インサイド・ブルー 最終話

湾岸の廃棄コンテナターミナル。そこは今、地獄の窯となっていた。 地域の裏社会を牛耳る武闘派マフィア「黄龍会(こうりゅうかい)」。その精鋭部隊約200名が、私たち特捜課の6人を完全に包囲していた。

「久しぶりだな、堂島ァ……。10年前、俺の顔にこの傷をつけた借りを、利子つけて返してやるよ」

敵陣の中央、積み上げられたコンテナの上で、顔半分に醜い火傷の痕がある男が笑う。 愚堂 源(ぐどう げん)。黄龍会の若頭であり、かつて堂島班長が壊滅させた犯罪組織の生き残りだ。班長とは浅からぬ因縁があるらしい。

「愚堂……。まだ懲りずに暴力にしがみついているのか」 堂島班長が低い声で唸るが、状況は絶望的だった。

敵はただの暴力団ではない。能力者対策を熟知したスペシャリスト集団だ。

「キキキ……無駄だよお嬢ちゃん。俺の『音』がある限り、精神集中なんてさせないよ」 幹部の一人、サイレンと呼ばれる男が特殊な音波発生装置を操り、私の脳内に直接不快なノイズを送り込んでくる。頭が割れそうだ。読心術が封じられた。

「動けば撃ち抜く」 遠方のクレーン上には、超長距離狙撃の名手、ホーク。彼が構える対物ライフルのスコープが、遮蔽物に隠れる私たちを執拗に狙っている。

そして、肉弾戦最強の巨漢、タンクが、鉄骨を軽々と振り回しながらジリジリと距離を詰めてくる。

「……だめ、ですぅ」 夢見がガタガタと震えながら、涙目で私を見上げた。 「見えちゃいました。あと3分後……タンクの鉄骨で影山先輩が潰され、逃げた一ノ瀬くんが狙撃され、私たちが蜂の巣にされる未来が」

「回避は!?」 「無理です……。私が夢で見る未来は『確定事項』。今まで一度だって外れたことはない。これは絶対の運命なんですぅ……!」

絶望が場を支配する。敵の鬨(とき)の声が上がる。 もう終わりだ。誰もがそう思った時だった。

「……運命だァ? 笑わせるな」

堂島班長が、静かに一歩前に出た。 弾丸が彼の足元を掠めるが、彼は微動だにしない。

「特捜課(ウチ)の部下は優秀なんだ。テメェらの描いたシナリオ通りになんて動かねえよ」

班長が両目を閉じる。 刹那、空気が変わった。 戦場の喧騒が遠のき、まるで深い海の底に沈んだような静寂が訪れる。

「『精神感応(テレパシー)』限定解除。――深青(ディープ・ブルー)

ドクン、と心臓が跳ねた。 次の瞬間、私の脳内に、私のものではない膨大な「感覚」が流れ込んできた。

影山先輩の動体視力、一ノ瀬の平衡感覚、蘭華の触覚、夢見の第六感。 そして、堂島班長の鋼のような精神力。 全員の意識が溶け合い、一つの巨大なネットワークとなる。

『聞こえるか。俺をハブにして、全員の脳と能力を直結した』 班長の声が脳髄に響く。 『夢見、さっきの絶望的な未来映像(ビジョン)を全員に共有しろ』

『は、はい!』 私たちの脳内に、3分後の「死の未来」が鮮明に再生される。影山先輩が死に、一ノ瀬が撃たれる映像。あまりにリアルで吐き気がする。

『いいか、未来が確定するのは、それを観測する人間が”一人”だからだ。だが今、俺たち6人全員がその未来を観測した』 班長は不敵に笑う思考を伝えてきた。 『変数が6倍になれば、確定した運命の方程式もバグを起こす。ここからはアドリブだ。――運命を書き換えるぞ』

反撃の狼煙は、一瞬だった。

【複合術式・壱:幻影の狙撃手】 まず、蘭華が地面に手をつく。 『コンテナの配置、風向き、鉄骨の強度……全部読んだ! データ送るよ!』 物質から読み取った膨大な環境情報が、私の脳を経由して影山先輩へ送られる。 『サンキュー、蘭華ちゃん!』 影山先輩がコンテナから飛び出す。同時に、一ノ瀬が彼に手をかざす。 『テンプテーション・ブースト!』 一ノ瀬の魅了能力で「存在感」を極限まで高められた影山先輩は、一瞬で姿を変えた。それはなんと、敵のボス「愚堂」の姿。 「なっ、兄貴が二人!?」 狙撃手ホークが一瞬躊躇する。そのコンマ数秒の隙が命取りだ。

【複合術式・弐:精神の断裂】 『如月、ノイズの発生源は見えたか!』 『見えた! あのスピーカー男!』 私は堂島班長の精神力を借りて、自身の読心術を増幅させる。脳内のノイズを強引に突破し、音波使いサイレンの脳へダイブ。 『うるさいのよおおおお!!』 私が彼の脳内に「黒板を爪で引っ掻く音」のイメージを最大音量で叩き込むと、サイレンは白目を剥いて泡を吹いて倒れた。

【複合術式・参:可逆の予知】 「な、なんだコイツら! 動きが変わった!?」 巨漢タンクが鉄骨を振り下ろす。本来なら影山先輩が潰されるはずの一撃。 しかし。 『右に30センチ、1.5秒後に衝撃波!』 夢見が叫ぶより早く、その予知情報は私たちの反射神経に直結していた。 全員が、まるでダンスを踊るように、最小限の動きで攻撃を回避していく。

「馬鹿な……未来が変わっているだと!?」 夢見が目を見開く。 『見えます……新しい道筋が! さっきの未来が崩れていく!』

「トドメだ。如月、蘭華、一ノ瀬、合わせろ!」 班長の号令。

私は敵全員の「恐怖心」を読み取り、増幅させる。 蘭華は地面のコンテナの留め具の「金属疲労」を瞬時に見抜き、一点を蹴り砕く。 崩れ落ちるコンテナの雪崩。 そして一ノ瀬が、崩落する瓦礫の上でポーズを決めてウインクする。 「君たち、もう降参した方が身のためだよ?」 テンプテーションが乗ったその言葉は、恐怖心が増幅した敵兵たちの戦意を完全にへし折った。

狙撃手は銃を落とし、巨漢は膝をつき、愚堂は崩れ落ちたコンテナの牢獄の中に閉じ込められた。

3分後。 そこに立っていたのは、無傷の特捜課6人だけだった。 「……へへ、予知夢が外れたの、初めてですぅ」 夢見がへたり込む。 堂島班長がリンクを解くと、強烈な脱力感が襲ってきたが、それは心地よい疲れだった。

深夜。いつもの居酒屋。 私たちは勝利の美酒……ではなく、泥沼の戦い(飲み会)に突入していた。

「いやー! さっすが班長! 『深青(ディープ・ブルー)』とか技名つけちゃうあたり、中二病の才能あるよ!」 一ノ瀬が茶化すと、堂島班長が顔を赤くして焼酎を煽る。

「うるせえ! ノリだノリ! そういう雰囲気だったんだよ!」

「でもぉ、私の『絶対予知』が外れたのはショックですぅ……。あれが外れるなら、もう何でもアリじゃないですかぁ」 夢見がふて腐れて枝豆を飛ばす。

そして私は。 リンクの影響で、班長やみんなの「感情」の余韻が抜けきらず、かつてないほどハイになっていた。

「おいコラ愚堂……じゃなかった堂島ァ!!」 私は空のジョッキをマイク代わりに絶叫した。

「あんたねえ! リンクした時、一瞬私のこと『普段は地味だが、キレると一番ヤバい』って思ったでしょ! 思考が丸見えなんだよオオオ!」

「事実だろうが!」 「うるさい! 乙女心への配慮がない! だいたい影山先輩も! 変装する時に私の顔のパーツ使って『この目は愛想がないから使いにくい』とか失礼な脳内会議すんじゃないわよ!」 「ちょ、そこまで読まれてたの!?」

「蘭華もよ! 『如月のガードル、意外と年季入ってる』って触覚で判断すな! 買い換える暇がなかっただけよ! 給料上げろ堂島ァァァ!!」

「やめろ如月! そのガードルの話は大声でするな!」

「一ノ瀬! あんたに至っては脳内が『打ち上げどこ行こう』ばっかり! 戦闘に集中しろ!」

「えへへ、バレてた?」

私はテーブルに仁王立ちになり、彼らを指差して宣言した。 「いい!? 予知夢が変えられるならねえ! 私が一生独身で孤独死するっていう未来も変えられるってことよね!? 責任取りなさいよ特捜課ァァ!!」

「知らんがな!」

私の絶叫は、夜明けの街に虚しく、そして力強く響き渡った。 こうして、特捜課の伝説的な夜は、またしても私の二日酔い確定という未来へ収束していくのだった。


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