タケルと、己を取り戻したリチャード。二人の気高き騎士の悲壮な献身により、敵の主力は完全に足止めされた。 その隙を突き、残された6人の戦士たちはほぼ無傷のまま、セントラルの中心地――天を衝く巨大な魔樹(地の主・テラ)の足元へと辿り着くことができた。
見上げれば、首が痛くなるほどの巨木。その幹には、悍ましくも巨大な「テラの顔」が浮かび上がっていた。
「さあ、無事に連れてきたわよ! で、どうするのハトぽっぽ!」 アンナが、上空を舞う天の主(ソラ)に向かって叫んだ。
ソラは、静かに全員の脳内へテレパシーを送る。 『私は、あいつを完全に止めるための“準備”をしてきました。……テラのコアである、あの巨大な顔の「両目の間(眉間)」まで、私を行かせてください。そこまで、私を守り抜いてください』
言うが早いか、ソラは白い羽を広げ、真っ直ぐにテラの顔へと向かって飛んでいく。 それに呼応するように、魔樹全体が震え、無数の巨大な木の触手がソラを叩き落とそうと蠢き始めた。
「行かせるかッ! 私が意識を逸らします!」 カグヤが前に進み出た。彼女は両手を合わせ、今までにないほど複雑で、力強い印を結び始める。 「裏八卦・最終奥義――『太極(たいきょく)』ッ!!」
カグヤの足元から、天を貫くほどの巨大な光の柱が立ち昇った。 その圧倒的な光の中は、全ての魔を祓う絶対領域。テラから放たれた無数の触手は、光に触れた端からボロボロと崩れ落ち、払いのけられていく。 しかし、その代償はあまりにも大きかった。極限の力を行使するカグヤの目、鼻、耳、そして全身の毛穴から、限界を超えた赤い血が噴き出していた。
「カグヤ! ……クソッ、ルートはアタシが出す!」 アンナは手持ちの軍用タブレットを叩き壊す勢いで操作し始めた。 テラの迎撃パターン、カグヤの光が作り出す隙、風向き。リアルタイムでの超高度な計算処理を実行し、ソラが通るべき「絶対の安全ルート」を導き出す。
「見えたッ! そこだ!!」 アンナが叫んだ瞬間、処理能力の限界を超えたタブレットから火花が散り、手持ちの電子機器が全て完全にハングアップして黒焦げになった。
「上等だ! 道は俺が作ってやる!!」 アンナが示した空中のルートへ向けて、ジョーが飛び出した。 「おおおおおッ!!」 ジョーの全身が、全てを焼き尽くす「炎」に包まれる。彼は自らを巨大な火の玉と化し、義手も、肉体も、命も燃やし尽くしながら、空中の障害物を次々と消し炭に変えて突進した。
テラの防衛網に風穴を開け、道を見事に切り拓いたジョーは、そのまま力を使い果たし、全身黒焦げの姿となって地面へ墜落した。
ジョーが命を燃やして拓いた焦げた道を、ソラが矢のように飛んでいく。 しかし、テラの抵抗は終わらない。カグヤの光の死角から、無数の「小さな触手」がソラを串刺しにしようと殺到した。
「させません……ッ! 『縁』よ!!」 メーテルが両手を突き出し、植物コントロールの力を極限まで引き出した。 地の主の操る触手に、彼女の気が絡みつき、必死にその動きを鈍らせる。しかし、腐っても相手は創造主の半身。そのコントロールの力は並ではなく、メーテルの力と激しく衝突する。 「あぁぁぁぁッ!!」 メーテルの悲鳴と共に、彼女の全身から、天の民とは異なる「青い血」が激しく流れ出した。
それでも、全ての触手を完全に止め切ることはできなかった。 数本の鋭利な触手がメーテルの制御をすり抜け、ソラの小さな体へと迫る。
「飛空艇の分のお返しだァッ!!」 「私とジョーの愛の力です!!」
ソラの盾となるべく、二人の女性が空中に身を躍らせた。 巨漢のヴィクトリアと、全身を完全な鋼鉄と化したフィオだ。
無敵の筋肉を誇るヴィクトリアの腹を、そして、いかなる攻撃も通さなかったフィオの鋼の体を、テラの触手が無慈悲に貫いた。 二人は血を吐きながらも、決してソラを逃がすまいと、その触手を素手でガッチリと掴んで離さなかった。
「……ッ!!」 全員の命を懸けた献身によって、ソラはついに、テラの顔の眉間(鼻の上のコア)へと到達した。
ソラの小さな体から、太陽のような眩い光が放たれる。 『終わりです、テラ』
世界を白く塗り潰すほどの、大爆発が起きた。 テラの巨大な魔樹の体は、激しい光と共に根元から吹き飛ばされ、断末魔の叫びを上げる間もなく、完全に消滅したのだった。
……数十分後。
土煙が晴れたセントラルの荒野には、瀕死の戦士たちが倒れていた。 黒焦げのジョー、血まみれのカグヤとメーテル、腹を貫かれたヴィクトリアとフィオ、そして力を使い果たしたアンナ。 全員、虫の息ではあったが……生き延びていた。
彼らは、痛む体を引きずって仰向けになり、テラが消え去ったことで10年ぶりに姿を現した、雲一つのない「青い空」を見上げた。
「……終わったな……」ジョーが掠れた声でこぼす。 「ええ……私たちの、勝ちですわ……」カグヤが微笑む。
自然と、誰からともなく笑い声が漏れ始めた。 過酷な10年だった。多くを失った。しかし、ついにやり遂げたのだ。世界に、やっと平和が来たのだ。全員が、心からの安堵の笑い声を上げた。
――しかし。
全員の笑い声が静かに止んだ後。 誰もいないはずの空から、再び「笑い声」が上がった。
『ウフフ……アハハハハハハッ!!』
それは、可愛らしい少女のような、しかしどこまでも冷酷な、ソラの笑い声だった。
『あぁ、長かった。……やっと、やっと邪魔なテラがいなくなりました! 皆さん、本当にご苦労様でした!』
ソラが、上空からゆっくりと舞い降りてくる。 全員が、嫌な予感に背筋を凍らせた。
『テラが、地上の“虫たち”をリセットすることに反対さえしなければ、こんな面倒な回りくどいことにはならなかったのに。彼も、愚かな弟でした』 白いハトは、瀕死の戦士たちを見下ろした。 『そして、残りの虫けらの皆さんも、ご苦労様でした。私のために実によく働いてくれました。……約束通り、ちゃんと苦しまないように、あなたたち全ての虫けらを浄化(デリート)させていただきますね』
「な……にを、言ってやがる……ッ!」 ジョーが動かない体を必死に起こそうとするが、指一本動かせない。
『ふふっ』 ソラの小さな白い体が、グチャリ、と醜く変質し始めた。 それは、瞬く間に数十メートルの巨大な怪物へと姿を変えた。
背中には禍々しい「虹色の翼」。 胴体は筋骨隆々の「黒いゴリラ」。 手足は鱗に覆われた「竜(ドラゴン)」。 尻尾はうごめく「巨大なムカデ」。 そして、その頭部についているのは……かつてホログラムで見た、ソラの「美しい人間の少女の顔」であった。
冒涜的なまでのキメラ(合成獣)の姿。それが、天の主の真の姿だった。
『失敗作(バグ)は全て削除し……もう一度、美しい新しい世界を作り直しましょう』
少女の顔が微笑んだ瞬間、ソラの虹色の翼から無数の光線が放たれ、周囲の廃墟となった建物が次々と大爆発を起こして蒸発していった。
圧倒的な絶望。 テラを倒すために全てを出し尽くし、全員が瀕死の状態だ。もはや、この化け物を止められる者など、この世界には誰もいない。 世界は終わる。そう誰もが目を閉じた、その時だった。
「――この世界の風は、止めさせない」
砂塵を吹き飛ばし、力強い足取りで。 絶望的な巨体を誇るソラの前に、一人の男が立ちはだかった。
泥だらけで、傷だらけで、しかしその瞳には、かつての王国最強の騎士から受け継いだ、決して消えない不屈の炎が宿っていた。
「風は……いつも、そこにある!!」
愛用の剣を構え、タケルが、真の邪神へと牙を剥いた。

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