謎の空間。巨大な緑色の球体は、その内側に膨大なエネルギーを溜め込んでいるかのように、これまでになく強く、不気味な輝きを放っていた。
その足元で、緑色の怪物が恭しく報告する。 「我が主よ……奴らは予想以上に厄介です。個々の力が共鳴し合い、もはや単純な物量戦では、我々が勝利することは難しくなってきました」
怪物は一瞬、主の不機嫌な反応を恐れたが、すぐに自信ありげな笑みを浮かべた。 「しかし、奴らの次の目的地は修羅の国。あそこの高官の多くは、すでに我らが同胞と入れ替わっております。我々怪物を簡単に屠る奴らも、同じ人間の姿をした者にはどうでしょうかな? 人間の盾を使えば、奴らの動きを封じることなど造作もないこと」 緑色の怪物の高笑いが、歪んだ空間に響き渡った。
一方、タケルたち一行は、過酷な砂漠地帯を抜け、修羅の国の首都「北の都」に到着していた。
「うわあ、すげえ! 変な形の建物ばっかりだ! それにみんな、真っ赤な服着てる!」 タケルは目を輝かせ、キョロキョロと辺りを見回す。赤く塗られた曲線的な建物が並び、行き交う人々は皆、この国の伝統色である鮮やかな赤い衣装を身にまとっていた。これまで見たことのない異国情緒あふれる風景に、タケルの興奮は収まらない。
「ちょっとタケル、田舎者丸出しの反応はやめなよ。恥ずかしいだろ」 ヴィクトリアは冷静を装いながらも、露店で買った名物の鳥の串焼きと、米を固めて焼いた「ライスバーガー」を両手に持ち、交互に頬張っていた。 「お前も十分楽しんでるじゃねえか」とタケルが突っ込む。
そんな二人を見て、リチャードが苛立ちを隠せずに言った。 「君たち、我々は観光旅行に来たんじゃないんだぞ。一刻も早く仲間を探さねば」
「まあまあ、そう固くなるなよ、リチャード先生」 ジョーは落ち着き払った様子でタバコに火をつけた。 「仲間の場所はわかってる。だが、長い砂漠の旅でみんな疲れてるだろ? 今日は久しぶりに、まともな宿でゆっくりしようぜ」 案内役のジョーがそう言うのであれば、慌てても仕方がない。一行は街の中心部にある大きな宿に部屋を取り、各々、修羅の国の夜を楽しむことにした。
しかし、リチャードだけは「そんな気分ではない」と、一人部屋にこもることを選んだ。窓の外から聞こえる祭りのような喧騒が、彼の焦燥感をさらに募らせた。
翌朝。 ロビーに集合したタケルとヴィクトリアだったが、ジョーの姿が見えない。 「あの野郎、まだ寝てんのか?」 「まったく、ルーズな男だねぇ」 二人が呆れていると、リチャードが苛立ちを露わにして階段を降りてきた。 「ジョーが部屋にいない。まさか、一人で先に……」 言いかけた時、ジョーが飄々とした様子で宿の入り口から現れた。
「よう、お早いお目覚めで」 ジョーの背後には、ロープで数珠つなぎにされた四人の男たちがいた。皆、顔を腫らし、気絶している。
「なっ、ジョー! その男たちは……!?」リチャードが驚愕する。
ジョーはゆっくりとタバコの煙を吐き出した。 「刺客だよ。お前らがぐっすり寝てる間に、夜襲をかけてきやがったのさ」
「こいつらも虫人間なのかい?」とヴィクトリアが尋ねると、ジョーは首を横に振った。 「いや、正真正銘の人間だ。この国はそういう国なんだよ。すでに上層部は敵が入り込んでいて、人間様もこうやって奴らの手駒にされてるってわけだ。この国じゃ、枕を高くして寝られないぜ」
リチャードが顔をしかめる。「だったら、一言注意してくれてもよかったのではないか?」
ジョーは皮肉たっぷりに笑った。 「リチャード先生は『遊びもせずに警戒する』って言ってたからな。言わなくても困らないかと思ったんだよ。それとも、新兵みたいに手取り足取り指導した方がよかったかい?」
リチャードは苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。 ジョーはマイペースに続けた。 「ま、そんなわけで、邪魔者も片付いた。そろそろ仲間のところに行くとしようか」
ジョーが案内したのは、北の都の中心部にある、広大な敷地を持つ豪邸だった。 しかし、彼らは正門ではなく、裏手の塀の隙間から敷地内へと侵入した。
「おいジョー、なんでこんなコソ泥みたいな真似しなきゃいけないんだよ」 タケルが不平を漏らす。
「この国の高官のお嬢様なんだからしょうがないだろ。正面から『世界平和のために娘さんに会わせてください』って言った方がよかったか? 門前払いされるか、奴らに囲まれて終わりだ」 ジョーは手慣れた様子で警備兵の目を盗み、先導していく。タケルとヴィクトリアも、海賊船での経験からか、それなりに様になっている。一方、騎士としての誇りを持つリチャードだけは、忍び込むという行為に強い抵抗を感じているようで、動きがぎこちない。 「リチャード先生には苦手分野だったな」とジョーがからかう。
何とか目的の部屋――離れにある静かな和室――にたどり着いた一行。 障子を開けると、そこにはこの国の伝統的な赤いワンピースを着た、黒髪ツインテールの若い女性が一人、静かに座っていた。色白で、儚げな雰囲気を漂わせている。
タケルたちを見て、彼女はか細い声で反応した。 「あの、どなたでしょうか? 新しい使用人の方でしょうか……?」
「説明するより見せた方が早いな」 ジョーが右手の甲の紋章を光らせると、それに呼応して、女性の右手の甲にも白い光で『光』の文字が浮かび上がった。
「あら」 女性は、自分の手のひらをしげしげと見つめた。驚きというよりは、不思議なものを見るような目つきだ。 ここで、タケルたちが自己紹介と、これまでの経緯を簡単に説明した。
それを聞いた女性は、上品に微笑んだ。 「あら、ご丁寧に。私はカグヤと申します。こんな私でも、世界のお役に立てるのであれば、是非協力させてください」
しかし、すぐに困ったような顔をした。 「ただ、私、今婚約しておりまして、近々結婚式を行う予定なのです。どうしましょう……」
ジョーがニヤリと笑った。 「そのことなら心配無用だ。それを解決して、ついでに世界も救う、とびきりいい方法がある」
数日後、北の都で最も格式高い式場。 数百人の招待客が見守る中、舞台の上には、式典用の豪華な衣装をまとったカグヤと、色白でオールバックの優男が並んで立っていた。優男は、この国の有力な若手政治家だという。
司会者が結婚の誓いの言葉を述べようとした、その時。
「その結婚、ちょっと待ったーッ!!」
会場の扉が乱暴に開かれ、タケルが飛び込んできた。 「な、何者だ! 警備兵、捕らえろ!」 優男が叫ぶが、早いか、タケルは風のような素早さで舞台に駆け上がり、優男の腕を風の刃で切りつけた。
「ぐああっ!」 優男の腕から、鮮やかな緑色の血が噴き出した。
「見ろ! こいつは人間じゃねえ、怪物だ! みんな、早く逃げろ!」 タケルが叫ぶ。会場はパニックに陥り、悲鳴が上がる。カグヤは緑色の血を見て、白目をむいて気絶してしまった。
優男が、低い声で笑い出した。 「くくく……本当に一筋縄ではいかない奴らだ」 優男の体が変異を始める。皮膚が硬質化し、テントウムシのような赤と黒の斑点模様が浮かび上がり、背中からは甲虫の羽が生えた。
「私は黄泉の八代将軍が一人、『光陽(こうよう)』! 者ども、やれ!」 光陽が叫ぶと、招待客の半数近くが、同じように虫人間の姿に変わった。彼らは、逃げ遅れた残りの半数の人間たちを捕らえ、人質にした。
「動くな! お前らが妙な真似をすれば、こいつらの命はないぞ!」 光陽が勝ち誇ったように叫ぶ。タケル、リチャード、ヴィクトリア、ジョーの四人は、人質を前に動きを封じられた。
「汚い奴らめ……!」リチャードが歯噛みする。 「勝てばいいんですよ。では、一人ずつ息の根を止めていきましょうか」 光陽がゆっくりとタケルたちに近づいてくる。
その時。 「……んぅ?」 気絶していたはずのカグヤが、むくりと起き上がった。彼女は状況を理解していないのか、きょとんとして辺りを見回している。
「おや、愛する妻よ、目を覚ましましたか。あなたもすぐに楽にしてあげますよ。お父様、お母様が大事であれば、大人しくしていてください」 光陽が、人質の中にいるカグヤの両親を指差して脅した。
次の瞬間。
「ぐべぇっ!?」 光陽の体が、砲弾のように吹き飛んだ。舞台の壁に激突し、瓦礫に埋もれる。
「ウルセーッ!!」
舞台の中央で、ウェディングドレスの裾をまくり上げ、見事なハイキックのポーズを決めているのは、紛れもなくカグヤだった。 しかし、その表情は先ほどまでの儚げなものではなく、獰猛な笑みを浮かべた、完全に別人のそれだった。
「くだらねーことグダグダ言ってんじゃねえよ! 殺したきゃ殺せばいいだろ!」 カグヤは近くにあった儀式用の太い木の棒を拾い上げ、瓦礫から這い出そうとする光陽を、容赦なく殴りつけた。 バキィン! という鈍い音が会場に響く。
「き、貴様……! 人質がどうなってもいいのか!?」 光陽が叫ぶと、虫人間たちがカグヤの両親に向けて武器を振り上げた。
しかし、その腕は空中でピタリと止まった。 「な、なんだ!? 体が動かん!?」
「八卦陣(はっけじん)・艮(こん)!」 カグヤが足元の床を踏みしめると、そこから黒い影が蛇のように伸び、会場中の虫人間たちの体を縛り付けていたのだ。
「あ? 何か言ったか? よく聞こえなかったんだけど?」 カグヤは耳をほじりながら、もう一度、木の棒で光陽の頭をフルスイングで殴打した。 その右手の甲には、先ほどまであった『光』の文字ではなく、漆黒の『闇』の文字が浮かび上がっていた。
「くそっ、人質が使えぬなら、私の力で捻り潰してくれる!」 光陽が激昂し、体の斑点から無数の触手を伸ばしてカグヤに襲いかかる。
「八卦陣・離(り)!」 カグヤが指を鳴らすと、触手に青白い炎が燃え移り、瞬く間に灰と化した。
「手品はもう終わりかい、旦那様?」 カグヤは冷酷に笑いながら、三度目の殴打を見舞う。
「止めだ。八卦陣・震(しん)!」 カグヤが棒を地面に突き立てると、強烈な雷撃が迸り、光陽と、影に縛られた全ての虫人間を貫いた。
断末魔の叫びすら上げられず、光陽と虫人間たちは黒焦げになって倒れ伏した。
静寂が戻った会場で、カグヤは棒を肩に担ぎ、呆気にとられているタケルたちの方を振り返った。 「ふぅ、片付いたね。話は全部聞いてたよ。これからもよろしくね!」
儚げな深窓の令嬢から、口の悪い攻撃的な女性へ。あまりの豹変ぶりに、タケルたちはただ茫然と立ち尽くすしかなかった。

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