領主にクビにされ悪徳物件に騙された天才料理人、行き倒れの獣人少女を救ったら世界最高の聖域になっていた件 第五話

ガラム爺の宿「黄金の麦わら」は、連日お祭り騒ぎだった。

厨房ではアレンが神業のような手つきで、一見何の変哲もない食材を、口にするだけで体が熱くなり、力がみなぎる魔法の料理へと変えていく。フロアではミアが、その明るい笑顔としなやかな獣人の動きで、押し寄せる客たちをテキパキと裁いていた。

「差別されない場所」と「能力を上げてくれる料理」。 「食えない冒険者」のためのボランティア宿のはずが、今や「黄金の麦わら」は評判を呼び、冒険者ギルドの上位ランクまでが予約を求めてくる、王都でも一、二を争う人気宿になってしまった。

カウンターで、忙しく働く二人を眺めていたガラム爺は、ふう、と静かな溜息をついた。 彼の目的は、彼らを助けることだった。しかし、今の二人には、王都中の評判が押し寄せている。 ガラムは金には困っていなかった。彼の宿は、助けを必要とする人のための場所であり、富を築くための場所ではない。

ガラムは、静かに決断した。

その夜、営業が終わった厨房で、ガラムは二人を呼んだ。

「アレン、ミアよ。お前らには感謝している」 「何をおっしゃいますか。ガラム爺、私こそ」 「そうですよ! ここで働けて、本当に幸せです」

二人は笑顔で応えたが、ガラムの顔は真剣だった。 「お前らの能力は、ここをはみ出している。俺の目的は、食えない奴を助けることだ。評判が立ちすぎて、俺の目的とは違う方向に行ってしまっている」

二人がきょとんとする中、ガラムは続けた。 「お前らは、もっとでかい舞台で戦うべきだ」

「でかい舞台、ですか?」アレンが首をかしげる。 「ああ。俺の古い知り合いで、ひどい人手不足でつぶれかけている店があるんだ。場所は、ここから少し離れた、下町の、さらに外れたところだ。そこで頑張ってくれないか」

ガラムは、さらりと嘘をついた。 もちろん、そんな知り合いも、人手不足の店もない。ガラムは昼間、王都の下町の片隅で、売りに出ていた古臭い、ほとんど倒壊寸前の空き家を、自分自身のポケットマネーで買い取っていたのだ。そして、そこに古びた調理器具を並べ、適当に「つぶれかけた店」を演出したのだ。

二人は、恩人のガラムの言うことだったので、一切の反論なく、受けることにした。 「わかりました。ガラム爺の紹介なら、間違いないです!」 「はい、頑張ります!」

二人の無垢な承諾に、ガラムの心は少し痛んだが、これで彼らの才能はより広い世界で試されるはずだと、自分に言い聞かせた。

数日後、二人はガラムから鍵を受け取り、新しい店へと向かった。 そこは、確かにガラムの言う通り、古びて、小さかった。 コンロは一つしかなく、カウンターも三人座ればいっぱいだ。仕入れの資金も、ガラムからもらったわずかな小銭しかない。

しかし、アレンはひるまなかった。 彼は翌朝、王都の巨大な市場へと向かった。

市場では、まだ十分に食べられるのに、形が悪い、あるいは消費期限が近いという理由で、廃棄予定となっている食材が山積みになっていた。アレンは、その廃棄食材を、市場の商人たちに頭を下げて、タダ同然、あるいは彼らの言うがままの、相変わらずのどんぶり勘定で譲り受けた。

そして、その日のセンスで、集まった食材から最高の料理を作った。 「今日は、形の悪いトマトと、廃棄寸前の魚か……。これなら、最高のブイヤベースができる!」

そして、金額。 アレンとミアは、相変わらず王都の価格相場など知る由もない。彼らにとって、廃棄食材はタダだ。 「いくらにする、アレン?」 「うーん……タダで手に入れたから、タダ同然でいいんじゃないか?」

二人は、下町の、さらに外れた、人通りの少ないその場所で、ただ同然の金額で、廃棄食材を宝物のようなブイヤベースに変えて提供し始めた。

最初こそ、誰の目にも止まらなかった。 しかし、だんだん、噂が広がり始めた。

「下町の外れに、信じられないほど安くて、信じられないほど美味いブイヤベースを出す店があるらしい」 「しかも、毎日日替わりだ!」

下町の住民、ケチな冒険者、そして貧しい人たち……。 安いのにうまい料理、しかも毎日変わる。人が集まらないわけがなかった。

店は、あっという間に評判となり、大行列ができた。 カウンターだけの小さな店は、フロアというよりは、もはや混沌とした大混雑の渦と化していた。 アレンは、たった一つのコンロで、ひたすらブイヤベースを作り続け、ミアは、獣人の機動力を活かして、押し寄せる客たちを根性だけで裁き続けた。

ミアの手数があるから、回っていたが、本当に二人の根性だけで回っている店だった。

ガラムは、とりあえず自分の手を離れたと、一安心していた。 彼は下町の外れにできた行列を遠くから眺め、満足げに頷いた。

それから数週間。 今日も今日とて、アレンとミアは、押し寄せる客を片っ端から裁いていた。

「ブイヤベース、三つ追加!」 「はい、お待ち!」

アレンがブイヤベースをカウンター越しに渡そうとした時、客の中に、見覚えのある、青髪のエルフがいることに気づいた。 彼女は、大行列の、さらに外側に立っており、店の混沌とした様子を、じっと見つめていた。

しばらく、二人とも忙しすぎて気が付かなかったが、ミアが客を案内している途中で、ふと、そのエルフと目が合った。

「……あれ? エルリア、さん?」

ミアの声に、アレンも振り返った。 「エルリア? 本当か?」

二人は、のんきに声をかけた。 「ひさしぶり!」

しかし、エルリアは応えなかった。 彼女は、プルプルと、全身を震わせていた。 眼鏡の奥の瞳が、怒りで燃え上がっているのがわかった。

「ひ、ひさしぶり……だと?」

エルリアは、大行列の中を、客をかき分けて進んできた。 彼女の怒気は、店中の客を圧倒し、一瞬、店内が静まり返った。

エルリアは、カウンターの前に立ち、アレンとミアを見上げた。 そして、プルプル震えて怒りで叫んだ。

「お前ら今まで何やってたんだよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

ようやくそろった、三人。 下町の、さらに外れの、ブイヤベースの行列の店で、二人はきょとんとした表情で、エルリアを見つめていた。エルリアの叫びは、王都の下町に、こだました。


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