下町の小さな評判店で、アレンとミア、そしてエルリアの3人が協力し、店がかつてない賑わいを見せる一方で。
アレンを領主府の厨房から市井へと送り出した、張本人である領主様は、窓の外を眺めながら、秘書に問いかけた。 「……アレンは、うまくやっているのかのう」
彼の声には、アレンの料理を独占することへの罪悪感と、彼の才能が世界で羽ばたくことへの期待、そして同時に、世間知らずな彼への心配が滲んでいた。
眼鏡をかけ、黒髪をポニーテールにまとめた、高貴なスーツを身に包んだ女性秘書は、30代前半の冷静な瞳で領主を見つめ、淡々と答えた。 「こないだ食べにいったら微妙でしたね。やっぱり市井の運営は難しいんですかね」
「なっ……! 微妙じゃと!?」 領主様は口を半開きにしておどろき、立ち上がった。アレンの料理が微妙など、考えられない。
「あれ、君は一人店に行って、私には何も報告しないの」 領主は、秘書が自分に内緒でアレンの店に行っていたことに、ショックを隠せなかった。
秘書は冷静さを崩さず、眼鏡のブリッジを押し上げた。 「指示はありませんでしたので」
「わかった、店の場所教えて、私もそろそろ様子見たいから」 領主は呆れた顔で、秘書に詰め寄った。これ以上、秘書に振り回されるのは御免だ。
秘書は相変わらず、顔色を変えずに「それでは、こちらの地図をどうぞ」と懐から地図をさっと差し出した。
領主は再度呆れ顔で、秘書から地図を受け取った。 「ああ、準備までしてるのに、教えてくれないんだね・・・・」
秘書の秘密主義と、アレンへの冷ややかな態度の裏に、何かがあるような気がして、領主は一抹の不安を覚えたが、まずはアレンの店を確認することが先決だ。
数日後。
領主様はフード付きのマントや一般市民の服で変装し、市民に紛して地図を頼りにアレンの前の店(かつて不動産屋の男が揉み手で近づいてきた、あの店だ)へと足を運んだ。
街の大通りの路面店、一等地。 広々とした店内。 「一等地に店を構えるとは、アレンもやるものだ」 領主は、アレンが莫大な出資金を無駄にせず、立派な店を開いたことに感心した。
入り口の看板を確認する。そこには、自分がアレンに渡した、『領主承認上級料理人』の資格証が誇らしげに掲げられていた。 「わしが渡したものが、こうして輝いている」 領主は、アレンが自分の期待に応え、誇りを持って料理人をしていることに、胸を熱くした。
店に入ると、客の入り具合は五分といったところか。 「これが運営上正しいかどうか、これだけでは判断つかない」 領主は、経営者としての視点で店内を見回した。五分の入りは、決して悪くはないが、一等地としてはもっと客が入ってもいいはずだ。
とりあえず、ウェイターの派手な化粧の女性に案内されて席に着き、店のメニューを見る。そこには、エルリアが固定したピザのメニューが並んでいた。 「なるほど、市民に受け入れやすいように、わかりやすメニューで営業いているのか」 領主は、アレンに様々な料理を広ろと言っていたことを思い出し、少し寂しさを感じたが、経営を安定させるためには仕方がないのかとも思った。
その中で、地元の名産エビのピザが目に飛び込んできた。 「名産エビのピザ……。立食パーティーでおかれたときには、飛ぶように皆で奪い合った記憶がよみがえる」 領主の頭には、かつて領主府のパーティーで出された、生臭さがなく、エビの旨味が爆発していたアレンのブイヤベースや、エビを使った料理の味が蘇った。
早速それを頼み、しばし待つ。 厨房の様子は見えないが、アレンが包丁 を振るい、エビを捌いている姿を想像し、期待に胸を膨らませた。
やがて、エビのピザが運ばれてきた。 「……ん?」 ピザがテーブルに置かれた瞬間、領主は香りの段階で違和感を覚えた。
地元の名産エビは、味はいいが、裁き方を誤ると、非常に生臭くなり、料理人の腕が問われる一品であった。 アレンが捌いたエビは生臭さがなく、非常に絶品であったが、このピザからは、微かに生臭い香りが漂っていた。
「……まさか」 領主は意を決し、恐る恐る口に運ぶ。
一口食べた瞬間、領主の顔は凍りついた。 ピザ生地はパサパサ、チーズは安物、そして何より、エビが生臭い。
「やはりおいしくない・・・・・・」 領主は落胆し、ピザを置いた。アレンの味ではない。アレンの料理がこんなに不味いわけがない。
彼は確信した。この店で料理を作っているのは、アレンではない。
領主はシェフを呼ぶようウェイターに申し付ける。 しかし来た人は、厨房から出てきた、 のはあの柄の悪い無精髭の男であった。雑な態度で、領主を見下ろしている。
領主はシェフの顔を見て、「お前はアレンではないな」と言いかけたが、自分が変装中であることに気づき、言葉を飲み込んだ。 (……しかし、なぜアレンは……?)
「……いや、いい。下がれ」 領主は早々にシェフを追い返し、考え込んだ。 アレンはいったいどこに・・・・。あのアホ料理人が、店を任せきりにして、どこかに行ってしまったのだろうか?
領主府に帰って、領主は今日の出来事を考え、再度秘書に相談した。 秘書に、店が生臭いエビのピザを出していたこと、別のシェフが料理をしていたこと、そして資格証が掲げられていたことを伝えた。
秘書は相変わらずまゆひとつ動かさず、眼鏡の奥の瞳で領主を見つめ、冷静に語った。 「先日法務官が処理した書類から推測するに、アレン様は不動産屋に騙されて、店を乗っ取られた可能性がございます」
「なっ……! 乗っ取られたじゃと!」 領主は、秘書の言葉に立ち上がった。アレンが騙され、店を奪われた? あの資格証も?
秘書は、法務官が処理した書類には、莫大な保証金を払わないと資格証ごと店を奪うという違法な条項があったことを把握していた。指示がなかったので、報告はしていなかったが。
「だからさー、先にいってよー」 領主は、うなだれた顔をして、秘書に嘆いた。秘書がもっと早く教えてくれれば、アレンを守ることができたのに。
「アレンはどこに行ったんだ」 領主は困り顔で独り言をもらす。アレンが店を追われ、資格証まで奪われたのなら、彼は今、どこで何をしているのだろう? 料理を続けることができているのだろうか?
秘書も独り言のようにぼそっと呟いた。眼鏡のブリッジを押し上げ、冷ややかな瞳を領主に向ける。 「領地はずれに、急激に評判になった小さいっ店があります、もしかしたら、そこにアレン様はいるのかもしれませんね」
秘書は、 iアレンたちが下町の外れでブイヤベースの店を開き、行列ができていることを、すでに把握していた。しかし、指示がなかったので、報告はしていなかったが。
領主は、秘書の言葉を聞き、もう何も言わなかった。 秘書の秘密主義に、改めて呆れたが、同時に、アレンが料理を続けており、評判になっていることに、安堵を覚えた。
(……アレン。お前は……!)
領主は、地図を懐にしまい、眼镜をクイッと押し上げた。秘書のヒントを頼りに、アレンの新しい店へと向かう決意を固めた。
夺われた前の店、不味そうなピザ。そして、下町の外れで始まった、天才料理人の新たな挑戦。 物語は、領主様の心配と、秘書の秘密を巻き込みながら、さらなる展開へと進んでいく。

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