俺の頭に大量の「?」が浮かび上がる。 (……彼女は誰だ? なぜ俺を助ける?)
俺が状況を飲み込むより早く、ロックマンが反応した。
「チッ……! パートナーが隠れてやがったか! 一人で突っ立ってて上手くいきすぎてると思ったんだよ! 楓華(ふーか)、攪乱させる! フォローしろ! 『流星』!」
ロックマンが叫ぶと、結界の中から拳サイズの石が複数、凄まじい速度で飛んでくる。 そして、彼のパートナーである黒髪の女性――楓華が声を張り上げた。
「『風神』!」
その言葉と共に乱気流が発生し、真っ直ぐ飛んでくるはずだった無数の石が、デタラメな軌道を描いて四方八方から降り注いできた。
「くそっ!」
俺が焦って身構えた瞬間、目の前の謎の女性が、扇子で口元を隠したまま冷静に呟いた。
「無駄よ」
彼女が扇子をパッと広げると、俺たちの四方を囲むように、地面から瞬時に分厚い鉄の壁が生え上がった。乱気流に乗った石礫が鉄壁に弾き飛ばされていく。完璧な絶対防御だ。
「そろそろリロード完了したでしょ。これを使ってくださいませ」
女性が扇子を振ると、俺の両手にずっしりとした重みが加わった。 見れば、俺の手には鉄の長い棍(こん)と、頑丈な盾が握らされていた。
(これがあれば……石の軌道を気にせず、物理的に結界を叩き割れる!)
再び、世界が静止する。 俺は盾で空中に固定された石礫を強引に払い除けながら、ロックマンの砂の結界へと肉薄した。結界ごと鉄の棍でフルスイングし、中にいるロックマンと楓華のボディに重い一撃を叩き込む。
そして、俺は安全圏までバックステップし、能力を解除した。
時が動き出した瞬間、強烈な物理的衝撃が二人を襲い、ロックマンと楓華は結界ごと吹き飛ばされ、コンクリートの壁に激突して意識を失った。
バトルフィールドが解除され、元の駅前へと帰還する。
「ふう……」
俺が安堵の息をついていると、謎の女性が優雅に一礼した。
「今日は顔合わせだけ。それじゃあ、また会いましょう」
「お、おい! 待てよ!」
俺の呼びかけを完全に無視して、彼女はくるりと背を向け、カツカツと足音を立てて立ち去ってしまった。 本当なら必死に追いかけて素性を聞き出さなければならないのだが……逃げる女性を必死に追いかけるのは、俺の『クールな装い』の美学に反する。俺は深追いするのをやめてしまった。
家路につく途中、家のすぐ近くで、息せき切って走ってくる葵と出くわした。
「あ! 響ちゃん! さっき、駅前で金髪の美人と話してたでしょ!」
葵はニヤニヤしながら、俺の顔を覗き込んできた。
「新しい彼女? 茜ちゃんと別れてからずっと一人だったから、私も安心したわ〜!」
「そ、そんなんじゃねぇよ!」
俺は慌てて悪態をつく。3年前の記憶がない葵は、俺と茜が「普通のカップルとして付き合い、そして別れた」と認識しているらしい。
葵は俺の否定を気にも留めず、ぶーたれた顔をした。
「じゃあ、なんなのよ。茜ちゃんと別れた理由も教えてくれないし」
「……そんなんじゃねぇって言ってんだろ」
本当に彼女が何者かも分からず途方に暮れている俺は、葵の無神経な言葉にドッと疲れを感じて落ち込んでしまった。 それを見た葵は、何かを「察した」ように、ポンと俺の肩を叩いた。
「ああ……また距離感も考えずに告白して、振られたんでしょ? まあ、すっごい美人の子だったからねぇ。気にしないで! そのうち良い娘が見つかるわよ!」
俺の「陰キャの勘違い」だと完全に決めつけられている。 その誤解に突っ込む気力すら湧かず、俺は「……ああ」と気のない返事をして、逃げるように家に帰った。
風呂に入り、布団に寝転ぶ。 枕元で我関せずといった態度で毛繕い(?)をしているピカリスに、俺は尋ねた。
「おい。お前、あのパートナーのこと、知ってるのか?」
急にピカリスが顔を上げ、ニヤニヤと笑った。
「え〜? 何、響、あの子のことが気になってたのピカ?」
茶化すような返答にイラッとした俺は、「どうでもいい」とふてくされて背を向けた。
体は疲れているのに、頭は冴えて寝付けない。 (どうせ明日は土曜日だ……) 俺は目を閉じたまま、思考の海に沈んだ。
あの女性は誰だろう。なぜピカリスは説明しないのだろう。 そして何より……双子やロックマンは、なぜ「前大会の記憶」を思い出したように俺に復讐を誓っていたのか? 敗者は記憶を失うはずではなかったのか。 なら、茜はどうしたのだろうか。もし茜の記憶が戻ったのなら、真っ先に俺に声をかけに来てくれてもいいのではないだろうか?
思考が何度も同じ場所を回り、やがて関係ない妄想へとズレていき、俺は気がついたら深い眠りに落ちていた。
翌朝。 「ピンポーン、ピンポーン」
けたたましいチャイムの音で目が覚めた。親は出かけているのか、家に誰もいる気配がない。 俺は寝ぼけ眼で玄関のドアを開けた。
「……おう」
そこに立っていたのは、昨日の金髪の女性だった。
「またお会いしましたわね。お話させていただける?」
動揺でなんと話していいか分からず、俺は不躾な返事のまま彼女を部屋に通した。 俺は自分のデスクチェアに座り、彼女をベッドに腰掛けさせる。
「あら。このお家は、お客様にお茶も出ないのかしら?」
彼女はベッドの上で優雅に脚を組み、マイペースに言い放った。 俺は(頭を整理するチャンスだ)と思い、「気が利かないで申し訳ないね」とキッチンへお茶を淹れに向かった。
ついでに、起きたばかりで寝癖もついていたため、洗面所で顔を洗い、念入りに歯を磨く。 (あの美人に、口臭いとか思われたら最悪だ……) クールを装っていても、やはり高2男子の悲しい習性で、こういうところは気にしてしまう。
お茶を淹れて部屋に戻ると、彼女は先ほどと変わらぬ姿勢で待っていた。 昨日と同じ金髪の縦ロール。だが、昨日と違って、今日は学生服を着ていた。 よく見ると、俺の通っている高校の制服だ。しかし、あちこちに過剰なフリルやレースが追加された、完全な魔改造制服だった。
つい、その派手な出で立ちをまじまじと見つめてしまう。
「あら、エッチ。何をまじまじと見てるの?」
彼女は扇子で口元を隠し、俺の心を全て見透かしたような流し目を送ってきた。
「そ、そんなことはねぇよ!」
俺は思わず目を逸らし、咳払いをしてクールを装う。
「ふふふ……聞いている通りね」
その言葉に、俺は思わず反応してしまった。
「聞いているだと……? 誰から聞いた? お前はいったい誰だ。なんで俺のパートナーになったんだ!」
慌てて身を乗り出し、詰め寄ってしまう。
「そんなにがっつかないでよ」
彼女はまた嘲笑うかのような態度を取り、扇子を弄びながら「何から話しましょうかね」としばらく考えた素振りを見せた。
「私はね、あなたのパートナーに『決められた』の。この戦い、優勝まで一緒に頑張りましょう?」
「誰に指示されたって聞いてるんだ!」
俺がいら立ちを露わにすると、彼女はじらすようにウィンクをした。
「ひ・み・つ♡」
「ふざけんな……!」
流石の俺も、これ以上クールには徹しきれず怒ろうとした時、ピカリスが空から舞い降りて間に割って入った。
「落ち着くピカ、響! この決定だけれどもね……響がいつまでもパートナーを決めないから、妖精国から推薦して、強いパートナーを選んでもらったんだよ。響が好きに決めてれば、こんなことにはならなかったピカ」
「なっ……」
「妖精国も、前大会優勝者の動向には注目が集まってるんだからね。シードが初戦敗退なんて、笑い話にもならないピカ」
ピカリスの正論に、返す言葉がない。俺の優柔不断が招いた結果だ。 俺は深いため息をつき、気を取り直した。
「……やれやれ。ともあれ、連携がなきゃ勝てないのは事実だ。あんたの能力を教えてくれないか。俺の能力(時)は知ってるんだろう?」
女性は「なるほど」といった顔で頷いた。
「そうね、私のことを知らないものね。私の能力は『鉄』を操る能力よ。既存の鉄を変形させたり、そこらへんの砂鉄を集めて新しい物質を作ることもできるわ。バトルフィールドに武器は持ち込みにくいから、あなたの能力の補助としては相性がいいと思うわよ?」
「なるほどな……」 昨日の棍と盾の出処に納得する。確かに、時を止めて物理攻撃を叩き込む俺にとって、状況に合わせた武器を一瞬で練成してくれる能力は、相性抜群だ。
「能力のことはわかった。だが、あんたの素性を教えてくれ。その制服……俺と同じ学校だと思うが、あんたぐらい目立つ人間を、学校で見たことがない」
女性はまた意味深に微笑み、スッと立ち上がった。
「女性は秘密がいっぱいあるの。でも……名前ぐらいは知らないと不便ね。**『ブルースター』**とでも呼んでちょうだい」
「おい、何の答えにもなってねぇぞ!」
俺が言い切る前に、ブルースターは優雅にスカートの裾をつまんで一礼した。
「ごきげんよう」
そして、俺の制止も聞かずに、颯爽と部屋を出ていってしまった。
「……」
嵐のような訪問者が去り、静まり返った部屋。 ピカリスが、いつもの呑気な様子で宙を舞う。
「まあ、彼女は信頼できる筋からの紹介だから、とりあえず安心して戦ってよピカ」
俺は、これ以上何を言っても無駄だと悟り、窓の外の青空を見上げながら静かに呟いた。
「……やれやれだぜ」

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