
混沌とした闇の空間。 そこに浮かぶ巨大な緑色の球体は、かつてないほど激しく収縮と膨張を繰り返し、怒りの熱波を撒き散らしていた。
その足元で、緑色の怪物が床に頭を擦り付け、必死の弁明を繰り返していた。
「も、申し訳ございません! 八代将軍の一角、『兜割』が敗れました……。敵は若輩とはいえ、風、聖、水と三つの力が揃っており、さすがの兜割も多勢に無勢だったようで……」
球体から「言い訳無用」と言わんばかりの重圧が放たれる。 怪物はひぃっと短い悲鳴を上げながらも、次の策を口にした。
「し、しかし、ご安心くだされ! 奴らは所詮、烏合の衆。次なる刺客として、八代将軍より二名を同時にあてがいます。ただの二名ではございません。一糸乱れぬ連携を誇る『双子』の将軍……。奴ら二人揃えば、その力は十人力! 必ずや奴らを皆殺しにし、その首を主のもとへ!」
海賊船『荒くれジョーズ号』の船長室。 ヴィクトリアは、海図を広げながら呆れたように溜息をついた。
「で? あんたたち、なんであんな化け物どもに追われてるんだい?」 「わからねえ」 「……恥ずかしながら、私も見当がつかない」
タケルとリチャードの即答に、ヴィクトリアは頭を抱えた。 「自分たちが何で命を狙われてるかも知らないで逃げてたのかい。まったく、世話の焼ける連中だね」
議論の結果、闇雲に逃げるだけではジリ貧だという結論に至った一行は、情報収集のために進路を変更。中央都市セントラルにもほど近い、大陸有数の巨大貿易港「ポート・バレンシア」へと入港した。
「すっげえ人だ! まるで祭りだな!」 タケルが目を輝かせる。 「俺は船に残って、今後の航路計画と物資の補給手配をしておく。お前たちは少し気晴らしでもしてくるといい」 リチャードは生真面目な顔でそう言い、船に残ることを選んだ。
「へっ、堅苦しいねぇ。行こうかタケル、あたしらが街を案内してやるよ!」 「おう!」
タケルとヴィクトリアは、活気あふれる繁華街を当てもなく彷徨っていた。 二人ともまだ子供。何をしていいのか分からず、とりあえず匂いにつられて一軒の薄暗い酒場へと入った。
「おいおい、ガキがミルクでも飲みに来たのか?」 「ここはねんねの来るところじゃねえぞ!」 酔っ払いたちの冷やかしに、タケルがカチンときて言い返そうとした時だった。
「よお。お前らも『戦士』か?」
声をかけてきたのは、カウンターで一人グラスを傾けていた男だった。 黒い革のツナギに身を包み、髪をオールバックに撫で付けた、いかにもキザな男。 彼がグラスを置くと、その右手の甲に真っ赤な『火』の文字がボウッと浮かび上がった。
「あんた……仲間か!?」 タケルが身を乗り出す。男はニヤリと笑い、名を名乗ろうとした。 「俺の名はジョー。さて、どこから説明したもんか――」
ドォォォォォンッ!!
突如、酒場の壁が内側に向かって爆発した。 「な、なんだ!?」
粉塵が晴れると、破壊された壁の両端に、二つの人影が立っていた。 背中から蝶のような巨大な羽を生やした、妖艶な女性の姿をした怪物。片方は燃えるような赤、もう片方は凍てつくような青の羽を持っていた。
二人の怪人は、不気味なほど声を揃えて言った。 『『はじめまして。そして、さようなら』』
「危ねえッ!!」
ジョーが叫んだ瞬間、酒場全体がまばゆい光に包まれ、爆散した。
気がつくと、タケルは空中にいた。 「うおっ!?」 見ると、ジョーがタケルとヴィクトリアの二人を両脇に抱え、空を飛んでいた。彼の足の裏からはジェットエンジンのように激しい炎が噴出し、推進力となっている。
「坊やは『風』だろ? 自力で何とかしな!」 「へ!?」 ジョーはそう言うと、タケルを空中に放り投げた。 「うわあああ!」 タケルは慌てて風を操り、体勢を立て直す。
一方、ジョーはヴィクトリアをお姫様抱っこしたまま、華麗に着地した。 「レディは丁重にな」 「キザな野郎だねえ」 ヴィクトリアはまんざらでもなさそうに笑う。
上空から、先ほどの双子の蝶――赤と青の怪人が舞い降りてくる。 ジョーはヴィクトリアを下ろすと、青い蝶の方へ視線を向けた。
「俺はあの青いのをやる。残りの赤いやつは、お前らで何とかしろ」 「おう! 任せとけ!」
タケルとヴィクトリアは、赤い蝶の怪人と対峙した。 「たまにはいいとこ見せないとな!」 タケルは気合を入れる。これまで、まともに敵を倒した記憶がない。今度こそ、風の戦士としての力を見せつける時だ。
「風よ、刃となれ!」 タケルの手から、風を圧縮した半透明の剣が現れる。
対する赤い蝶も、妖しく笑いながら手から真紅のエネルギー剣を生成した。 『アナタの首、綺麗に切り落としてあげるわ』
「へっ、やれるもんならやってみろ!」 タケルが剣を構え、一歩踏み込もうとした、その刹那。
ドスッ!
「……え?」 赤い蝶の動きが止まる。 その胸板を突き破って、巨大な斧の刃が飛び出していた。
「隙ありだねぇ!」 背後に回り込んでいたヴィクトリアが、豪快に斧を振り抜く。 『ギャアアアアッ!』 赤い蝶は悲鳴と共に両断され、光の粒子となって消滅した。
「……は?」 タケルは振り上げた剣を下ろすことも忘れ、呆然と立ち尽くした。 まただ。また俺の出番がない。
「おいおい、もう終わったのか?」 背後から声がして振り返ると、そこには黒焦げになった青い蝶の残骸と、涼しい顔でタバコに火をつけるジョーの姿があった。 「早かったな」
タケルは叫びたかった。俺だけ何もしてねえ! と。 しかし、状況はそれを許さなかった。
ジョーは紫煙を吐き出しながら、真剣な眼差しで二人(と、合流してきたリチャード)を見据えた。
「さて、邪魔者も消えた。お前らに『真実』を伝えよう。なぜ俺たちが戦うのか、そして敵の正体は何なのかをな」
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