七つ風の戦士 第二十一話

女王の座から引きずり下ろされ、十年ぶりの仲間との再会という興奮が冷めやると、一行は奇妙な静寂に包まれた。

気まずい空気を破ったのは、アンナだった。 「……ところでさ。メーテルさんのあの洗脳能力、すごい威力だったけど……。あんなにヤバいパワーがあれば、こんな砂漠のド真ん中で引きこもってないで、簡単に世界を掌握できたんじゃないの?」

すると、メーテルは先ほどの涙顔から一転、オタク特有の早口と「でゅふふふ……」という、絶妙に気持ち悪い笑みを浮かべて解説を始めた。

「この洗脳の仕組みなんですがね! まず、この巨大な『樹の街』自体に秘密がありまして。この樹、私が傷を癒すために作ったただの小屋代わりの植物だったんですが、こいつの花粉には微弱な洗脳効果(リラックス効果)があるんです」

メーテルはメガネをくいっと押し上げるような仕草(メガネはかけていないが)をして、さらにまくし立てる。 「その花粉が、この一帯や街の中に常に漂っているわけです。そして、街に入った避難民は、サクラ(既に洗脳済みの住人)から『女王様は素晴らしい』という評判を山のように聞かされる。つまり、普通に私の前まで辿り着いた時点で、すでに半分催眠状態に仕上がっているわけです!」

「なるほど、空間全体を使ったサブリミナル効果か……」アンナがハッカーらしく納得する。

「そこで、私の新しい能力の出番です! 以前は植物をコントロールするだけでしたが、今は弱いながらも、動物や人間もある程度コントロールできるようになりました! 半分催眠状態の相手なら、この能力で十分『テンプテーション(魅了)』をかけることができるんです、でゅふふふ!」 メーテルは得意げに鼻を鳴らした。 「そもそも、ここに来る人は絶望しきった人ばかりですからね。『安息の地』という甘い言葉に、自分から騙されたがってるんですよ。……まぁ、催眠が浅い段階で、フィオさんの『愛のハグ(物理)』みたいな強烈な刺激を受けると、テンプテーションは解けちゃいますけどね」

ジョーが「俺はハグじゃなくて絞め技だっつってんだろ」と小声でツッコミを入れるが、メーテルは止まらない。 「あと、極度に興奮している人間はテンプテーションにかかりやすいんです! さっき一斉に押し寄せてきた敵軍ですが、フィオさんが反撃せずに引き留めてヘイトを集めてくれたおかげで、連中の興奮度がMAXになり、まとめて一発で落とせました! でゅふふふ!」

一気にまくし立てたメーテル。 そのあまりに理路整然とした、しかし酷くオタク臭い解説に、ジョーたち全員が「分かったような、分からないような……」という微妙なリアクションを返すしかなかった。

「……ま、まぁいい」 ジョーが咳払いをして、本題を切り出した。 「嬢ちゃんがいるってことは……あの『約束の地』に、もう一度辿り着けるってことだな?」

その言葉に、全員がハッとして深く頷く。 天の主の神殿がある、始まりの場所。あそこに行けば、世界を救うための何らかの手がかりがあるはずだ。

「えっ……」 メーテルだけが、女王の座(と、ちやほやされる生活)への未練を隠しきれない、ひどく悔しそうな顔をした。 しかし、彼女の心の底にも、世界を救いたいという戦士としての誇りは残っている。一行は、メーテルの案内で「約束の地」を目指すことになった。

出発の日。 メーテルは住民たちの前で、涙ながらに、しかしどこか悦に入った様子で最後のスピーチを行い、「この街の平和を維持するように」と最後の指令を下した。

そして、感動の余韻に浸りながら壇上から降りようとした、まさにその瞬間だった。

「裏八卦(うらはっけ)――『乾(けん)』」

カグヤが冷徹に印を結んだ。

「……え?」 メーテルが瞬きをすると、そこはもう砂漠の街ではなかった。一行は、一瞬にして修羅の国の北の都へと帰還していたのだ。

「……じゃあ、行きましょうか」 余韻をぶち壊されたメーテルを置き去りに、カグヤたちは淡々と、西の港町へ向けて歩き出した。


それから一か月の後。 海を渡り、険しい山脈を越え、メーテルの案内によって、一行はついに「約束の地」の入り口へと辿り着いていた。

しかし、道を進むにつれ、メーテルの足取りは重くなっていった。 (……嫌だな) ついこの間まで、巨大な街の女王として皆からちやほやされていた自分。しかし、約束の地であるこの村では、彼女は「異端児」として、腫れ物のように扱われていたのだ。その息苦しい記憶が蘇り、メーテルの呼吸が浅くなる。

できることなら、約束の地には行きたくない。 そう思いながら歩を進めていたメーテルは、ふと足を止めた。深呼吸をして、異変に気が付いた。

「……音が、聞こえない」

鳥のさえずりも、人々の営みの音も、風の音すらもしない。異常なほどの「静寂」。 「み、みんな! 急いで!」 慌てて村へと駆け出すメーテル。ジョーたちもただならぬ気配を感じ、後を追う。

約束の地の村に入ると……そこは、完全に「廃墟」と化していた。

「なんだ、こりゃあ……」ジョーが絶句する。 家屋は崩れ落ち、草木は枯れ果て、生き物の気配が全く感じられない。ハイに襲撃されたような生々しい破壊の跡とも違う、ただ長い時間をかけて「風化した」ような、異様な光景だった。

一行は周囲を警戒しながら、村の最奥にある「天の主の寺院」へと向かった。 しかし、かつて荘厳だった寺院も、屋根が落ち、柱が崩れ、ボロボロの姿を晒していた。

「ひでえもんだ……」 ジョーが瓦礫を蹴飛ばし、舌打ちをする。 「折角1ヶ月もかけて着いたってのに、手がかり一つなし、もぬけの殻かよ。……これなら、カグヤの占いに頼ったほうが早かったんじゃねえか?」

その時だった。

「――誰だ、お前ら」

崩れた神殿の奥から、鋭い男の声が響いた。 全員がハッとして振り返り、武器を構える。

そこに立っていたのは、敵のハイではなかった。 10年の歳月を経て、逞しい青年へと成長した、風の戦士――タケルだった。

「……タケル!?」 ジョーが目を見開く。

タケルも、警戒を解き、ジョーたちの顔を見てパッと笑顔になった。 「みんな……! 生きてたのか!」

「お前こそ、こんな廃墟で一人で何やってるんだ」ジョーがいつもの軽口で笑いかける。

すると、タケルはむっとした顔になり、ジョーたちを睨みつけた。 「……みんなこそ、今まで何やってたんだよ! あの後、散り散りになった皆で集まる場所といったら、ここ(約束の地)しかないじゃないか! 俺はずっとここで待ってたんだぞ! みんな死んだと思ったよ!」

「あ……」 言われてみれば、タケルの言う通りである。世界が崩壊し、連絡手段が絶たれた状況で、生き残った仲間が再会を目指すとしたら、始まりの場所であるこの寺院しかない。

それを、ジョーは10年間も妖艶な地で飲んだくれ、カグヤは山に引きこもり、メーテルは砂漠で女王ごっこをしていたのだ。 他のメンバーは、バツが悪そうに目を逸らし、ヘラヘラと笑って誤魔化すしかなかった。

「ま、まぁ、色々あったんだよ、大人の事情ってやつがな」 ジョーが強引に話を逸らす。 「……それにしても、なんでここはこんなに荒れ果ててるんだ? 天の主はどうした?」

タケルの表情が曇る。 「……俺も、ここまで来るのに2年かかったんだ。でも、着いた時には、すでに村はこんな風に風化して、誰もいなかった」 タケルは悔しそうに拳を握る。 「この8年間、ずっと一人でこの辺りを調べていた。でも、天の主の行方も、世界を元に戻す方法も……何も見つからなかった」

タケルの言葉に、全員の顔に落胆の色が広がる。 最後の希望だった約束の地すら、失われていたのか。

深い絶望の沈黙が場を支配した、その瞬間だった。

廃墟と化した神殿の中心部、かつて天の主が鎮座していた祭壇の奥底から。 突然、心臓の鼓動のような重低音と共に、不気味な「赤い光」が放たれた。


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