最強の婚活 A

1. 初日:マニュアル通りの失敗

無人島「婚活特区」の白い砂浜。 **勉(つとむ・38歳)**は、リュックのサイドポケットに入れていた『モテる男のサバイバル術』という本を、そっと隠した。 彼は身長160センチ、小太り、汗っかき。システムエンジニアとして真面目に働いてきたが、女性と話すだけで挙動不審になる「万年非モテ」だ。 「まずはリーダーシップ……そうだ、リーダーシップだ」 勉は震える声で皆に呼びかけた。 「あ、あの! テントの設営、僕が指示を……」 しかし、彼の声はイケメン広告代理店マンの「よし皆! とりあえず乾杯しようぜ!」という爽やかな大声にかき消された。

一方、その輪の外で、砂浜に足を取られて派手に転んだ女性がいた。 **サキ(33歳)**だ。地味な眼鏡に、流行遅れのジャージ姿。実家の母に「あんたはドジで愛想がないから、国に頼るしかない」と泣き落とされ、送り込まれた。 「す、すみません、すみません……」 誰にも迷惑をかけていないのに、彼女は砂まみれで謝り続けていた。

二人は、初日の夜、誰からも声をかけられず、ぽつんと離れた場所で残り火を囲むことになった。

2. 10日目:不器用な共同作業

「カースト上位」の男女が華やかにバーベキュー(食材は配給の高級肉)を楽しむ中、勉とサキは「水汲み係」を押し付けられていた。 片道30分の山道。重いポリタンク。

「あ、あの、持ちます! 男なんで!」 勉は必死にサキの分のタンクを持とうとしたが、体力がなく、ふらついて膝をついてしまった。 「うぐっ……」 情けない。かっこ悪い。これではマッチングどころか、軽蔑されて終わりだ。勉が顔を真っ赤にしてうつむいていると、横から細い手が伸びてきた。

「一緒に……持ちましょうか」 サキだった。彼女は笑わなかった。馬鹿にもしなかった。 「私、実家が農家で……力仕事だけは、慣れてるんです。おしゃれな会話は、できないんですけど」 二人は一本の棒にタンクを通し、前と後ろで担ぐことにした。

「いっ、せーの」 掛け声に合わせて歩く。 「僕、役立たずですみません」 「そんなことないです。さっき、私が転びそうになった時、かばってくれましたよね」 サキの言葉に、勉は驚いて振り返った。サキは眼鏡の奥で、恥ずかしそうに目を逸らした。

3. 20日目:雑草の味

配給の食料が尽き、自給自足が始まった。 華やかなグループはパニックに陥っていた。「魚が捌けない」「虫が無理」「ネイルが割れた」と大騒ぎだ。

そんな中、勉は黙々と森に入り、植物を採ってきた。 「これ、野草です。食べられます」 彼は趣味の「植物図鑑鑑賞」が初めて役に立ったことに高揚していた。しかし、華やかな女性陣は「雑草なんて食べられないわよ」と鼻で笑った。

しょんぼりする勉の横で、サキだけが動いた。 「私、やります。お味噌、少しだけ残ってたから」 サキは慣れた手つきで、飯盒(はんごう)を使って野草の味噌汁を作った。さらに、勉が釣った小魚を器用に焼き、身をほぐして混ぜ込んだ。

「……どうぞ」 差し出されたお椀。勉がおそるおそる口をつけると、体に染み渡るような優しい味がした。 「うまい……! すごく、おいしいです!」 勉が叫ぶと、サキは初めて、ひまわりのような満面の笑みを見せた。 「よかった……! 勉さんが採ってきてくれたおかげです」

その夜、二人は並んで座り、冷めた雑草スープを啜った。 「僕、こんなにおいしいご飯、久しぶりに食べました」 「私、自分の作ったものを誰かに褒められたの、初めてです」 二人の間に流れる空気は、恋愛というより、日だまりのような「安心感」だった。

4. 28日目:勇気の証明

期限まであと2日。 周囲では、強制マッチングを恐れた男女が、パニック状態で相手を見繕っていた。「年収いくら?」「君、家事はできるの?」と条件闘争が飛び交う。

勉は焦っていた。 (サキさんは、いい人だ。家事もできるし、優しい。僕なんかより、もっと条件のいい人と組むべきなんじゃないか?) そう思い、距離を置こうとした勉を、サキが追いかけてきた。

「勉さん! 避けないでください!」 サキは息を切らし、顔を上げて言った。 「私、鈍臭いし、可愛くないし、お母さんにも呆れられてきました。でも……この島で、勉さんが一生懸命、皆のために動いているのを見てました」 「えっ……」 「誰もやりたがらないゴミの処理をしてたのも、夜中に火の番をしてたのも知ってます。私……私、条件とか計算とか、よくわかりません。でも、勉さんが作った火のそばにいると、一番落ち着くんです」

サキの手は震えていた。 勉は、自分が恥ずかしくなった。傷つくのを恐れて、「彼女のため」という言い訳で逃げようとしていた自分に気づいたのだ。

勉はサキに向き直り、深呼吸をした。マニュアル本に書いてあったキザな台詞は、もう頭にない。 「僕も……サキさんの味噌汁を、毎日飲みたいです。一生、離婚できない法律でも、僕はサキさんとなら、それが『幸せな無期懲役』だと思えます」

サキの目から涙が溢れた。 「……はい。私も、共犯になります」

5. 最終日:スタートライン

30日目の正午。迎えのドローンがやってきた。 成立したカップルたちが並ぶ。 妥協して手を繋ぐ者、諦め顔の者、お互い顔も見ない者たちが多い中、勉とサキだけは、しっかりと手を繋ぎ、リュックを半分ずつ持っていた。

係官が事務的に告げる。 「お二人はマッチング成立です。これより法的手続きに入ります。一度署名すれば、死別以外の別れは許されませんが、よろしいですね?」

勉はサキを見た。サキも勉を見上げ、コクりと頷く。 二人の顔は日焼けで皮がむけ、服はボロボロで、髪もボサボサだ。 でも、この30日間で、互いのかっこ悪いところも、情けないところも、そして隠れた優しさも、全部見せ合った。

「はい、構いません」 二人の声が重なった。

ヘリコプターに乗り込む際、勉はサキの手を取り、エスコートした(やっぱり少しつまずいたが、サキが支えた)。 「帰ったら、まず何がしたいですか?」 サキが尋ねると、勉は照れくさそうに笑った。 「ちゃんとしたキッチンで、二人で温かいご飯を作りましょう。雑草じゃなくて」 「ふふ、楽しみです」


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