こんなはずじゃなかった。 何もかも、うまくいかない。なんで? なんで!? なんで!!? 頭の中がグチャグチャに混乱して、狂いそうだった。
私の前世の名前は、田中ミサ。 30歳、無職、いわゆる「引きこもり」の女だった。高校時代にクラスメイトからちょっとからかわれたのをきっかけに部屋に閉じこもり、そのまま12年間、親の脛をかじり倒して生きてきた。
そんな私の退屈な人生は、ある夜、コンビニへ夜食を買いに行った際にトラックにはねられたことであっけなく幕を閉じた。
(ああ、つまらない人生だったな……)
そう思って意識を失った私を待っていたのは、煌びやかな異世界だった。 金髪の外国人みたいな男女が、私を「本当の娘」として愛おしそうに抱き締め、温かく迎えてくれたのだ。
その時、私は雷に打たれたような衝撃と共に理解した。 私は――生前、穴が開くほどやり込んだ大好きな乙女ゲーム『燃えるような恋 キングオブキングス』の世界に転生したのだと!
しかも転生先は、ゲームの主人公(ヒロイン)である「ヴィヴィアン・ヴァレンタイン」!
冴えない前世を捨て、大好きなゲームの世界でヒロインになった。 この世界のイベントも、キャラの好みも、隠し要素も全部知っている。 (私なら何だってできる! 今度こそ、最高に幸せな人生を手に入れてやるんだから!)
このゲームの攻略は実にシンプルだった。 5人の名門貴族の子息たちが王位争奪戦で競い合い、ヒロインである私が応援した男が勝ち進んで新しい王となり、私と結ばれてハッピーエンドを迎える。
だが、全ルートを極めた私は、さらに上の「逆ハーレムエンド」を狙っていた。 5人の男たちを均等に応援し、最終的なゲームの順位を同列に調整することで、全員から求婚されて結婚できるという隠しイベントだ。
これを作動させる条件はふたつ。
① 幼少期の社交界デビューで5人全員と挨拶フラグを立てること。
② 「紳士協定同盟会」のお風呂イベントで全員と親密になること。
どちらも簡単なはずだった。この世界のすべてを知っている「転生者チート」の私なら、余裕でクリアできると思っていた。
……それなのに。
来たるべき社交界デビューの日。 本来なら平民上がりの珍しい私に、5人の男たちが興味津々で挨拶に来る神イベントのはずだった。相手が喜ぶ神リアクションを返せば、一発でフラグ成立のはずだった。
なのに、様子がおかしかった。
男たちは私に目もくれず、ゴールドバーグ・ミレーユのもとへ向かって行ったのだ。
(なんで……!?)
ミレーユは本来、私を引き立てるための「悪役令嬢」だ。このパーティーでも、ちやほやされる私に嫉妬して怒り狂い、勝手に自爆して恥をさらす噛ませ犬のはずなのに。
なぜか貴族たちは、完璧な作法で気品を漂わせるミレーユに夢中になっていた。
「ずるい……! なんで……!?」
感情を抑えきれなくなった私は、気がついた時にはミレーユに向かって嫉妬の叫びをぶつけてしまっていた。結果、私は挨拶どころか「常識のないおかしな令嬢」として大恥をかき、社交界デビューは最悪の形で終わった。
その後も地獄だった。 本来ならそのパーティーで親友になるはずだったご令嬢たち(ブロンテ、テレーズ、ローラ)からも引かれ、前世と同じように友達ゼロの孤独な日々を過ごすことになってしまったのだ。
「大丈夫……私はヒロインなんだから。焦る必要はないわ!」
数年後、ついに訪れた「紳士協定同盟会」。 ここで巻き返せばいい。社交界デビューでフラグを折りかけたが、温泉イベントと、その後の「夜貰いイベント」で完璧に立ち回れば、まだ逆ハーレムは狙える!
本来のシナリオでは、ミレーユの嫌がらせでドレスを破かれ、無理やり丈を短く補修した「ミニスカートドレス」で参加せざるを得なくなるはずだった。 しかし、ミレーユからの嫌がらせが一切発生しない。仕方がないので、私は最初から準備していたミニスカートドレスを着て会場に乗り込んだ。
……だけど、嫌がらせを受けた被害者という『言い訳』がない分、周囲の視線が痛い。 「娼婦でもあんな足を出さないわ」「常識外れね」というひそひそ話が聞こえ、後ろめたさで胸が潰れそうだった。
それでも、5人の男たちが私に注目してくれるなら……!
そう期待していたのに、5人はやっぱり私を素通りしていった。 焦った私は温泉へ先回りし、一番目立つ最高のポジションを陣取った。
そして、マリオ様が「女性陣も入ってきたらどうだい?」とおどけて言った瞬間――!
「えへっ♡」
照れ隠しのブリッコを決め、服のまま湯船へと飛び込んだ。 ソル様が「おいおい、服を着たまま入るなよ」と呆れ半分に声をかけてくる。
(勝った! 注目が私に集まった!)
勝利を確信した、次の瞬間だった。
バサッと衣飾が擦れる音が聞こえたかと思うと、あの憎き悪役令嬢・ミレーユが、一糸まとわぬ姿で堂々と湯船に入ってきたのだ。
「――っ!?」
息をのむ男たち。視線は一瞬でミレーユに奪われた。 しなやかで美しく引き締まった、圧倒的な肉体美。 焦った私は「私も脱がなきゃ!」と服を脱ごうとしたが、お湯を含んだ布地が肌に重くへばりつき、惨めにもたもたするばかり。
目の前で完璧な裸身を披露するミレーユと、濡れネズミのようになって不格好にドタバタする私。 引き立て役にされたのは、私の方だった。
「まだ……まだ夜貰いイベントがある……!」
私は最後のチャンスに賭けた。 夜、ゲームのイベント順通りに、まずはフィリックス様の部屋に忍び込もうとした。
ゲームでは、夜にお部屋を訪ねて「甘い会話」を交わし、親密度を跳ね上げるはずのイベントだ。 しかし、フィリックス様の部屋の前に立つと――中から、艶めかしく荒い吐息が漏れ聞こえてきた。
(え……? なに……?)
恐る恐るドアの隙間から覗き込む。 そこでは、あろうことかミレーユとフィリックス様が、裸で深く抱き合っていた。
「嘘……でしょ……!?」
頭の中が真っ白になった。 このゲームは全年齢対象の乙女ゲームだ。エロゲーじゃない。夜の会話イベントだって、手を握って囁き合う程度のお上品なもののはずなのに……! あの女狐、一体どんな手を使ったの!?
怒りとショックで、その夜は他の男の部屋へ行くこともできなかった。
翌日も、その翌日も同じだった。 ソル様、ゼノ様、マリオ様、ビショップ様……私が夜貰いに行こうとする先々で、すべてミレーユが先回りし、男たちの毒気を抜いて完全に籠絡していたのだ。
そして、迎えた紳士協定同盟会の最終日。
すました顔で優雅に佇むミレーユ。 そして、ミレーユを特別な視線で見つめ、もはや彼女の虜になっている5人の男たち。
私が持っていた「ゲームの知識」も、「ヒロイン」としての特権も、何ひとつ役に立たなかった。 転生してチート無双するはずだった私の甘い妄想は、ミレーユという現実的で冷徹な「本物の貴族」の前に、跡形もなく踏みにじられたのだ。
視界が怒りと惨めさで真っ赤に染まる。
「――ずるい!!!!」
私の叫びが、豪奢なホールに響き渡った。
「ずるい……ずるいわよミレーユ!! なんでアンタが全部持っていくのよ!! 私はヒロインなのよ!? この世界の中心は私なのよ!!」
なりふり構わず怒りをぶちまける私を、周囲の貴族たちは哀れみと冷笑が混ざった目で見つめていた。
ミレーユは、ゆっくりと私の方へ振り返った。 その瞳には、かつて私が向けられたことのない、圧倒的なまでの格の違い――「王者の矜持」が宿っていた。
ミレーユは静かに歩み寄ると、扇子で口元を隠し、どこまでも冷ややかな声で囁いた。
「ずるい……? ええ、そうかもしれませんね。ですがヴィヴィアン。……貴女は『本気で泥をすすったこと』がおありかしら?」
「な……に……?」
「持たざる者が何かを得るために、己の誇りも身体すらも切り売りして、死ぬ気で学問と策謀を重ねたことが……貴女に一度でもあって?」
その言葉の重みに、私は息が詰まった。
自分は「ヒロインだから」という理由だけで、何も努力せず、ただゲームの知識にあぐらをかいていた。 対するミレーユは、泥に塗れ、血を吐くような努力と覚悟を積み重ねて、この地位を掴み取ったのだ。
「私から見れば、何も背負わず、何も差し出さず、ただ口を開けて運命を待っているだけの貴女の方が……よほどおめでたくて『ずるい』ように見えますけれど?」
ミレーユはフッと氷のような微笑を浮かべると、私に背を向けた。 その背後には、彼女の掌の上で転がされていることすら知らず、熱い視線を送る最高の男たちが控えている。

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