最強の婚活 F

1. 初日:命令される快感

無人島の過酷な環境下、**麗華(れいか・38歳)**は激怒していた。 「信じられない! なんで私が自分でテントを張らなきゃいけないのよ! 誰かやりなさいよ!」

彼女はかつて、地方の女子校で「伝説の美少女」と呼ばれた。その栄光が忘れられず、38歳になった今も「私が指を鳴らせば男は動く」と信じている。しかし、現実は冷たい。 周りの男たちは「うわ、あのオバサン勘違いしすぎ」「関わると面倒だ」と無視を決め込んでいた。

孤立し、日焼けと空腹でイライラが頂点に達した麗華の視界に、一人の男が入った。 **優(ゆう・35歳)**だ。 彼は常に背中を丸め、ビクビクしている。学生時代から「おーい、パン買ってこいよ」と言われ続け、社会人になっても上司のサンドバッグ。染み付いた「いじめられっ子根性」は骨の髄まで達していた。

麗華は、本能的に嗅ぎつけた。 (こいつは、使える)

「ちょっと、そこの猫背!」 麗華が鋭い声で呼ぶと、優は「ひっ!」と飛び上がり、条件反射で直立不動になった。 「は、はいっ! すみません! 殴らないでください!」

「水を持ってきなさい。一番冷たいやつ。あと、この荷物が邪魔だからどけて」 麗華の命令は理不尽だった。しかし、優の体は思考より先に動いた。 「はいっ! 直ちに!」

優は走った。不思議だった。 (命令されると……落ち着く) この島に来てからの「自由」は、優にとって恐怖でしかなかった。自分で考え、自分で決めろと言われると、パニックになる。 だが、この女性の命令は明確だ。「水を汲め」「荷物を運べ」。 そこには、彼が慣れ親しんだ「絶対的な正解」があった。

2. 10日目:最強の盾

二人の関係は「女王」と「下僕」として定着した。

「優! 魚の骨を取りなさいよ、喉に刺さるじゃない!」 「申し訳ありません! 今すぐピンセットを作ります!」

周囲の参加者たちは、呆れ果てていた。 「おい優、お前もいい加減にしろよ。あんな女の言いなりになって」 ある日、柄の悪い男が優に絡んできた。 「お前みたいなグズ見てるとイライラすんだよ。あっち行ってろ」 男が優を突き飛ばそうとした、その時だった。

「ちょっと! 何してるのよ!」 麗華が鬼の形相で割って入った。 「私の下僕に勝手に触らないでくれる!? そいつが怪我して動けなくなったら、誰が私の足をマッサージするのよ!」

男は麗華の剣幕に押され、「なんだよクソ……」と捨て台詞を吐いて去っていった。

優は呆然と麗華を見上げた。 これまで、彼がいじめられている時、誰も助けてくれなかった。先生も、親も、見て見ぬふりをした。 でも、この人は違った。 自分の「所有物」を守るためとはいえ、彼女は外敵を追い払ったのだ。

「ぼさっとしてないで、肩揉みなさいよ!」 麗華は悪態をつきながら座り込んだ。 優は、涙をこらえながらその肩に手を置いた。 (この人は、僕を守ってくれる……初めての『ボス』だ)

3. 20日目:崩れ落ちる女王

しかし、麗華の「モテる勘違い」が粉砕される日が来た。

マッチング期限が迫り、焦った麗華は、自分の中で「本命」と決めていたイケメン商社マンにアプローチをかけた。 「ねえ、そろそろ私を選ばせてあげてもいいわよ?」

商社マンは冷たく言い放った。 「鏡見てから言えよ。俺の狙いは20代の子なんだ。お前みたいな性格の悪いおばさん、AIだって選びたくないだろ」

その言葉は、麗華の心の急所を突き刺した。 彼女は森の奥へ走り去り、大きな木の下で泣き崩れた。 「なんでよ……私は綺麗なのに……みんな見る目がないのよ……」 化粧が落ち、シワが目立ち、惨めな姿。 (本当はわかってた。もう若くないことも、性格が最悪なことも。でも、認めたら私が私じゃなくなる……)

ガサリ、と草が鳴った。 優だった。彼は手に、不格好な花冠を持っていた。

「……何よ。笑いに来たの?」 麗華が睨みつけると、優は首を横に振り、震える手で花冠を彼女の頭に乗せた。

「あの……麗華さんは、綺麗です」 優は、生まれて初めて、誰かの目を見て自分の言葉を言った。 「僕は、いじめられっ子で、グズで、誰からも必要とされませんでした。でも、麗華さんは僕に仕事をくれます。僕の名前を呼んでくれます。……僕にとって、あなたは世界で一番の女王様です」

麗華は優を見た。 冴えない、猫背の、情けない男。 かつての自分が求めていた「白馬の王子様」とは正反対の存在。 でも、誰も見向きもしなくなった自分に、この男だけは跪き、花を捧げている。

麗華は鼻をすすり、いつもの高飛車な口調を取り戻した。 「……当たり前でしょ。この冠、作りが雑よ」 「す、すみません!」 「……でも、受け取ってあげる」

4. 最終日:契約成立

30日目の朝。 麗華は、ボロボロの服を精一杯整え、優の前に立った。

「優、聞きなさい」 「はいっ!」 「貴方とのマッチングを許可するわ」

優は目を丸くした。 「えっ……い、いいんですか? 僕なんかで……」 「いいも悪いもないわよ! 選択肢がないの!」 麗華は顔を真っ赤にして叫んだ。 「それに……あんた以外の男なんて、私の世話を任せられないわ。光栄に思いなさい!」

それは、遠回しなプロポーズだった。 優は、パッと顔を輝かせた。 「はい! 一生、お仕えします!」

ドローンの前で、二人は並んだ。 麗華が腕を組み、その半歩後ろに優が控える。 「マッチング成立」のアナウンスが流れると、麗華はフンと鼻を鳴らした。

「これからは家事全般と私のマッサージ、それから生活費を稼ぐこと。休みはないと思いなさい」 「了解しました! あの……お給料は……?」 「私の笑顔が見れる。それで十分でしょ?」 「はい! 十分です!」

エピローグ

ヘリコプターの中。 他のカップルたちが「これからどうしよう」と不安げにする中、この二人だけは安定していた。

麗華には「絶対服従の信者」が必要だった。 優には「絶対的な支配者」が必要だった。 二人の心のパズルのピースは、歪な形をしながらも、ガッチリとハマってしまったのだ。

「優、喉乾いた」 「はい、ただいま!」

少子化対策担当者は、モニターを見ながら首を傾げた。 「……あれは『結婚』なのか? それとも『宗教』なのか?」

法律で離婚はできない。 これから先、優が過労で倒れるか、麗華が改心するかは誰にもわからない。 だが、二人が手を繋ぐ(というか、麗華が優の手を引っ張る)姿は、どこか楽しげだった。 彼らにとって、この理不尽な関係こそが、世界で唯一の「居場所」だったのだから。


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