んできたのは、ゴミだらけの部屋だった。
お菓子の空き箱、清涼飲料水のペットボトル、そして汚れた衣服の数々が床一面に散らばっている。その混沌としたゴミの奥には、まるで「ゴミの王」のように鎮座する住人がいた。背中まで伸びた長い黒髪の女性が、PCモニターを一心不乱に見つめている。
ユウキとユカは、あまりの状況に言葉を失い、無言で部屋の中を見つめ続けるしかなかった。
黒髪の女性は、モニターの先をじっと見つめたかと思うと、自らの爪をガリガリと噛みながら小声で呟いた。
「クソ、クソ、クソ……」
不満を漏らしていたかと思えば、今度は「ハア、ハア、ハア」と急に荒い息を吐き出す。 数分という長い時間、二人はその部屋に立ち尽くしていたが、女性が彼らに気づく様子はまったくなかった。
そしてしばらくして、女性が破顔し、激しい歓喜の雄たけびを上げた。
「キャアアアアアアアアアアア!!!!」
二人が画面をよく見ると、それは配信サイトのLIVE画面のようだった。彼女が打ったコメントに、配信者が反応したようだった。 事態の正体を理解した二人は、どう反応していいかもわからず、ただ固まっていた。
二人が立ち尽くしていると、突然後ろのドアが勢いよく開き、怒号が響き渡った。
「いつまでやってんだ!」
あの老婆だった。黒髪の女性に注意しに来たようだ。老婆は怒りを露わにし、娘へと叫ぶ。
「毎日、毎日、わけのわからん事で叫び声上げて、いい加減にしな!」
だが、黒髪の女性はヘッドホンをしているわけでもないのに、老婆の声に一切反応を示さない。
怒鳴った後、老婆はようやく二人の存在に気がついた。一瞬たじろいだような素振りを見せたものの、老婆はすぐにさらに激しい怒りの表情を浮かべた。
「何だい、あんたたちは。うちの家に文句でもあるのかい!」
ユウキとユカは顔を見合わせ、ただ無言を貫くしかなかった。老婆は言葉を浴びせ続ける。
「あんた達はいいね。頭もよくて、青春もして、モラトリアムで旅行して、四年間遊び続ける。遊んだかと思ったら、一流企業でばっちり働いて、お金を稼ぐんだろう。……色んな人たちの犠牲の上で、そのエリート人生は継続されてるんだろう!」
ユウキとユカは、ただ黙って立ち尽くす。老婆はヒステリックに声を重ねた。
「この娘の何が悪いんだい! 頭がよくなかったこの娘かい、この娘を賢く産めなかった私かい、それともあんたらエリートかい! 社会が悪いのかい!」
目の前で乱暴に叫ぶ老婆を前に、二人は何一つ言葉を返すことができなかった。 老婆はさらに言葉を絞り出す。
「私が三十五年前にこの子を産んだ時には、きっとこの子には明るい未来があると思ったよ。だけど、この子は同じクラスの子に比べて、同じように学ぶことができなかった……。『私の育て方が悪いから、この子は育たないんだろう』って、みんなに罵られたよ。私は、自分の人生を使ってこの子を立派に育てようとした! だけど、まったく育たなかったんだ……!」
老婆の激しい怒りはいつしか途切れ、その場に崩れ落ちるような嗚咽へと変わった。 二人は何も言えないまま、ただ無言でその場に立ち尽くしていた。
◇
二人は逃げるように自分たちの部屋へ戻り、それぞれのベッドに入った。
暗闇の中で、ただただ考えた。 あの老婆のこと。ゴミの部屋の黒髪の女性のこと。自分たちの今の人生、これからの人生、そして、ユカとの未来。 何一つ明確な答えが出ないまま、二人は朝まで悶々と時を過ごした。
朝になり、わずかに眠ることができたユカと、ほとんど眠れなかったユウキの二人は、静まり返ったロビーに立った。老婆が迎えに降りてくる気配はなかった。
二人は奥に向かって大声で叫んだ。
「ありがとうございました!」
ユウキが玄関の扉を開け、外へ出ようとしたその時、背後でユカが叫んだ。
「私は、あなたの問いの答えなんてわからない! それでも……どんなに辛いことがあっても、可能性があるならあきらめない! 幸せな未来があるなら、チャレンジし続ける! それが、三十年以上かかったとしても!」
言葉を残し、二人は屋敷を後にした。
坂を下りると、幸運にも通りがかった車にガソリンを少し分けてもらうことができた。無事に自分たちの車を動かし、本来泊まるはずだった宿へと向かう。一泊分の無駄なお金を払ってチェックインしたユウキは、挽回するように予定していた観光コースを回り、ユカを楽しませようと尽力した。
そして旅の最終日、二人は帰路のドライブについた。
あの老婆の洋館の前を通過する。タンクのガソリンは一杯だ。もう車が止まることはない。 静かな車内で、ユカがぽつりとユウキに問いかけた。
「……ねえ。私たちがこのまま結婚して、子供を産んだ時にさ。もし子供が、望んだ状態じゃなかったら……ユウキはどうする?」
ユウキは、この数日間の出来事を頭の中でぐるぐると巡らせた。だが、答えは一切出なかった。 苦し紛れに口から出た言葉は、どこまでも弱々しかった。
「……暗い未来を想像するのは、よくないと思うんだよ」
その答えを聞いた後、東京に着くまで、二人は一度も口を開かなかった。
◇
それから数か月後、ユカとユウキは別れることになった。大きな喧嘩があったわけでもなく、ほとんど自然消滅に近い終わり方だった。
時が流れ、ユウキは30歳になっていた。
ユウキは今、ユカとは別の女性と付き合っている。ユカと別れてから、何人かの女性と付き合い、時を過ごしてきた。 しかし、あの旅の車中でユカから投げかけられた問いが、ずっと彼の頭から離れない。そのせいで、どの女性とも結婚まで踏み切ることができずにいた。
男女の関係と、これから作っていく家庭の話。自分は一体どこまでの覚悟を持てばいいのだろうか。 ユウキは今も、答えの出ない問いを抱えたまま日々を過ごしている。
◇
同じく30歳になったユカは、ユウキとは違う男性と結婚し、今、三人目の子供をそのお腹に宿していた。
たまに、ユウキと過ごしたあの雨の夜を思い出すことがある。 しかし、今を生きる彼女にとって、それはもう過ぎ去った遠い日の出来事だった。
彼女の目の前には、これから生まれてくる我が子の未来——無限の未来が広がっている。 きっとこの先も、辛いことや悲しいことはたくさんあるだろう。
(でも……私の家を、憂いの館にはしない)
ユカはそう強く心に誓う。
失敗も成功も、すべてを包み込んで、人生は永遠に未来へと続いていくのだから。

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