インサイド・ブルー 第2話

あまりの展開に、私は口をぽかんと開けたまま固まってしまった。 怒りよりも先に、状況が理解できずに思考が停止する。

そんな私を見て、例の彼――**一ノ瀬 蓮(いちのせ れん)**が、もじもじとバツが悪そうに頭をかいた。 「あのさ……本当にゴメン。僕も上から命令されただけでさ、君を傷つけるつもりも、悪気もなかったんだよ」

すかさず彼の心を読む。 『参ったな、結構ショック受けてる……。でも、こうするしかテストする方法がなかったんだ』 思考と言葉が一致している。嘘はついていない。 だが、だからといって納得できるわけがない。なぜ、私は心を読めるのに、彼の「騙すつもり」に気づけなかったのか。

その疑問に答えるように、一ノ瀬の背後から、岩のような大男がぬっと現れた。 短く刈り込んだ白髪交じりの髪、スーツの上からでもわかる分厚い胸板。歴戦の刑事といった風貌の中年男性だ。

「わかってねえな、お嬢ちゃん。これが実戦だったら今頃死んでるぜ」 男は太い腕を組み、私を見下ろした。 「相手に心を読まれてると気づいてなけりゃ、そりゃ素直な思考が漏れる。だがな、読まれていると分かっていれば話は別だ。表面的に別の思考を走らせて、本音を覆い隠すことぐらい、訓練すりゃあ誰だってできる」

男の思考を読んでみる。 『3.1415926535……いや、昨日の巨人の試合は……893、4649……』 数字の羅列や無意味なノイズが嵐のように渦巻いていて、その奥にある感情や意図が全く読み取れない。 なるほど。深層心理までは読めないという私の能力の限界、それを逆手に取られたのか。

男はニッと笑い、大きな手で私の肩を叩いた。 「ま、お嬢ちゃんと敵対する気はねえよ。ここは警視庁特殊捜査課、通称『特捜(トクソウ)』。お嬢ちゃんみたいな超能力者が、その力を活かして悪を裁く、正義の組織ってわけだ」

「正義の組織が、あんな手の込んだハニートラップを?」 私が皮肉っぽく言うと、一ノ瀬が苦笑いした。

「あいつ、一ノ瀬の能力は『テンプテーション(魅了)』だ。特定の波長を送ることで、異性の好感度を強制的に引き上げる。お嬢ちゃんがコロッといっちまったのも無理はねえ」

テンプテーション……。 あの胸の高鳴りも、運命だと思った直感も、すべて能力による強制的な感情だったのか。 恥ずかしさと情けなさで顔が熱くなる。 「……最低」 「あはは……返す言葉もないよ」

「ちなみに俺の名前は堂島 剛(どうじま ごう)。ここの班長だ。俺の能力については……ま、とりあえず内緒にしとくわ」

わけがわからないまま、私は彼らに連行される形で、都内の雑居ビルにある『本部』へと連れて行かれた。 殺風景なオフィスには、他にも数人の男女が働いているが、皆どこか浮世離れした空気を纏っている。

到着するなり、堂島班長は私をマジックミラー越しに取調室が見える部屋へと押し込んだ。 「早速で悪いんだが、初仕事だ。あそこにいる男の心を読んでくれ。麻薬の仲介人でな、アジトの場所を吐かせたいんだが、口が堅くて参ってる」

取調室には、ガラの悪い男が一人、ふてぶてしい態度で座っていた。 さっきの「テスト」で馬鹿にされた借りを返したい。私は汚名返上とばかりに意識を集中させた。 男の思考が流れ込んでくる。

『……ケッ、警察ごときになにがわかる。ブツは港区海岸3丁目の第4倉庫だ。取引相手の“蛇(スネーク)”、番号は090-xxxx……』

あまりにも簡単だった。 私はすぐにメモを取り、堂島班長に手渡した。 「港区海岸の倉庫、取引相手の名前と電話番号、全部わかりました」

私がドヤ顔で報告すると、メモを見た堂島班長は、なぜか深くため息をついた。 「やれやれ……さっき言ったことをもう忘れちまったか」 「え?」 「いいか、よく見てろ」

堂島班長はマイクのスイッチを入れると、取調室にいる容疑者に向かって、いきなりスピーカー越しに怒鳴った。 「中華料理! 新宿! 田中角栄!」

は? 私も、取調室の男も、一瞬何が起きたのか理解できず、思考が停止した。 『……は? 何言ってんだこいつ? 中華? 田中角栄?』

男の思考から「嘘」の構築が崩れ落ちた、その瞬間。 深層から、隠されていた別の情報がポロリと浮かび上がった。

『……あぶねえ、あいつ何を知ってる? 本当の隠し場所は奥多摩の廃工場だ。連絡役は“山下”……』

「!!」 私は慌てて新しいメモ用紙をひったくり、その情報を書き殴った。 奥多摩の廃工場、山下、別の電話番号。 震える手でそれを堂島班長に見せる。

彼はそれを見て、ニヤリと笑った。 「相手はこっちを騙そうとして、頭ん中を嘘でいっぱいにしてる。そういう時はな、一回ジャブを入れて思考を散らしてやるんだ。そうすりゃ、隠してた本音がひょっこり顔を出す。覚えておけ」

それが「田中角栄」である必要があったのかは謎だが、理屈はわかった。 その後、現場は慌ただしくなり、私は「ここで待機」と命じられたまま数時間放置された。 動画を見る気にもなれず、ただパイプ椅子に座ってぼんやりと天井を見上げる。

夜が明ける頃、堂島班長たちが戻ってきた。煤と汗の匂いがする。 「当たりだったぜ。踏み込んだ時には荷物を運び出す寸前だった。あんたの能力は本物だったな」

堂島班長は自販機の缶コーヒーを私に放り投げた。 「ありがとな。それじゃあ、これからよろしく頼むぜ、新人」

一ノ瀬が横から「よろしくね」とウインクしてくるが、それは無視した。 ぬるい缶コーヒーを握りしめる。 こうして、私の警視庁特殊捜査課での、嘘と本音にまみれた日々が幕を開けた。


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