新八代将軍・忠蜂を打ち倒し、修羅の国の北の都は解放された。 十年ぶりにハイの支配から脱した人々は、狂喜乱舞し、街は昼夜を問わず盛大な祭り騒ぎとなった。天の戦士たちも遠慮することなく神輿に担ぎ上げられ、美酒とご馳走を堪能していた。
カグヤも例外ではなかった。崑崙山での九年間の禁欲的な修行生活の鬱憤を晴らすかのように、ミカの性格を全開にして大酒を食らい、陽気に暴れ回っていた。
「がははは! 持ってこい持ってこい! 修羅の国の酒はこんなもんじゃないだろッ!」 樽ジョッキを呷るカグヤを見て、ジョーは呆れながらも、ふと急に落ち込んだ声をこぼした。 「……おい。祭りはいいが、これからどうするかな」 次に向かう先の当てなど、全くないのだ。タケルの故郷も滅び、ヴィクトリアの行方も知れず。
すると、酔っ払って顔を真っ赤にしたカグヤが、ジョーの背中をバンバンと叩いた。 「だいじょーぶ! このアタシに任しときな! ひっく!」 先日見せた、あの圧倒的な強さとテレポート能力。その言葉を聞いたジョーたちも「こいつなら何とかしてくれるだろう」と妙に安心してしまい、再び祭りの熱狂へと酔いしれていった。
しかし。 祭りが落ち着き、二日酔いの頭を抱えて戦士たちが集まった時、現実は甘くないことを思い知る。
「で、カグヤ。次を探す奥の手ってなんだよ」ジョーが期待を込めて尋ねる。 するとカグヤは、すっかりミカの気配を消し、本来の真面目で厳かな物言いで語り始めた。 「……そもそも『八卦』とは、世の理(ことわり)を表す力。この世の様々な事象を予見する力があります。そして、未来や進むべき道に悩んだ時には……『八卦占い』があるのです」
「…………」 最後まで聞いて、見事な肩透かしを食らった一行。沈黙を破り、アンナがたまらずツッコミを入れた。 「ちょっと待って! とっておきの作戦って、占い!? ……じゃあ何かい、アタシの明日の恋愛運でも占ってくれるっての!?」
アンナの不満にも動揺せず、カグヤは真顔で話を続ける。 「当たるも八卦、当たらぬも八卦、と申しますから」 そう言って、流れるような動作で印を組んだ。 「――雒粤中天八卦(らくえつちゅうてんはっけ)」
カグヤの目の前の空中に、光り輝く複雑な幾何学模様と、八卦の紋様が次々と浮かび上がっては消えていく。 暫くの後、カグヤは静かに目を開いた。
「……見えました。『待ち人来る』。場所は……『無限の砂漠』。それでは、行きましょうか」
ジョーとアンナが、パッと顔を輝かせてカグヤを見つめる。 「おおっ! またあの技で、ポーンと一瞬でみんなを送ってくれるんだろ!?」 「さすがカグヤ様! 話が早いね!」
しかし、カグヤは不思議そうに小首を傾げた。 「……ああ、あの『乾』の技ですか? あれは、あらかじめマーカー(ポータル)を置いた、私がよく知る場所にしか行けないのですよ。どこにあるか分からない未開の場所には飛べません」 カグヤはニッコリと微笑んだ。 「さあ、皆さんで楽しい砂漠旅行と参りましょう」
「「……えぇーっ!?」」
かくして、当てのない過酷な旅が再び始まった。 大陸の西に広がる「無限の砂漠」の入り口までは、比較的簡単に辿り着くことができた。しかし、その先は名の通り、無限に続くのではないかと錯覚するような、灼熱の砂地獄だった。
旅は過酷を極めた。太陽が照りつける昼間は砂に穴を掘って熱を凌ぎ、夜になると「クダラ」という砂漠に強い四足歩行の毛むくじゃらな生き物に乗り、のんびりと星空の下を進んでいった。
行けども行けども、見えるのは波打つ砂丘のみ。 一週間が経とうとし、流石に水も尽きかけ、一行が絶望に打ちひしがれそうになった、その時だった。
「……おい、あれを見ろ」 ジョーが指差した蜃気楼の向こう。 そこには、直径が数キロメートルはあるかという、信じられないほど巨大な「木でできた球体」のような謎の建造物が、砂漠のど真ん中に鎮座していた。
一行は希望を胸に、クダラを走らせてその物体へと近づいた。 外周を回っていると、巨大な木の根が絡み合った門のような形状の場所を見つけた。ジョーが義手でゴンゴンと叩くと、ギギギ……と重い音を立てて扉が開き、一行は恐る恐るその中へと足を踏み入れた。
球体の中は、空調でも効いているかのように涼しく、そして驚くべきことに、巨大な「町」が形成されていた。 さらに一行を驚かせたのは、町の中にはハイ(地の民)もロー(天の民)も、老若男女様々な人々が、争うことなく笑顔で共存して暮らしていたことだ。
「おいおい……どうなってんだ、ここは」 ジョーが町行く人に声をかけ、事情を聞こうとした。しかし、返ってくる反応は酷く不気味なものだった。
「ああっ、女王様は素晴らしい!」 「ここは平和な世界。女王様のおかげです!」 「あなたも、女王様の愛を受け入れてくださいね」
こちらの質問には一切答えず、焦点の定まらない笑顔で、ただひたすらに「女王」という人物への賛美の言葉のみを繰り返すのだ。
カグヤとアンナが顔を見合わせる。 「……おそらく、修羅の国にいた忠蜂のように、この『女王』が何らかの力で人々を洗脳し、操っているのではないでしょうか」カグヤが推測する。
「アタシもそう思う。占いに『待ち人』って出たってことは、この気味の悪い町に、昔の仲間が囚われてるって可能性が高いね」とアンナ。
そう判断した一行は、騒ぎを起こさぬよう慎重に、町の中心にある巨大な「女王の神殿」へと向かった。 砂漠の真ん中にある得体の知れない街だ。修羅の国のように派手に暴れて、何が飛び出してくるか分かったものではない。
衛兵(ハイとローの混成部隊)の目を盗み、フィオの鋼鉄の力で鍵を壊し、一行は神殿の最奥、「女王の間」へと無事に忍び込むことに成功した。
薄暗い部屋の奥。天蓋付きの豪奢なベッドに、薄い絹のベール越しに一人の女性が座っていた。
『……よくぞ、私の町においでくださいました、旅の方々』 ベール越しに響いたその声は、酷く優しく、そして……ジョーたちにとって、とても耳馴染みのある「懐かしい声」だった。
『どうです? この町は、争いのない完璧な世界。……あなたたちも、この町の住人にしてあげましょう』
ジョーが一歩前に出た。 「……女王様。折角のお誘いだが、あいにく俺は、束縛されるのが大嫌いでね。自由が好きなんだ。遠慮させてもらうぜ」
『……そうですか。それは、とても残念です』
女王が悲しそうに息を吐いた、次の瞬間。
「…………ああ、いや。待てよ」 ジョーが突然、虚ろな目をして口走った。 「……この街は、最高の町だ。……そうだ、ここにいれば、もう戦わなくて済む。争いなんて、避けられるじゃないか……」
「ジョー!?」フィオが血相を変えてジョーの腕を掴むが、ジョーはヘラヘラと笑っている。あの精神力の強いジョーが、たった一瞬で、何の抵抗もなく洗脳されたのだ。
「あんた……何かしやがったねッ!!」 アンナが激昂し、ハッキング用の小型スタンガンを構えて女王に食って掛かろうとした。 しかし、その一歩を踏み出した直後。
「……あ。でも、ホントだ」 アンナの態度が、劇薬を打たれたように一変した。スタンガンを落とし、うっとりとした表情を浮かべる。 「……私も、この世界が最高だと思うよ。おっさんの仇討ちなんて……もう、どうでもいいや……」
ジョーとアンナが、完全に精神を支配された。 「アンナさん! ジョー!」 ただならぬ危機を感じ取ったカグヤが、即座に動いた。
「八卦――『巽(そん)』ッ!!」 カグヤが印を結び、鋭い突風を前方に放つ。 突風は女王を護る薄絹のベールを激しく吹き飛ばし、隠されていたその素顔を白日の下に晒した。
「……えっ」 カグヤとフィオは、息を呑んで絶句した。
そこに座っていたのは。 修羅の国で別れたはずの、かつての仲間。 緑の力を持つ心優しき戦士、メーテルだった。
メーテルは、操られたジョーとアンナを優しく撫でながら、カグヤに向けて微笑んだ。
「……カグヤ。あなたも、本当は戦いなんて嫌いで、平和が好きでしょう? さあ、私と一緒に……この永遠に平和な世界を、生きていきましょう」
慈愛に満ちた、しかし完全に狂気を孕んだ瞳。 地の主の復活を止めることができず、地下でガタガタと震えていた彼女の心は、この10年の間に、いびつな形で完全に壊れてしまっていたのだ。
「……くっ!!」 カグヤは一瞬の逡巡の後、床に向けて両手を突き出した。 「裏八卦――『離(り)』ッ!!」
床に叩きつけられた爆炎が激しい爆風と煙幕を巻き起こす。 「フィオ様、走って!」 カグヤはフィオの手を強く引くと、視界が奪われた神殿の女王の間から、間一髪で脱出した。
神殿から遠く離れた、木造の巨大都市の薄暗い路地裏。 息を切らせて逃げ込んだカグヤとフィオは、壁に背を預け、互いの顔を見つめ合った。
ジョーとアンナが洗脳され、敵の親玉は、かつて苦楽を共にした大切な仲間。 手を出せば、どうなるか分からない。
「……さあ、どうしましょうか」 カグヤが、冷や汗を拭いながら、フィオに問いかけた。

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