インサイド・ブルー 第5話

特捜課に配属されて一ヶ月。 私は、ある「真理」に到達しつつあった。

(超能力捜査官って、もっとこう……派手なものじゃないの?)

私のデスクには、未決箱(インボックス)から溢れんばかりの書類の山。 報告書の作成、経費精算、来客へのお茶出し、コピー取り。 たまに能力を使って事件を解決することもあるが、業務の八割は、そこらへんの一般企業と変わらない事務仕事だ。 取調べも、全部私がやるのかと思いきや、「お前の能力に頼りすぎると、供述の裏付けがおろそかになる」と堂島班長に釘を刺され、私はあくまで補助要員。自分の専門外の地味な聞き込みや張り込みも普通にやらされる。

社会とは、こういうものなのだろう。 今まで社会との関わりを断ってきた私には新鮮な驚きだったが、同時にある疑念も芽生えていた。 この『警視庁特殊捜査課』……実は、社会不適合な超能力者を更生させるための「社会復帰施設」なんじゃないか? 実際、堂島班長や影山先輩のように長く組織にいる人ほど、人間的に成熟している(ように見える)。 私はため息をつきながら、領収書の整理を続けた。

そんなある日、一件の厄介な事件が舞い込んだ。 連続殺人事件の容疑者、**相田(あいだ)**という男の聴取だ。 凶器、防犯カメラ、目撃証言。物証はほぼ完璧に揃っている。 しかし、問題が一つ。 彼には殺人の動機が一切なく、本人も「絶対にやっていない」と頑強に否認しているのだ。このまま裁判になれば、精神鑑定の結果次第では無罪、あるいは責任能力なしで片付けられる可能性がある。

「如月、出番だ。奴の脳みそを丸裸にしてこい」

私は意気込んで取調室に入った。 相田と対面し、深く意識を潜らせる。 ……しかし。 (ない。真っ白だわ) 殺意、憎悪、犯行の記憶。それらが一切ない。あるのは「なぜ自分がここにいるのか分からない」という純粋な困惑と恐怖だけ。 「班長……彼はシロです。殺意が全く読めません」

私の報告に、堂島班長は眉をひそめた。 「物証はクロだと言っている。だが、お前の能力がそこまで断言するなら、何か裏があるな」 班長は少し考え込み、電話を一本かけた。 「おい、あいつを寄越せ。……ああ、ちょうど手が空いてるらしいな。頼む」

数十分後。オフィスのドアが派手な音を立てて開いた。 「おっつー! 堂島班長、久しぶり~!」

現れたのは、歩くネオンサインのような女性だった。 私と同じ歳くらい。腰まであるロングヘアーだが、黒髪の私とは対照的に、ピンクと金と青のメッシュが入り乱れている。服装も露出の多い派手なギャルファッションで、何より……その、悔しいことに、非常にグラマラスだ。中肉中背の私とは生物としての圧が違う。

「紹介しよう。**鳳 蘭華(おおとり らんか)**だ。能力は『サイコメトリー(残留思念読取)』。ただし、人間じゃなく『物体』の記憶専門だがな」

「よろしくねん、地味子ちゃん」 蘭華はバサリとつけまつげを揺らして私にウインクした。 「じ、地味子……私は如月沙希です!」

私たちは反発し合いながらも、証拠品の再鑑定を行った。 蘭華が、凶器である血濡れのナイフに、長いネイルの指先で触れる。 彼女の表情から、チャラついた色が消えた。

「……見えた。このナイフ、間違いなくあいつが握ってたよ」 蘭華は断言した。 「汗ばんだ掌の感触、突き刺した時の振動……全部、あの男のものだ」

「嘘よ!」私は声を荒らげた。「彼の心には殺意なんてなかった! 記憶さえなかったのよ! あなたの見間違いじゃないの?」 「ハァ? アタシの能力疑ってんの? 物は口ほどに物を言うのよ。あんたこそ、男の演技に騙されてんじゃない?」 「読心術は嘘を見抜くの! 彼は本当にやってない!」

私たちは激しく衝突した。 「心」を信じる私と、「物」を信じる彼女。 結局、堂島班長の判断は非情だった。 「今回は蘭華の情報を採用する。物証と一致している以上、揺るぎない事実だ。送検手続きを進める」

私の敗北だった。

護送される直前、私は相田の元へ行った。 彼の手錠がかけられるのを見ながら、私は頭を下げた。 「ごめんなさい……。私には、あなたの無実を証明できなかった」 本心だった。彼はやっていないと、私の能力が告げているのに。

すると。 うつ向いていた相田の肩が、小刻みに震え始めた。 泣いているのか? そう思った次の瞬間。

「クク……アハハハハハ!」

相田が顔を上げた。その瞳は、さっきまでの怯えた青年のものではなく、冷酷で粘着質な光を宿していた。 『危なかったなぁ。俺が出てきてたら、お姉さんにバレてたかも』

「え……?」 彼の心から流れ込んでくる思考が、別人のものに変わっていた。

「俺さぁ、記憶が飛ぶんだよね。臆病な『表の俺』が寝てる間に、悪いことしちゃう癖があってさ」 彼はニヤリと笑った。 「お姉さんの能力、すごいね。確かに『あいつ』は殺してないよ。殺したのは、『俺』だからさ」

解離性同一性障害。二重人格。 私が読んでいたのは、無実である主人格の心だけ。殺人を犯した裏の人格は、心の奥底に潜んでいたのだ。 蘭華のサイコメトリーは正しかった。体は同じなのだから、凶器に残る記憶は彼を示す。

「嘘……」 私は呆然と立ち尽くした。 車に乗せられていく相田を見送ることしかできなかった。

その日の夕方。 私はオフィスの隅でどんよりと落ち込んでいた。 自分の能力を過信していた。 「心」さえ読めれば真実にたどり着けると思い込んでいた。 その結果、正しい情報を掴んでいた蘭華を罵倒し、傷つけてしまった。 (私って、本当にダメな人間だ……)

「おーい、地味……じゃなくて、如月ちゃん」 蘭華が私のデスクをコンコンと叩いた。 「いつまでウジウジしてんの? 事件は解決したんだから、いーじゃん」 「でも、私はあなたに酷いことを……」 「あーもう! 気にすんなって! それより飲み行くよ! 歓迎会も兼ねてさ!」 「えっ」

「ほら、如月。行くぞ」 堂島班長もジャケットを羽織る。 「新人が失敗してヘコむのは仕事のうちだ。今日は蘭華の奢りだそうだ」 「えー!? 割り勘って言ったじゃん班長!」

強引に連れ出され、私たちはいつもの居酒屋へ向かった。 皆、私の失敗を責めず、温かく迎え入れてくれた。 「まあ、ドンマイだ」影山先輩がビールを注いでくれる。 蘭華も「アタシも最初は失敗ばっかだったし」と笑って背中を叩いてくれた。

その優しさが、心に沁みた。 そして、アルコールも沁みた。

……二時間後。

「だーかーらー!! あんた乳デカすぎんのよオオオ!!」

私は蘭華の胸倉……ではなく、豊満な胸元を鷲掴みにしていた。

「な、何すんのよセクハラ!?」蘭華が悲鳴をあげる。 「うるさい! その脂肪を私の脳みそに移植しなさいよ! そしたら私ももっと賢く立ち回れたのに! なんであんたはスタイルも良くて派手で、その上仕事まで正確なのよ! 不公平だわ! 神様のバカ!」

「理不尽すぎる! 班長、止めてよこいつ!」 「いや、手遅れだ……」

私はジョッキを片手に、テーブルの上に仁王立ちになった。 「あーあ! 私のバカ! 蘭華ちゃんごめんね! ごめんねって言ってんのよ! 許さないとこの唐揚げあんたの鼻の穴に詰めるからね!」 「謝り方のクセが強い! 許す! 許すから降りて!」

「だいたいねえ、二重人格なんてズルいわよ! 私だって人格変えたいわよ! 明日から『マリー・アントワネット如月』になってパンがなければケーキを食べる生活をしてやるううう!」

一ノ瀬が動画を撮りながら爆笑している。 「マリー・アントワネット如月、トレンド入り間違いなしだね」

「一ノ瀬ェ! あんた笑ってんじゃないわよ! 心の中で『今日の如月ちゃん、面白すぎて推せる』とか思ってんじゃないわよ! 推すな! 崇めろ!」

夜は更けていく。 私の後悔と反省は、すべてアルコールの海に溶け、ただの混沌とした暴力となって店内に吹き荒れた。 翌朝、私が蘭華に土下座することになるのは、確定した未来だった。


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