私の名前は、佐竹 守(さたけ まもる)。 1960年(昭和35年)3月31日生まれ。高度経済成長の号砲が鳴り響く中、その年度の最後の日、ギリギリに滑り込むようにしてこの世に生を受けた。
私が小学校に上がった頃、日本はまだ「文明化」されきっていなかった。 道路は舗装されておらず、雨が降れば泥濘(ぬかるみ)になり、近くの川は生活排水で濁っていた。空き地には土管が転がり、子供たちは鼻水を垂らしながら、日が暮れるまで外を走り回っていた。 「勉強なんぞより、勝手に遊んで大きくならんかい」 大人たちはそう言い放ち、子供たちも野良犬のように逞しかった。
けれど、私は違った。 早生まれで、発育も遅かった私は、同級生たちよりも頭一つ分背が小さかった。体力もなく、取っ組み合いの喧嘩ではいつも負かされた。 ガキ大将の後ろを、一歩遅れてついていく。それが私の定位置だった。 「守はトロいなあ」 そうからかわれても、愛想笑いをしてついていくことしかできなかった。この頃から、私は「前へ出る」ことへの恐怖と、「集団から外れる」ことへの恐怖を骨の髄まで刷り込まれていたのだと思う。
しかし、時代は変わる。 「これからは学歴の時代だ」 泥だらけの路地裏に、教育熱という新しい風が吹き始めた。体力がなく、喧嘩も弱い私にとって、それは救いの風だった。 机に座って教科書を広げれば、体の大きさは関係ない。生来の真面目さと、言われたことを守る従順さが功を奏した。
中学、高校へと進むにつれ、私は受験戦争という荒波に飲み込まれていった。 同級生たちが色気づいたり、不良を気取ったりしている間も、私はただひたすらに鉛筆を動かした。 「いい大学に入れば、勝ちだ」 そう信じて、恐怖に追い立てられるように勉強し、国立大学に現役で合格した。しかも特待生だ。 この時初めて、私は「一歩後ろ」ではなく、先頭集団に入ったような気がしていた。
第二章:動かざる亀
大学卒業前、世の中はバブル景気前夜の好況に沸いていた。 国立大卒、特待生、真面目一徹。私の経歴は就職市場で輝き、苦労することなく財閥系の大手商社に入社が決まった。 将来を約束されたエリート街道。これで人生の勝者になれると確信していた。
入社して数年、日本は狂乱のバブル経済へと突入する。 同期の連中は鼻息が荒かった。 「俺はもっとデカい山を当てる」と独立して会社を興す者。 社内政治に明け暮れ、派閥の領袖に取り入って出世を急ぐ者。 彼らは煌びやかな夜の街へ繰り出し、湯水のように金を使い、時代を謳歌していた。
だが、私は動かなかった。 臆病だったのだ。独立して失敗するのが怖かった。派閥争いに巻き込まれて足元をすくわれるのが怖かった。 「佐竹は面白みのない男だ」「万年課長の器だな」 陰でそう馬鹿にされていることは知っていた。それでも私は、堅実な業務だけをこなし、嵐が過ぎるのを亀のように首をすくめて待った。
20代後半、上司の仲人で結婚をした。 妻は控えめな女性で、私の「安定」を評価してくれた。 すぐに子供にも恵まれた。最初は女の子、次に男の子。「一姫二太郎」という理想的な家族構成。 神奈川の郊外にマイホームを買い、毎朝満員電車に揺られ、給料を全額家に入れる。 浮気もせず、ギャンブルもせず、ただ家族のために「会社にしがみつく」。それが私の愛の形であり、誇りだった。
第三章:砂上の城
時が流れ、バブルが弾けた。 かつて私を馬鹿にして独立した同期は、借金を抱えて夜逃げした。 派閥の神輿に乗っていたエリートたちは、不祥事や合併の波に飲まれ、左遷されていった。 リーマンショック、震災、疫病の流行。幾多の危機が訪れたが、私は生き残った。 「動かない」という選択が、結果として私を守ったのだ。
「見たか。最後に笑うのは俺だ」 心の奥底で、私は脱落していった者たちを見下していた。 出世こそしなかったが、定年まで大手商社の課長職を全うした。子供たちも無事に大学を出て独立した。私の人生設計に狂いはなかったはずだった。
2025年3月31日。 65歳の誕生日であり、定年退職の日。 花束を抱えて神奈川の家に帰ると、妻が神妙な顔で待っていた。 「33年間、お疲れ様でした」 その言葉と共に差し出されたのは、労いの手紙ではなく、緑色の離婚届だった。
「……え?」 状況が理解できなかった。 「貴方は、会社のために生きてきました。家族のためと言いながら、貴方が見ていたのは自分自身の『失敗しない人生』だけでした」 妻の言葉は静かだったが、鋭利な刃物のように私の胸を抉った。 子供たちに助けを求めたが、彼らの反応は冷淡だった。 「お父さんとは、会話した記憶がない」「お金を入れてくれるだけの人だった」
私は家を追い出された。 財産分与で資産は半分になり、残ったのは孤独だけだった。
第四章:終わりと始まり
それから半年。 話し合いを求めても、妻も子供も、次第に連絡がつかなくなった。 弁護士を通じた事務的なやり取りすら途絶え、2025年の年末には、私は完全な一人ぼっちになっていた。
安いアパートの一室。暖房の効きが悪い部屋で、私は膝を抱えていた。 「俺は、何のために……」 真面目に生きた。誘惑にも耐えた。ただ、平穏な老後が欲しかっただけなのに。 我慢の果てにあるはずだった「幸せ」は、蜃気楼のように消え失せた。
絶望の中で、私は練炭に火をつけた。 薄れゆく意識の中で走馬灯のように巡るのは、成功の記憶ではなく、後悔ばかりだ。 もっと妻の話を聞けばよかった。子供とキャッチボールをすればよかった。 会社なんて適当にサボって、馬鹿な失敗を笑い合えばよかった。 「守はトロいなあ」 幼い頃の嘲笑が聞こえる。結局、私は人生という遊びにおいて、最後まで一歩遅れたままだったのだ。
意識が、完全に闇に落ちる。 ……そして、唐突に視界が開けた。
「……ん?」
天井のシミ。カビ臭い畳。そして、どこからか漂う銭湯の薪の匂い。 目の前にある自分の手は、小さく、あかぎれができている。 体が小さい。しかし、意識は鮮明だ。
「ここ……天助湯の近くの、ボロアパートか?」
昭和の喧騒が、薄い壁を通して聞こえてくる。 私は飛び起きた。カレンダーの日付を見るまでもない。肌で感じる空気が、あの「文明化される前」の時代だ。
佐竹守、65歳。いや、今はまだ小学生の守。 失敗を恐れ、動かなかった臆病者の人生は、灰と共に終わった。 けれど、今ここにあるのは、まだ何も描かれていない泥だらけの未来だ。
私は小さな拳を強く握りしめた。 「今度こそ……」 もう、後ろをついていくだけの人生はごめんだ。 私は、二度目の人生を歩き出した。
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