七つ風の戦士 第八話  

貧民街の薄暗い食堂。タケルたち一行を見下ろしていたのは、場違いなスーツ姿の男と、露出度の高い格好をした女性の二人組だった。

警戒心を露わにするジョーやリチャードを制するように、スーツの男が眼鏡の位置を中指でクイッと直しながら口を開いた。

「おや、そんなに殺気立たないでください。私は敵ではありませんよ」

男は落ち着き払った様子で、自分の右手を差し出した。その手の甲に、青白い光で『知』の文字が浮かび上がる。

「なっ……! お前も、仲間なのか!?」 タケルが驚きの声を上げる。

「ええ、その通りです。私の名は高橋。しがない経営コンサルタント……いえ、今は『知』の戦士と名乗るべきでしょうか」 高橋は気取った仕草で一礼した。 「あなた方がこの国に入ったことは、独自の情報網で察知していました。しかし、この国の現状が現状なもので、接触に手間取ってしまいました。申し訳ありません」

ジョーが訝しげに尋ねる。 「現状ってのは、このふざけたインフレーションのことか?」

「ご名答。さすがは『火』の戦士、察しが良い」 高橋はニヤリと笑い、隣に立つ褐色肌の女性を紹介した。 「彼女は私のアシスタントのアンナです。スケジュール管理からデータ収集まで完璧にこなす、私の優秀な右腕ですよ。服装が少々……常にリゾート気分なのが玉に瑕ですがね」 アンナと呼ばれた女性は、無言のままペコリと頭を下げた。手には分厚いファイルと電卓を抱えている。

一行は席を詰め、高橋たちをテーブルに招き入れた。

「さて、単刀直入に申し上げましょう。この国で起きている狂気のインフレーションは、自然発生的なものではありません。明確な悪意を持って引き起こされた『経済テロ』です」

高橋の言葉に、全員が息を呑む。 彼は、敵である虫人間たちがすでに政府と中央銀行に入り込み、通貨発行権を掌握して意図的に「両」を乱発している事実を説明した。

リチャードが呻く。「武力で街を破壊するのではなく、経済を破壊して人々を絶望させるとは……なんと卑劣な」 タケルが拳をテーブルに叩きつけた。「くそっ! だったら、その中枢にいる虫野郎どもをぶっ飛ばせばいいんだろ!?」

しかし、高橋は静かに首を横に振った。 「いえ、それは得策ではありません。『風』の戦士よ。今、奴らを武力で排除したところで、すでに崩壊した経済システムは元に戻りません。むしろ、社会は大混乱に陥り、暴動や略奪が起きるでしょう。それでは、国を救ったことにはならない」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」

高橋は眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。 「力には力を、経済には経済を、です。奴らが仕掛けたこのマネーゲーム、私が『知』の力をもって、ひっくり返してみせましょう。コンサルタントたるもの、最高の結果(ソリューション)をお約束しますよ」

高橋の作戦は、大胆かつ緻密なものだった。 それは、敵が支配する通貨「両」の信用を、根底から覆すというものだった。

「作戦名は『オペレーション・アルケミスト(錬金術師)』。これからあなた方には、私の手足となって動いてもらいます」

高橋の指示のもと、タケルたちは行動を開始した。

まず、ヴィクトリアとジョーは、裏社会のルートを使い、「政府が秘密裏に保有していた莫大な金塊が、実は偽物だった」という偽情報を、もっともらしい証拠品(メッキを施した鉛の塊)と共に流した。 海賊とアウトロー、二人のハッタリは堂に入っており、噂は瞬く間に闇市から一般市民へと広がっていった。

「おい聞いたか? 『両』の担保になってる金塊、全部ニセモノらしいぞ!」 「なんだって!? じゃあ、この紙切れには何の価値もないってことか!?」

市民の間に不安が広がる中、次にリチャードとカグヤ(表の人格)が動いた。 二人は貧民街を中心に、ヴィクトリアが持っていた本物の「金貨」を使った炊き出しや医療支援を行った。 「この金貨は、正真正銘の本物です。我々を信用してください」 誠実な騎士と、慈愛に満ちた令嬢の言葉は、絶望に沈む人々の心に希望の光を灯した。人々は、価値の暴落する「両」よりも、彼らが持つ確かな「金貨」を信用し始めた。

そして、仕上げはタケルだ。 彼は高橋の指示で、中央銀行の巨大な金庫室の通気口に、風の力を使って侵入した。 「へへっ、こんなの朝飯前だぜ」 タケルは金庫室の扉の内側から鍵を開け、そこに保管されていた、これから市場に流される予定だった山のような新紙幣の束を、風の力で空高く巻き上げた。

「うわあぁぁっ! 金が! 金が空を飛んでるぞ!」

街中に紙幣の雨が降る。それは、「両」がいかにありふれていて、価値のないものであるかを、視覚的に市民に知らしめる決定打となった。

「もう『両』なんて信用できるか!」「金貨だ! 本物の金貨と交換しろ!」 市民たちはパニックに陥り、銀行や両替所に殺到した。誰もが「両」を手放し、金や現物に変えようとした。

取り付け騒ぎが起こり、「両」の価値は、敵の想定を遥かに超えるスピードで暴落していった。それはもはやインフレではなく、通貨システムの崩壊そのものだった。

政府中枢の豪華なオフィスで、高官に化けていた虫人間たちは、モニターに映し出される経済指標の急降下を見て狼狽していた。 「ば、馬鹿な! なぜこんなことに!? 我々の計画は完璧だったはずだ!」 「『両』の信用が地に落ちた! これでは、ただの紙屑だ!」

彼らが築き上げた経済支配のシステムは、高橋の仕掛けた情報戦と心理戦によって、音を立てて崩れ去ったのだ。

混乱の極みにある政府ビルに、タケルたち一行が乗り込んだ。 「チェックメイトだ、虫野郎ども」 高橋が冷徹に告げる。

オフィスの扉を蹴破り、タケルたち一行が乗り込んだ。先頭に立つのは高橋だ。

「おのれぇぇッ! よくも我らの計画を!」 激昂した虫人間たちが正体を現し、鋭い爪や大顎を剥き出しにして襲いかかってきた。

タケルたちが武器を構えようとした瞬間、高橋がスッと前に出た。 「皆さん、ここは私にお任せを。コンサルタントたるもの、物理的な『トラブルシューティング』も業務の一環ですので」

「はぁ!? お前、頭脳労働者じゃないのかよ!」 タケルがツッコミを入れたその時、高橋がスーツのジャケットを脱ぎ捨て、右腕のシャツの袖を乱暴に引き裂いた。

そこに現れたのは、人間の肉体ではなかった。 チタン合金で覆われ、無数のケーブルが這う、鈍く光る機械の腕――サイボーグの義肢だった。

「脳細胞の圧倒的な処理速度に、生身の肉体が追いつけなくてね。少々、自己投資をさせてもらいました」 高橋の眼鏡の奥で、機械的な照準レンズが赤く発光する。同時に、右手の甲の『知』の紋章が激しく輝いた。

「敵の骨格強度、筋繊維の収縮率、攻撃軌道を解析――予測完了。最適解の打撃ポイントを算出」 高橋がぶつぶつと呟くのと、虫人間が跳躍して迫るのは同時だった。

「遅いですね」 高橋のサイボーグアームの肘部分から、青白いバーニアの炎が噴出する。 ロケットの推進力を得た超音速の右ストレートが、寸分の狂いもなく虫人間の急所――装甲の隙間である首の関節部分に突き刺さった。

メキィッ!! という凄まじい破壊音と共に、虫人間の巨体がくの字に折れ曲がり、壁を突き破って吹き飛んだ。

「な、なんだと!?」 残りの虫人間たちが怯む。

「まだまだ業務時間内ですよ。アンナくん、アレを」 「はい、社長」 後ろに控えていたアンナが、抱えていたファイルケースを開く。中に入っていたのは書類ではなく、高圧縮エネルギーのマガジンだった。 高橋はそれを機械の腕にガシャコン! と装填する。腕の装甲がスライドし、小型のプラズマキャノンが展開された。

「解析結果に基づき、範囲攻撃(全体最適化)を実行します」 ドォォォォン!! 眩い閃光と轟音。高橋の腕から放たれた極太のプラズマレーザーが、残る虫人間たちを文字通りチリ一つ残さず蒸発させた。

静まり返るオフィス。 熱を帯びたサイボーグアームからシューッと白煙を上げながら、高橋はネクタイを締め直した。 「ふぅ……一件落着ですね。これでコンサルティング料は高くつきますよ?」

「インテリかと思ったら、サイボーグなのかよ!」 タケルが目を丸くして叫ぶ。 「デタラメな野郎だねぇ! アタシ、結構好きだよそういうの!」 ヴィクトリアが大笑いして高橋の背中をバンバンと叩いた。リチャードも、そのギャップに言葉を失っている。

こうして、黄金の国の狂乱の経済危機は、頭脳と武力――そしてサイボーグの体――を併せ持つ「知」の戦士によって、鮮やかに解決されたのだった。

これで六人。 残る仲間はあと一人。

「次の目的地は『約束の地』。いよいよ、最後の場所ですね」 リチャードが地図を見ながら呟く。 「ああ。そこに最後の仲間がいるはずだ」 ジョーが頷く。

一行は、黄金の国で手に入れた資金と、高橋という強力な頭脳を加え、最終目的地へと向かう準備を整えた。彼らの旅は、いよいよクライマックスへと近づこうとしていた。


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