特捜:法の死角 第六話

2020年――ひとつの法律が産声を上げた。『準詐欺罪消費者保護法』。 令状なしの強制捜査、即時の口座凍結、そして独自の法的結論を下せる「特殊捜査室」。

しかし、法人の壁を破壊するほどの強大な権力は、両刃の剣でもある。その圧倒的な力を私物化し、悪用しようとする輩が現れることは、ある意味で歴史の必然であった。

捜査員の郷田(ごうだ)は、まさにその誘惑に溺れた男だ。 彼は特殊捜査室の権力を背景に、複数のメーカーから巧妙に賄賂を要求していた。ターゲットにした企業に対し、些細な広告の表現やデータファイルの不備を突いて「準詐欺罪に該当する可能性がある」と脅しをかける。そして、調査を「見逃す」見返りとして、コンサルタント料などの名目で巨額の金銭を吸い上げていたのだ。

郷田は己の力を誇示し、企業を恐怖で支配するために、時には見せしめとして、賄賂の要求を渋った企業へ強引な強制捜査に踏み切り、社会的に抹殺することもあった。 自分は法律そのものだ。誰も自分を裁けない。彼はそう錯覚していた。

だが、特殊捜査室の創設者である堂島元首相たちは、人間の「業」の深さを誰よりも理解していた。だからこそ、この強大な機関には冷酷なまでの「自浄作用」――徹底した『相互チェックシステム』が組み込まれていたのである。

郷田の悪事は、水面下で確実に捕捉されていた。 真壁をはじめとする監査担当の捜査員たちは、郷田の不自然な資産の動き、押収資料と報告書の僅かな矛盾、そしてA型装備の録画ログの空白をミリ単位で解析し、完璧な裏付けを取っていた。

ある夜、郷田が新たなターゲットから賄賂を受け取ろうとした高級ホテルの密室。 そこに踏み込んだのは、他でもない真壁たちだった。

「消費者庁特殊捜査室だ。郷田、お前のゲームは終わりだ」

手錠をかけられながらも、郷田は余裕ぶって笑っていた。「俺を誰だと思ってる? どうせ懲戒免職か、よくて実刑数年で裏取引して隠蔽するんだろ。身内の恥を晒せるわけがない」

しかし、真壁の目は絶対零度のように冷たかった。 「勘違いするな。俺たちは『特殊な権力』を持つ。だからこそ、それを裏切った者には『特殊な刑罰』が用意されているんだ」

――準詐欺罪消費者保護法、特例処罰規定。 それは、国民にも伏せられていた、特殊捜査室の捜査員のみに適用される極秘にして究極の罰則。絶対的な権力を持つ者が私腹を肥やし、国民の信頼を裏切った場合、そこに情状酌量の余地は一切ない。 適用される罪状は、近代法国家においてこの法律以外には存在しない『拷問の上での死刑』であった。

数週間後。 日本中のテレビ、スマートフォン、街頭ビジョンが、一斉に強制的に切り替わった。 画面に映し出されたのは、無機質なコンクリートの地下室。そして、重厚な拘束具に繋がれ、恐怖に顔を歪ませる郷田の姿だった。

『国民の皆様。これは、正義を騙り、権力を悪用した裏切り者への執行の記録です』

冷徹な電子音声のアナウンスと共に、刑の執行が始まった。 倫理も人権も剥奪された空間で、郷田の体に、彼が企業に与えた以上の「物理的な絶望」が刻み込まれていく。凄惨な悲鳴が、電波に乗って全国のスピーカーから響き渡った。

「やめてくれ! 悪かった、金は全部返す! 助けてくれえぇっ!!」

見苦しく命乞いをし、涙と鼻水にまみれて絶叫する元捜査員。かつて傲慢に権力を振るっていた男の見る影はなかった。 それは、血も凍るような『見せしめ』だった。強大な権力には、それに釣り合うだけの凄絶な責任と、破滅のリスクが伴う。全国民が息を呑んで画面を見つめる中、郷田が絶望と後悔の叫びと共に息絶えるまでの全行程が、一切のモザイクなしで生中継された。

画面が暗転したのち、日本列島は不気味なほどの静寂に包まれた。 正義の剣は、狂えば自らの首を落とす。この日を境に、特殊捜査室の権力を悪用しようと考える者は、文字通りこの世から完全に消滅したのだった。


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