特捜:法の死角 第四話

2020年――ひとつの法律が産声を上げた。『準詐欺罪消費者保護法』である。 密室での巧妙な誘導、意図的に隠蔽された不利な条件、そして科学的根拠を装った悪意。法人の巨大な壁の前に泣き寝入りするしかなかった消費者を救済するため、消費者庁内に新設されたのが「特殊捜査室」だ。 そこには、各分野の絶対的な専門知識と、決して譲れない「執念」を抱えたスペシャリストたちが集っている。

今回のターゲットは、誰もが名を知る大手食品会社「グランドライフ・ホールディングス」。彼らが近年、異常なほどの利益を上げている主力商品が『エタニティ・セル』という会員限定の高級サプリメントだった。 テレビをつければ、朝から晩まで彼らのCMが流れている。 「細胞から若返る」「これ一つで完全な健康を」「健康寿命が劇的に延びる」――有名俳優を起用し、あたかも不老不死の霊薬であるかのように謳うその宣伝は、健康不安を抱える高齢者層を中心に爆発的なヒットを記録していた。

特殊捜査室のデスクで、捜査員の桐谷(きりや)は、そのCMの音声をモニター越しに聞きながら、ギリッと奥歯を噛み締めた。

「……反吐が出るな」

桐谷には、似非(えせ)科学の健康食品に対する、殺意にも似た深い恨みがあった。 彼女の幼少期は、親の謎の「健康志向」によって支配されていた。食卓にまともな肉や魚が並ぶことはなく、出されるのは泥のような色の特製スムージーと、高額なだけの出処不明なサプリメントの山。育ち盛りの身体は常に栄養失調気味で、貧しく、味気ない食生活を強いられた。 母親は「これがあなたを健康にするのよ」と狂信的な目をしていたが、結局、怪しげなサプリに家計を食いつぶされ、体を壊してこの世を去った。

「先輩、消費者センターから上がってきた苦情リストです。グランドライフの件、かなり深刻なものが混ざっていますよ」 後輩からの報告を受け、桐谷は一つの相談内容に目を留めた。

『母がエタニティ・セルというサプリメントにのめり込み、普通の食事を一切摂らなくなりました。CMの「これ一つで完全な健康を」という言葉を信じ切っており、最近はひどく痩せ細り、病院で肝機能障害の疑いがあると診断されたのに、サプリをやめようとしません』

あの頃の自分と、狂信的だった母親の姿がフラッシュバックする。 桐谷は静かに立ち上がった。 「さて、片付けるか」

桐谷は身分を偽り、ダミーの経歴で『エタニティ・セル』の「会員限定」の購入ルートに潜り込んだ。このサプリは、一般の薬局では買えない。会員制という閉鎖的なコミュニティを作ることで、洗脳的なセミナーへ誘導し、消費者の囲い込みを行うためだ。 おとり捜査で現物を手に入れた桐谷は、成分分析にかけ、同時にA型装備を身につけてグランドライフの研究開発工場へと向かった。

郊外にある巨大な工場。受付を強行突破した桐谷は、慌てふためく工場長と研究員たちの前に警察手帳ならぬ、特殊捜査室の身分証を突きつけた。

「消費者庁特殊捜査室です。『準詐欺罪消費者保護法』に基づく強制捜査を実施します。研究所のサーバー、および成分データの原本をすべて押収します」

令状なしの強制捜査。圧倒的な権限を前に、誰も動くことができない。 桐谷は真っ直ぐにデータルームへ向かい、彼らがひた隠しにしていた『エタニティ・セル』の臨床データと成分抽出の根拠をモニターに映し出した。

「やっぱりね。若返り? 寿命が延びる? ……笑わせないで」

桐谷は冷酷な声で、青ざめる研究員たちを糾弾した。 研究所のデータが示していたのは、あまりにもお粗末な真実だった。特殊な成分など一切入っていない。原価数十円の安いビタミンCと、ただのデキストリン(糖分)、それに着色料を混ぜて固めただけ。 事実無根どころか、長期間これだけを摂取し続ければ、確実に栄養失調を引き起こす「ただのゴミ」だった。

その足で、桐谷はグランドライフ・ホールディングスの本社に乗り込んだ。 応接室で待ち構えていた取締役たちは、大企業の驕りからか、薄ら笑いを浮かべていた。

「消費者庁さんが何の用ですか? 我々の商品はあくまで『健康補助食品』。法的な表記ルールはすべてクリアしていますよ。消費者が勝手に『これだけで生きられる』と勘違いしたのなら、それは自己責任でしょう」

詭弁を弄する取締役に、桐谷は一切の感情を交えず、ただ冷たく言い放った。

「『準詐欺罪消費者保護法』は、その巧妙に隠された『悪意の誘導』そのものを裁くための法律です。CMのサブリミナル効果、会員制セミナーでの洗脳的な誇大表現。すべて証拠は揃っています」

桐谷はタブレットを操作し、彼らに下される「独自結論」を宣告した。

「グランドライフ・ホールディングスに対し、サプリメント事業の半年間の完全営業停止を命じます。さらに、大手流通ネットワークへの行政指導を行い、御社の全商品の取り扱いを禁止させる」 「なっ……! 我々は上場企業だぞ! スーパーやコンビニから全商品が消えれば、どれだけの損害に――」 「ええ、莫大な損害でしょうね。ですが、それだけではありません」

桐谷はさらに言葉を叩きつける。 「既存の『エタニティ・セル』購入者全会員に対し、サプリメントの購入代金全額の返金、および健康被害に対する賠償金の支払いを命じます。御社の内部留保と、役員報酬をすべて吐き出しても足りないかもしれませんが、キッチリ払っていただきますよ」

健康への不安を煽り、嘘で塗り固められたカプセルで荒稼ぎした大企業は、たった一人の捜査員の執念と、絶対的な法律の前に完全に崩れ去った。

数日後。 特殊捜査室のデスクで、桐谷はコンビニで買ってきた幕の内弁当を広げていた。焼き鮭、卵焼き、ほうれん草のお浸し。何の変哲もない、普通の食事だ。

「……いただきます」

似非科学が壊した食卓の温もりは、もう戻らない。しかし、これ以上、自分と同じような絶望を味わう子供を生み出させはしない。 桐谷はしっかりと焼き鮭を噛み締めながら、次なるターゲットの報告書へと静かに目を向けた。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ:

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です