マレーシア旅行記

この話はフィクションです。

私は40代、外資系企業の営業職である。 毎年この時期になると、我が社ではSKO(Sales Kick-Off)と呼ばれるイベントが開催される。アジアパシフィック全域のメンバーが一堂に会し、新年度の戦略を共有し、結束を深める恒例行事だ。 開催地は毎年持ち回りで、今回はマレーシア。私にとっては人生初の国である。

通常、この手の出張に不安はない。会社が手配した高級ホテルに空港から直行し、一歩も外に出ることなくホテル内でイベントが完結する「缶詰め」状態だからだ。数年の勤務ですっかり高をくくっていた私は、今回、痛恨のミスを犯した。

フライトの予約日を、うっかり一日間違えて早く設定してしまったのだ。

気づいたのは出発の一週間前。変更手数料を調べると、なんと10万円。私のうっかりミスのために、経費でそんな額を落とせるはずもない。 私は唇を噛み締めながら、自腹での前泊を決意した。現地の物価を調べると、1万円も出せばそこそこのホテルに泊まれるらしい。私は予約サイトで手頃な宿を押さえ、一人早めに日本を立った。

国際線の搭乗には慣れている。フライト自体は問題なかった。しかし、クアラルンプール国際空港に降り立った瞬間から、私の孤独な戦いは始まった。

座席が最後部だったため、トイレに寄ってから機外に出ると、他の乗客の姿が消えていた。広大な空港内で、どこへ進めばいいのか皆目見当がつかない。近くのキャビンアテンダントに視線を送るも、素っ気ない態度で無視される。 勘を頼りに歩き出すと、「Hey!」とガードマンに制止された。どうやら逆走しかけていたらしい。 私の拙い英語力では状況を打開できない。冷や汗をかきながら、ようやく日本人のアテンダントを見つけ、強引に呼び止めた。 「一度バスに乗って移動し、そこから出口へ向かってください」 最初からそう表示しておいてくれ、と毒づきながらバスに乗り、なんとか出口エリアへ辿り着く。

だが、試練は続く。今度は荷物の受け取り場所がわからない。 近くのカウンターにいた職員にチケットを見せ、「Where?」と尋ねる。彼は無言で顎をしゃくり、頭上の小さな電子看板を指差した。そこには小さくフライト番号が羅列されていた。 「ああ、ここか……」と安堵すると同時に、口で説明する労力すら惜しむのかと、じわりと落胆が広がる。

ようやく入国審査を抜け、到着ロビーへ。 マレーシアのタクシーはぼったくりが多いと聞いていたため、事前に調べておいた「エアポートタクシー」のカウンターへ向かう。ここなら定額制で、カード払いも可能だ。 片言の英語でチケットを購入すると、係員は外を指差し言った。 「外にいるグリーンジャケットの男に声をかけろ」 言われた通り外に出る。むっとする熱気の中、緑色のジャケットを探すが見当たらない。仕方なく近くにいたスタッフらしき男に聞くと、彼もまた「グリーンジャケット」と繰り返す。 彼が指差した先にいたのは、どう見ても「黄色いジャケット」を着た男だった。 恐る恐る声をかけると、どうやら彼が担当らしい。 私の目がおかしいのか、この国の色彩感覚が独特なのか。釈然としないままタクシーに乗り込み、予約したホテルへと向かった。

目的地は高層マンションのような建物だった。 フロントでチェックインしようとすると、受付の女性が首を横に振る。 「ここはホテルの受付じゃないわ。あなたの予約はここじゃない」 「え?」 断られても、住所は間違いなくここだ。引き下がるわけにはいかない。「じゃあ、どこに行けばいいんだ」と食い下がると、彼女は面倒くさそうに隣のカウンターを指差した。 最初から教えてくれればいいものを。空港の職員といい、ここの人間は「聞かれないことは答えない」主義らしい。

隣のカウンターで判明したのは、私が予約したのはホテルではなく、民泊のようなコンドミニアムの一室だということだった。オーナーが個別に管理しており、到着したら電話で呼び出して鍵を受け取るシステムだという。 ここで最大の問題が発生した。 スマホを取り出し電話をかけようとするが、国際ローミングが上手くいかず、繋がらないのだ。 私はカウンターのスタッフに泣きついた。 「電話が使えないんだ。代わりにオーナーにかけてくれないか」 スタッフは渋々電話をしてくれたが、オーナーは出ない。 「チェックインは午後3時からよ」と彼女は言う。 「アーリーチェックインをリクエストしているはずだ」 予約画面を見せるが、時刻はまだ朝の8時半。「とにかく9時までは待て」の一点張りだ。

仕方なくロビーで待機することにし、1階のカフェでコーヒーを頼む。緊張が解けたせいか尿意を催し、公共トイレへと向かった。 扉を開けた瞬間、日本の田舎の公衆トイレのような光景が広がっていた。床は水浸し、トイレットペーパーホルダーは空っぽ。 幸い、日本から水に流せるウェットティッシュを持参していた。これがなければ、私の尊厳はこのマレーシアの地で失われていただろう。

9時を過ぎ、再度カウンターへ向かうと担当者が変わっていた。 新しいスタッフが電話をかけてくれたが、やはりオーナーは出ない。 「アーリーチェックインは何時からという契約なの?」 そんな明確な記載はない。ただ「可」とあっただけだ。 諦めて3時まで待つしかないのか。あと6時間。 せっかくだからショッピングモールで時間でも潰そうかと思うが、地理がわからない。ネットも繋がらない。 私はダメ元で、つっけんどんな受付に尋ねた。 「フリーWi-Fiはあるか?」 すると彼女は「貸して」と私のスマホを取り上げ、無言でWi-Fi設定を完了させて返してくれた。 言えばやる。言わなければ何もしない。 これが、この国の国民性なのだと、私はここで完全に理解した。

Wi-Fiを頼りに地図を頭に叩き込み、近くのモールへ向かう。 トイレでスーツから軽装に着替え、いくつかモールを回ってみて愕然とした。入っているのはハイブランドばかり。とてもではないが、ウィンドウショッピングで時間を潰せるような雰囲気ではない。 それでもなんとか2時間を消費し、昼食をとろうとフードコートのような安い店に入った。しかし、そこは現地の電子マネー専用で、現金もクレジットカードも使えなかった。 空腹を抱えたまま、結局近くの高級ホテルに逃げ込んだ。日本と変わらない価格のランチをカードで支払う。 ここでもやはり、Wi-Fiのパスワードは聞かない限り教えてもらえなかった。 なんというか、とことん肌に合わない街だ。

食事を終えてマンションに戻ったのは午後1時。 ふとスマホを見ると、いつの間にかローミングが成功し、電波が立っていた。 ダメ元でオーナーに電話をかけると、あっさりと繋がった。 「OK、今から鍵を持っていくよ」 3時まで待てとは何だったのか。 現れたオーナーから鍵を受け取り、最低限の説明を受ける。予約時に楽しみにしていたプールについての説明は一切なかったが、もう私にそれを質問する気力は残っていなかった。

ようやく手に入れた「城」でシャワーを浴び、泥のように昼寝をした。 夜、マレーシア駐在歴のある同僚と合流し、食事をした。私の散々な一日を聞いた彼は、同情の眼差しを向けてくれた。 翌日、会社が手配した本来のホテルへ移動し、ようやくいつもの快適な出張環境に戻ることができた。 そこは確かに高級ホテルだった。しかし、「言わないとやらない」というスタンスは、コンドミニアムの受付と何ら変わらなかった。 タオルが足りなくても、水がなくても、こちらから主張しなければ誰も気づかない。 その意識のギャップは最後まで埋まることはなく、私はSKOを終えた。

帰りの飛行機の中で、私は静かに誓った。 マレーシア。二度と来ることはないだろう、と。


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