「ごめんなさい、響……。私が油断したばかりに、あなたに負担を……」
最強の敵ペアを退けた後、俺の『時戻し』によって傷を癒やされたブルースターは、申し訳なさそうに俯いていた。その声には、自身の不甲斐なさと、俺を危険な目に遭わせたことへの深い後悔が滲んでいる。
だが、その謝罪を聞いている俺の内心は、そんな湿っぽいものではなかった。 (……謝るなよブルースター! 俺が、お前を、守ったんだ! 頼られた! 必要とされた! あの時、俺を抱きしめたお前の温かさは、絶対に演技なんかじゃない! ……ヒョオオオオ! テンション爆上がりだぜ!)
心の中ではガッツポーズを連発し、奇声を発したいほどの喜びだった。しかし、俺は神鳴響。常にクールでニヒルな男を装わなければならない。
「フン……気にするな。お前は俺のパートナーだ。守るのは当然だろう。……それより、これからが本番だ。足を止めるな、進むぞ」
俺はわざとらしく前髪をかき上げ、冷徹な声音で言った。内心のデレデレを必死に隠しながら。
実際のところ、状況は最悪に近かった。 『時戻し』という禁忌の力を使った代償は、俺の肉体を刻一刻と蝕んでいる。全身の筋肉が軋み、魔力は枯渇寸前。精神力だけで立っている状態だ。チームとしては、文字通りの満身創痍。 それでも、立ち止まることは許されない。このファンシーな遊園地――妖精国の中を進むしかないのだ。幸い、この国の地理を知り尽くしているブルースターの案内により、進捗自体は悪くなかった。
そんな中、どこからともなく、また運営からのあのアナウンスが流れた。
「参加者の皆さん、既に激しいバトルが始まっている頃でしょうか? どのチームも、次のバトルに不安を抱えていることでしょう。……その中で、我々は『副賞』を用意しました! 最初にここ、妖精城にたどり着いたチームは、……その能力を、全回復させていただきます!」
「……全回復!?」 「……えっ!?」
その言葉を聞いた瞬間、俺とブルースターの目の色が変わった。 地の利を持っている俺たちは、他のどのチームよりも有利なはずだ。能力全回復。それは、俺のボロボロの肉体を治し、魔力を満タンにするという、この上ない救済。
「……響! 行きますわよ!」 「ああ! 急ぐぞ!」
二人の足取りは、一瞬で弾むようになった。 「能力全回復なんて、願ってもないチャンスですわね! これで響のお体も……」 「フン、俺の心配より、自分の心配をしろ。……だがまあ、悪くない話だ。……これで、他の奴らを一掃できる」
俺たちは、無駄口を叩き合いながら、妖精城へと急いだ。ブルースターの案内のおかげで、迷うことなく、最短ルートで城へと近づいていく。
そして、ついに妖精城の巨大な城門の近くまでたどり着いた。 ファンシーな遊園地のアトラクションの延長のような、しかしどこか荘厳な城門。さっと入って、全回復の恩恵を受けたいところだが、俺たちはバカではない。
もし、遠距離攻撃型や、姿を隠す能力を持った隠匿型のコンビが、既に近くまで来ていたら……。彼らはあえて城に入らず、入ろうとするチームを門前で狙撃しようとするかもしれない。
「……響、あそこに何か……いえ、気のせいでしょうか?」 ブルースターが、城門の脇の生垣を指差した。俺が凝視しても、何も見えない。……だが、嫌な予感がする。
「待て。……俺も、違和感を感じる。……誰かが潜んでいる可能性があるぞ」 「……」
ブルースターは、しばし考え込んだ。 今、能力が使えるのはブルースターのみだ。俺は魔力枯渇で、時を止めることも戻すこともできない。彼女が自分自身で、この状況を打破しなければならない。
彼女は、意気揚々と語り始めた。 「響、私に策がございますわ! 先ほどのミスを、これで挽回させていただきますわ!」
ブルースターの策は、こうだ。彼女の『鉄を操る』能力で、俺たちに似せた『鉄の人形』を作り、それを囮にして門へと走らせる。もし待ち伏せがいるなら、必ずその人形を攻撃するはずだ。その隙に、本物の俺たちが城内に駆け込むという、至って単純だが、今の状況では最良の策。
「……よし、お前に任せる。やってみろ」 「はい!」
ブルースターは扇子を振り、魔力を集中させた。 彼女の目の前の地面から、砂鉄が集まり、あっという間に俺とブルースターにそっくりな鉄の人形が二体、錬成された。
「行け!」
彼女の命令と共に、二体の鉄人形は、城門へと走り出した。 その瞬間だ。生垣や、城壁の影から、何かよく分からないが、透明な、しかし強力な衝撃波のような攻撃が、鉄人形に向かって飛んだ。 鉄人形は、攻撃を受けて、ガラガラと崩れ落ちた。
「……今ですわ! 響!」 「ああ!」
俺たちは、鉄人形が囮になっているその隙に、全力で走り出した。呪縛の魔力から解放された俺の身体は、以前の、茜戦の時のような、俊敏な動きを取り戻していた。……痩せ我慢だが。
生垣や城壁の影からの、見えない攻撃を掻い潜り、俺たちは無事、城門へとたどり着いた。 そこには、ファンシーな遊園地のスタッフのような、呑気な顔をした門番の妖精が、俺たちを出迎えてくれた。
「おやおや、お二人が一番乗りですよ! おめでとうございます! さあさあ、どうぞ中へ!」
呑気な口調で、門番は俺たちを城内へと招き入れた。
「……一番乗り。……フフ、そうでしょうとも」 ブルースターは、囮作戦が成功したことに、誇らしげな微笑みを浮かべた。
ともあれ、城内に入り込むことができた二人。城の中は、外見のファンシーさとは裏腹に、荘厳で、石造りの冷たい空間だった。中に入ると、すぐに制服を着た職員の妖精が現れ、俺たちを案内してくれた。
「一番乗りのお客様ですね! 上の階に、待ち合わせ部屋がございます。……あ、その前に。……とりあえず、能力は回復しますね」
職員がそう言うと、俺たちの身体が、眩い光に包まれた。 その瞬間、全身を蝕んでいた激痛が、魔力枯渇による疲労が、潮が引くように消え去った。
「……ッ! これは……」 俺は、自分の身体を、手のひらを、驚愕の目で見つめた。完全回復。それは、文字通りの全回復だった。初戦のダメージも、『時戻し』の代償も、全てがリセットされ、今の俺は、絶好調の状態だ。
「……響! お体が!」 ブルースターが、俺の身体を見て、歓喜の声を上げた。彼女自身の魔力も、完全に回復している。
職員に案内されるまま、階段を上っていく。その途中、俺は考えた。 (……一番乗りで能力回復。……他の奴らは、まだ城の外だ。……であれば。……待ち伏せするには、ここが最適)
階段を上った先にある、城内へと繋がる重厚な扉。ここを俺が『時間停止』で塞いでしまえば、後から来るチームは、城内に入ることも、能力回復することもできない。俺の卑劣な、いや、合理的な作戦。
そう思い、階段で待機をする。
しばらく待つと、城門が開く音が、そして複数の足音が聞こえてきた。二番手のチームが来たのだ。
(……来た。……よし!!)
俺は、足音が階段を上ってくる、その瞬間。魔力を集中させ、全回復した力で、『時間停止』を発動した。
「……『時』よ、止まれ!!」
世界が、静止する。階段を上ろうとしていた二人の人影が、視界に入った。 俺は、鉄棒を握り締め、静止した空間の中で、門へと向かった。待ち伏せしている奴らを、時が止まったまま殴り飛ばす。それが俺の作戦だった。
しかし、門の前まで来た時、俺は、振り上げた鉄棒をピタリと止めた。
そこにいたのは。
「……葵?」
星宮葵。彼女が、ブルースターと同じ顔をして、そこに立っていた。
振り上げた鉄棒が、俺の手の中で、震えていた。 俺は、葵に向かって、振り下ろすことが……できなかった。
「……時よ、動け」
俺は、震える声で、時間停止を解除した。 時が、動き出す。
「……あれ。……響じゃない。……こんなとこで、何やってるの?」
先に会話したのは、葵だった。 その聲音、そのイントネーション、その口調。響が見る限り、目の前にいるのは、本物の星宮葵そのものだった。
「……葵? お前、なんでここに?妖精ファイトに?」
響が、震える声で彼女に問いかけた。
「……妖精ファイト?」
葵は、首を傾げた。その仕草すらも、俺の記憶の中にある葵と全く同じだった。 ブルースターはこの葵を敵認定して、攻撃を提案するが、響が待てと止める。
「響、危険ですわ! 彼女は敵の可能性があります!」 「待て。……俺に任せろ」
俺は、何気ない会話を振り、様子を見ることにした。違和感は感じられない。この戦いの話を振ってみるが、
「相変わらず響ちゃんは、おこちゃまねー。戦いごっこなんて」
と、昔と同じように馬鹿にしてはぐらかす。 本当に葵なのだろうか。そう思った時、葵が言った。
「私の病気治してから、いつまでもそんな感じね」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中でひらめいた、
俺は、再び時間を止めた。
「……『時』よ、止まれ!!」
静止した世界の中で、俺は、鉄棒を偽葵に思い切り殴りつけた。
「時よ、動け」
時が戻ると、偽葵は男の姿に戻り、地面に倒れ伏した。
響がどや顔で叫ぶ、「葵は俺が願いで病気を治したことなんて知らない、感謝なんてしてないんだ」
「ブルースター、ペアが残ってる! 油断するな!」
変身能力を持った一人は倒した。しかし、もう一人のペアがいるはずだ。 しばらくの停止の後、空中に鉄のナイフが浮かび、何もない空間に向かって飛んでいく。
「……え?」
そして、無の空間から、鮮血がにじみ出た。
「……多分二人は、映像と心を読む能力者みたいね」 ブルースターが、冷静な声で言った。葵の姿を再現したのは、このパートナーの力だったのか
「空中に砂鉄を置いていたの。透明人間がいても、私にはすぐにわかるわ」
俺は、ブルースターの機転に感心した。やはり、彼女は頼りになるパートナーだ。
とりあえず、次のチームを倒すことができた。次の瞬間、アナウンスが響き渡った。
「優勝決定! 響、ブルースターチーム優勝!!」
どうやら、このお二人が最後のチームだったようだ。俺は安心して、その場に腰を抜かした。
「ちょっと来て」
その響に、ブルースターが声をかけた。 そういって彼女に続いていくと、変な小部屋に通された。 化粧台と、クローゼットのみの、4畳程度の空間だった。飾ってある服には、見覚えがある。 メイド服、ナース服、チャイナドレス……。特訓の時、響を誘惑するために着ていた、様々な服装だった。
ブルースターが化粧台の前に座り、独り言のように響に語り掛ける。
「ここは、私の全て。……朝起きると、対象の男の子が魅力的に思うように、そして、私の本当の顔がすぐわからないように、変装しないといけない」
彼女は、鏡の中の自分を見つめながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「毎日、おしろいで顔を真っ白にして、かつらをかぶる。……そして、男性を魅惑するような格好をする。……どんな格好をしたら、男性がどう思うかもまったくわからないのに……」
彼女の声は、震えていた。
「毎日、毎日そんな日々が続く。……からっぽの私の、からっぽの部屋……」
彼女は、振り返り、俺を見つめた。その瞳には、深い絶望と、そして……。
「響……。私のことが、嫌いになった……?」
彼女の問いかけに、俺は言葉を失った。 作り物の彼女。演じさせられていた彼女。それでも、俺は……。
響は、無言でブルースターを抱きしめた。 その中で、冷たいアナウンスの声が聞こえてくる。
「優勝チームは、早く玉座の間にお越しください」
響とブルースターは、無言でうなずきあい、部屋を出て上階へと向かっていく。 荘厳なドアを開けて入ると、そこには、星宮葵の顔をした妖精王が、妖艶な笑みで待ち構えていた。

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