都市の中央にそびえ立つ、五十階を超える摩天楼——国連軍部本部ビル。 その中枢に位置する薄暗い監視室で、金髪をオールバックにした男、シーザーは、にやけ顔を浮かべながら複数のモニターを見つめていた。
メインモニターに映し出されているのは、張り詰めた空気が漂うビル中層階のホールだった。 そこに立つのは三人。赤い髪にフライトジャケットを着た青年・爆と、水色の髪に白い和服を纏った女性・ユキ。そして二人の前に立ちはだかるのは、純白の軍服に身を包んだ一人の男だった。
モニター越しにも伝わってくる一触即発の殺気。 ユキが、冷ややかな視線で白い軍服の男にきつく詰め寄った。
「あなたも超能力者でしょう。何故、同胞である超能力者を迫害する軍の味方をするの」
白い軍服の男は、心底馬鹿にしたような笑みを浮かべて首を振った。 「同じ超能力者、だと? 私はそんな不完全なものを超越した存在だ。生まれつきの超能力者など、とうの昔に終わった『過去の存在』なのだよ。爆君、ユキ君、もう引き際なんだ」
その傲慢な言葉に、ユキの表情が険しさを増す。 「あなた、改造人間ね。……人工的に作られた超能力で、私たちに勝てると思っているの?」
ユキが言い放った瞬間、室内の空気が急激に冷え込み、猛烈な吹雪が吹き荒れた。 「だから言ったのに」 ユキが静かに告げるが、男は余裕の態度を崩さない。
「旧時代の超能力者では、私には勝てないと言っただろう」
男がそう嘯いた直後、ユキの足元の影が不自然に蠢いた。 影の中から真っ黒な腕が何本も這い出し、ユキの四肢を強く縛り上げる。しかし、ユキは顔色一つ変えずにそれを見下ろした。
「……その程度で、勝てると思った?」
ユキが足元に絶対零度の雪を降らせると、影そのものが凍りつき、黒い腕はボロボロと崩れ去った。 だが、表面上の冷静さとは裏腹に、ユキの心中には冷たい汗が伝っていた。一瞬の交錯で、相手の持つ尋常ならざる力と底知れぬ恐ろしさを理解したのだ。 (……勝てるかどうか、わからない)
そして、白い軍服の男もまた、直感していた。目の前の白い和服の女が、これまで自分が屠ってきた有象無象の超能力者とは次元が違う「別格」であることを。 男は姿勢を正し、冷酷な笑みを浮かべて名乗りを上げた。
「俺の名は十六夜(いざよい)。見ての通り、闇を操る能力者だ」
その名を聞いたユキは、傍らに立つ爆へと顔を寄せ、唇を動かした。 「爆、先に行って。アイスマンを止めて」 「ユキ……!」
次の瞬間、ユキの全身から爆発的な猛吹雪が放たれ、広大なホールを真っ白な雪煙で包み込んだ。 視界が完全に奪われる中、爆はユキの意図を理解し、弾かれたように上階へと駆け出した。恋人が命を懸けて作ってくれた道。その決意を無駄にすることは絶対にできない。
これまでも、二人は何度も命を懸けた危機を共に乗り越えてきた。今回もきっと、お互いに生き延びて、また笑い合えるはずだ。 ——それが、二人が交わした最後のやりとりになるとは知らずに。
激しい吹雪が収まった後、そこにはユキと十六夜だけが残されていた。 十六夜は忌々しげに舌打ちをする。 「男は逃がしてやった。……お前を殺してから、ゆっくり料理してやる」
十六夜が両手を広げると、部屋の光源がすべて飲み込まれ、完全なる闇が空間を支配した。 彼の奥の手、絶対暗黒空間『エターナルダークネス』の発動。 視覚も聴覚も奪われ、方向すらも理解できない漆黒の檻。しかし、ユキに慌てる様子は一切なかった。 暗闇の中で、彼女の凛とした声が響き渡る。
「『雪月花百華阿修羅』」
途端に、闇を切り裂くような清冽な輝きが放たれた。 ユキの身体の周囲に、透き通るような巨大な氷の阿修羅像が顕現する。背後に無数の氷の腕を備えた荘厳なる姿。 暗闇の中から十六夜の放った無数の「闇の手」がユキへと殺到するが、阿修羅像の腕が自動的に動き、迫り来る闇を次々と斬り捨てていく。
「チィッ……!」 十六夜は自身の身体に漆黒の闇を纏い『闇の鎧』を形成すると、自らユキへと突進した。 だが、雪月花百華阿修羅の絶対防壁は固い。自動反射による無数の氷刃が十六夜を迎え撃ち、その鎧を削り飛ばす。追撃の氷の雨が十六夜を叩きのめそうとするが、彼は間一髪で影の中へと逃れ、姿を消した。
お互いに決定打を与えられず、自分から迂闊に攻め入ることもできない。 一見すると、膠着状態——千日手のように見えた。 しかし、実態は全く違った。
極限の力を持続させるこの技は、互いの命そのものを削り続けている。 先に精神力が尽き、力が解けた方が負けとなる。これは、命を天秤にかけた極限のチキンレースだった。 二人は一歩も動かぬまま、文字通りのデッドレースに突入した。
ただただ、沈黙と削り合いの時間が続く。 光のない闇と、凍てつく雪の世界。もはや二人には、どれだけの時間が経過したのかという感覚すら残っていなかった。
均衡が崩れたのは、唐突だった。 先に限界を迎え、動いたのは十六夜の方だった。 彼は空間に広がるすべての闇を一点に収束させ、雪月花百華阿修羅を完全に粉砕する構えをとった。
「これで終わりだッ! 『トゥルーダークソード』!!」
十六夜が最後の力を振り絞って叫ぶ。 空間の闇が晴れ、彼の手の中に漆黒の巨大な剣が出現した。それは空間そのものを切り裂くような速度で振り下ろされ、堅牢を誇った雪月花百華阿修羅の像を真っ二つに両断した。
「……ッ!」 阿修羅像が砕け散る。しかし同時に、崩壊する阿修羅像に組み込まれていた最後のカウンターが発動し、無数の氷の破片が巨大な衝撃波となって十六夜の身体を吹き飛ばした。
「ガ、ハッ……!」 壁に叩きつけられ、血を吐く十六夜。だが、彼はボロボロになった身体を引きずりながらも、まだ立ち上がろうとしていた。
一方、ユキの力は完全に底を突いていた。 命こそ辛うじて繋ぎ止めているものの、指一本動かす力も、再び阿修羅像を顕現させる余裕も残されていない。 血まみれの十六夜が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。彼は最後の力を振り絞り、ユキへ向けて止めとなる闇の一撃を放とうと腕を上げた。
ユキは静かに瞳を閉じ、最後の一瞬を待った。 (……ごめんね、爆)
しかし——いつまで経っても、その「時」は訪れなかった。
不審に思い、ユキがゆっくりと目を開ける。 そこには、腕を振り上げたまま、まるで彫像のようにピタリと静止している十六夜の姿があった。 虚ろな瞳は何も映しておらず、その口からは一筋の血が流れ落ちている。
……強化人間の限界。 過剰な出力に肉体と精神が耐えきれず、完全に機能が停止したのだ。
その事実を悟ったユキは、安堵の息を長く吐き出し、その場に崩れ落ちるように膝をついた。 もう、能力を使うことはおろか、立ち上がることすら困難だった。 それでも、彼女は壁にすがりつきながらゆっくりと立ち上がり、足を引きずるようにして、愛する人が向かった上階の屋上への道を進み始めた……。
***
「くくっ……あははははッ!」
監視室のスピーカーから漏れ聞こえる無音の結末を見届け、シーザーは楽しげに笑い声を上げた。
「人工的なおもちゃでは、ここら辺が限界ですかねぇ。まあ、前座としては十分に楽しませてもらいましたよ」
シーザーはコンソールを操作し、メインモニターの映像をビルの屋上へと切り替える。 そこには、今まさに激突しようとしている、赤い炎を纏った爆と、青い氷を纏ったアイスマンの姿が映し出されていた。
「それでは……最高のエリート様たちによる、最後の友情のぶつかり合いを、特等席で楽しむとしましょうか」
金髪の男の歪な嘲笑が、無機質な監視室に響き渡る。 運命の歯車を嘲笑うかのように、最後の戦いの幕が今、上がろうとしていた。

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