神鳴くんは「こんどこそ」クールを装う 第七話

異次元に存在する妖精国、その中心にそびえる豪華絢爛な宮殿。 荘厳な『女王の間』にて、ピカリスはいつものように、玉座の前で深くかしこまっていた。 しかし、今日はいつもの忠誠心あふれる報告とは、少し様子が違った。ピカリスのすぐ隣、その視界の端に、別の女性が一人、同じく恭しくひかえていたのだ。

それは、ブルースター。 金髪の縦ロールを揺らし、フリル付きの制服を着こなした、響の新しいパートナー。 そして、玉座に座る女王と、そして現実世界の星宮葵と、全く同じ『顔』をした女性。

玉座に深々と腰掛け、頬杖をつきながら、私が世界の中心(トップ)ですといった傲慢な雰囲気を漂わせる女王が、妖艶な笑みを浮かべて問いかけた。その口調は、葵に似て明るく、しかしその奥には底知れない冷酷さが隠されている。

「でー、ひびきちゃんの様子はどうなのかなー? 私の可愛いお気に入りの」

その明るい声での質問に対し、ピカリスは顔を伏せたまま、真面目な声で回答した。 「はっ。響は……女王のご思惑通り、完全にブルースターに惚れています」

その報告を聞いた瞬間、妖精王は満面の笑みを咲かせた。頬杖をついていた手を離し、愉悦に肩を揺らす。

「でしょー! あんな単純な男の子の思考なんて、手に取るようにわかるんだから。……で」

女王は愉悦を隠そうともせず、玉座から身を乗り出し、ブルースターへと視線を向けた。

「今は『ブルースター』って名乗ってるのよね、あなた。……どう? 響ちゃんは」

響からの「最高のパートナー」という言葉を聞き、俺の腕に飛び込んできた、あのブルースター。 彼女は、玉座の前でひといきついて、感情の欠片もない顔で答えた。

「私には……響のことも、そして『人の心』というものも……私にはわかりません。私にあるのは、命令を遂行するための機能と、それを阻害しないための感情のシミュレーションだけです」

「……」

ブルースターのあまりに無機質な回答を聞き、妖精王はあからさまなあきれ顔になった。頬杖を再びつき、つまらなそうにため息をつく。

「そうねー、あなたにはそうかしら。……まったく、人の心を持たない人形を相手にするなんて、面白くないわねー。せっかく面白い素材を揃えたのに」

妖精王は退屈そうにティーカップをソーサーに置いた。 その「退屈」という言葉は、妖精国においては「死」を意味する。その気配を、誰よりも敏感に察知したのはピカリスだった。彼は震える声で、即座にフォローを入れる。

「か、必ずや! この先も、女王が喜ぶような、血沸き肉躍るような戦いがあるかと!」

しかし、妖精王はその必死な反応を聞いても、つまらなそうに目を伏せた。

「だから、そうじゃなくてー。私が求めているのは、ただの暴力的な戦いじゃないの。もっとこう、心の奥底がえぐられるような、そういう展開よ」

女王の真意を理解したピカリスは、冷や汗を拭いながら、最良の答えを捻り出した。

「ブルースターと響は……。これから、より『深い関係』へと発展するかと。響の感情が極限まで高まった時、その心がどう壊れるのか……。それは、女王にとってこの上ない愉悦になるはずですピカ」

「……あはっ、そう!」 その反応を聞いて、妖精王は再び満面の笑みを咲かせた。玉座から立ち上がり、ブルースターへと近づく。

「そういう言い方、さめるのよねー、ピカリス。……でも、楽しみだわ。ブルースターちゃん? 私は、あなたの『演技』と……、そして響ちゃんの『心』に、期待してるわよ?」

感情のないブルースターの顔を覗き込み、妖精王は残酷な、しかし無邪気な葵の顔で笑った。 ブルースターは、感情のない顔のまま、静かに応じた。

「……っは」


場所は変わり、いつもの響の部屋。陰キャの俺にとっての聖域。

俺の頭の中は、前回のビル街での死闘、その直前の、ブルースターとのあの抱擁でいっぱいだった。

(……俺は、最高のパートナーだって、伝えた。そしたらあいつは……俺に、抱きついてきたんだ)

ブルースターを助けたことの罪悪感や、ブルースター自身の安否、そしてケイのことは……俺の脳内をよぎった瞬間、あの抱擁の記憶がそれを完全に塗り潰した。 俺の傲慢さかもしれないが、今の俺には、あいつを守り抜いたことの誇りと、あいつからの抱擁への歓喜しか残っていなかった。

あの柔らかさ、あの香り。 そして、その前の二週間に受けた、あの様々なコスチューム。制服から、ワンピース、ゴスロリ、猫耳……。そして、日によって違う聲音での、あの「私のこと、どう思ってるの」という質問。

それら全てが、あいつの俺への「関心」の裏返しだったのだ。 俺の「最高のパートナー」という告白に、あいつが「うれしい」と飛び込んできた、あの抱擁。 それが、何よりの証拠だ。

(……俺の、勝ちだ。傲慢かもしれないが、俺はあいつの心を手に入れた。なら、俺はクールに、あいつを受け止めるだけだ)

俺はベッドに横たわり、窓の外の青空を見上げながら、一人悦に入っていた。

しかし、その高揚感は、時間の経過と共に、じわじわと焦燥へと変わっていった。 最後の戦いから、二週間。

ブルースターも、空気を読まないピカリスも、俺の前に一切現れなかった。 (……なんでだ? 俺の気持ちは伝わったはず。あいつも、喜んでたはず。……なのに、なんで)

茜との戦いのダメージが大きかったのか? それとも、ピカリスが「茜」の処分で忙しいのか? (茜は本当に死んでしまったのか……。……いや、今はそれを考えるな)

俺はベッドに突っ伏し、枕に顔を埋める。 俺の妄想は、クールを装う俺の虚栄心を完全に打ち砕くほどに、ピンク色に染まっていた。 (……来いよ、ブルースター。……俺は、お前を、……待ってるんだよ)

ベッドに突っ伏し、枕に顔を埋める。 俺は二週間、一人で、ただひたすらに悶々とした日々を送っていた。

そして、さらに数日が経った、ある雨の日の午後。 俺がベッドで妄想の海に沈んでいると、部屋のドアが静かに開いた。

「ッ!」

俺は弾かれたように跳ね起き、ドアの方を見た。 そこに立っていたのは、いつものフリル付き制服を着た、金髪縦ロールの令嬢――ブルースターだった。

「……おう」

俺は慌てて髪を整え、咳払いをして、クールな表情を取り繕った。二週間の悶々とした日々を、微塵も感じさせないように。

ブルースターは、感情のない顔で部屋に入ってきた。 そして、いつものように、黙って、俺のベッドの横に腰を掛けた。 あの時のように。

(……来、た。……でも、何か、様子が……)

ベッドに座ったブルースターに、俺は何を話していいのか、二週間の妄想が邪魔をして、思考が完全にショートした。 俺が悩んでいると、ブルースターが静かに口を開いた。

「ねえ。……前回の戦いの前、私のこと……『最高のパートナー』って言ってくれて、うれしかった」

「……別に。……事実を言ったまでだ」

俺は窓の外に視線を逸らし、気のないふりをしてクールを気取る。だが、内心では(あいつ、やっぱり嬉しかったんだ!)と歓喜に打ち震えていた。

「そう。……響は、やさしいのね」

「……?」 ブルースターの声音は、感情のないシミュレーションのそれではなく、どこか弱々しく、しかし芯のある響きを持っていた。

「今日は……、私が何者なのかを、話しに来たの」

「お前の……正体?」

俺は眉をひそめ、彼女を見つめた。 ブルースターは、俯き、自らの正体を語り始めた。

「私は……妖精王に作られた、『作り物の生命体』(ホムンクルス)なの」

「な……ッ!?」

俺は呆然と立ち上がった。作り物? 人形? ブルースターは、感情のない声で続けた。

「この『妖精バトル』は……、ただ妖精王を楽しませるだけの、出し物に過ぎないの。……その中で、前回優勝した響は、妖精王にとってお気に入りの素材となったわ。……その響が、第二回大会で、パートナーも見つけられずにいる姿を……、妖精王は、ヤキモキしていたの」

「ヤキモキ……?」

「『シードが初戦敗退なんて、笑い話にもならないピカ』……。ピカリスも、そう言っていたでしょ? ……だから、妖精王は、このゲームを盛り上げるために、響に『最高に相性のいいパートナー』と、そして『最高に響の心を動かす素材』を与えたの。……それが、私。……私は、ただこのゲームを盛り上げるためだけの、妖精王のコマ。……全ては命令。……私が響のことを好きだという感情なんて、存在しない。……全ては、演技」

「演技……?」

俺は膝から崩れ落ち、ベッドに手をついた。 (……嘘だ。……あいつ、あの抱擁の時、『うれしい』って……、あんなに嬉しそうに……)

ブルースターは、感情のない声で続けた。 「このことは……、本当は私は話せないはずだった。……妖精王の命令に背くような告白は、私の機能に強力な『プロテクト』がかかっていて、……私には、口にすることさえできなかった」

「プロテクト……?」

「しかし……」 ブルースターは、俯いていた顔を上げ、俺を見つめた。その瞳には、感情の欠片もない人形のものではなく、一人の少女としての強い意志が宿っていた。

「こないだの戦いで、……響に時を戻してもらったことで……。……私への『プロテクト』が、解けたみたい」

「……え?」 前回の茜との戦い。俺は、あいつを救うために「タイム・リヴァーサル」という、全身の筋肉を断裂させるような禁忌の技を使った。 あいつの命は、俺が繋いだ。あいつの時間(命)を巻き戻すことで、あいつの中に組み込まれていた、妖精王の呪縛(プロテクト)さえも、巻き戻して、消し去ってしまったというのか。

「それから……、私の中で、『気持ち』が変わったの」

「気持ち……?」

「私は……、ただ妖精王に踊らされるだけのコマではなく……。……私も……、自由がままに、生きたい。……人の心を知りたい。……本物の感情を、感じてみたい。……私は、……人間になりたい

「人間になりたい……?」

俺は呆然と立ち上がった。作り物が、人間になりたい? ブルースターは、俯き、生まれて初めて感じた『希望』という名の感情に、身を震わせていた。

(……あいつ、プロテクトが解けて、……人間になりたいっていう『気持ち』が生まれたって……。……ってことは、……あの茜との抱擁の時の『うれしい』って感情も、……俺への感情も、……演技じゃなくて、……本物になったってことか……?)

俺の頭の中で、絶望から、勘違いが、より強固な、より都合のいい形へと切り替わった。 (……あいつ、プロテクトが解けて、……人間になりたいっていう気持ちが生まれた。……だから、あいつ、俺の家のベッドに来て、……俺に告白したんだ)

俺は、ブルースターを、感情のない人形ではなく、俺への愛に気付いた一人の少女として、真っ直ぐに見つめた。のビル街で、俺が前髪をかき上げて見せた、あの「痩せ我慢」の表情。だが、その奥には、確固たる意志が宿っていた。

「……おう。……優勝すれば、ブルースターの願いも叶うだろ」

俺は、クールを装い、気のないふりをして、傲慢に言い放った。だが内心では(あいつ、やっぱり嬉しかったんだ!)と歓喜に打ち震えていた。

「……?」 ブルースターは、俺の肯定をきき、生まれて初めて希望を宿した瞳を、俺に向けた。

「響……?」

「俺は……クールに、この戦いを勝ち抜く。……そして、俺は優勝する」

俺は、ブルースターの、生まれて初めて希望を宿した瞳を見つめ、クールを装う俺の傲慢さの全てを込めて言った。

「俺の願い事は……お前を『本物の人間』にする」

「え……?」 感情のないブルースターの顔に、初めて、微かな感情の揺らぎが生まれた。それは、生まれて初めて感じた『希望』という名の感情だった。

俺は、ブルースターの、生まれて初めて希望を宿した瞳を見つめ、クールを装う俺の傲慢さの全てを込めて言った。

「俺に……任せろ。……俺が、何とかする。……お前を、俺の『最高のパートナー』に、本物にする」

それ以上は、語らなかった。 俺のハッピーエンド妄想は、絶望を経て、より深く、より傲慢な愛へと、進化を果たしていたのだ。

ブルースターは、感情のない人形としての機能を超えて、響の強い意志に、生まれて初めて『希望』を見出した。 彼女は、ただすがるほかなかった。この傲慢な、しかし俺への愛に満ちた、孤独な王者に。


翌日から、二人の最後の戦いに向けた特訓が始まった。

場所は、ビル街のような廃墟ではない。 響が昔使っていた、使われなくなった廃倉庫。ピカリスが、特訓のためにバトルフィールドを生成してくれた。

响は、全身の筋肉を断裂させるような時戻しの代償を減らすために、魔力の運用と、時間の巻き戻しの精度を上げる特訓に集中した。 そして、ブルースターもまた、鉄を操る能力を、響の時間停止とより高度に連携させるための特訓を行った。

二人の特訓の内容は、直接的には記載しない。 しかし、その特訓は、これまでの物語の総括であり、最後の戦いへのタメとなる。 響の「時間停止」の精度。ブルースターの「鉄生成」の多様性。そして二人の「連携」。 全てが、最後の戦いへのタメとして、短くまとめる。

(……俺は……、あいつの『好き』を信じて、……命をかけて、あいつを救ったんだ。……全ては、妖精王の遊戯……。……俺への感情が演技だったなら、俺は俺への感情を『本物』にするために、お前を人間にする)

響のハッピーエンド妄想は、絶望を経て、より深く、より傲慢な愛へと、進化を果たしていた。 二人は、ピカリスの無神経な茶化しも無視して、ただひたすらに、特訓を続けた。 最後の戦い。優勝。そして、ブルースター救済。 響の、二度目の、そして最後の戦いが、幕を開ける。


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