超能力は無能力 第四話

ある都市の地下深く。 そこには、陽の光から隠れるように息を潜める「超能力者の団体」があった。

現在、世界において超能力は「犯罪に利用される恐ろしい力」として一般に定着していた。 炎や氷、風を操るような物理的でわかりやすい能力はもちろんのこと、心を読んだり、物に宿る残留思念を読み取ったり、遠くを見透かしたり、過去や未来を予知したりする不可視の力も、一般大衆からすれば等しく恐怖の対象であった。

力が強大な者は目に見えて排斥され、たとえ日常の些細なことにしか使えない微弱な能力の持ち主であっても、一律に迫害の対象となった。 彼らは故郷を追われ、安住の地を探して放浪せざるを得なかった。しかし、彼らを受け入れる場所など、この地上のどこにも存在しなかったのだ。 そんな中、絶望に暮れる超能力者たちの間で、ひとつの噂が囁かれるようになる。 ――超能力者の逃げ場、『ユートピア』と呼ばれる場所が存在する、と。

ここに、一組の姉弟がいた。 赤い髪の青年・赤井爆と、桃色の髪を持つ姉・赤井風。 二人はみすぼらしい恰好で、あてもなく街から街へとさまよっていた。

彼らの両親は超能力者ではなかった。身寄りのない超能力者の姉弟を養子として受け入れてくれた、ただの心優しい善人だった。 だが、ある時起こった超能力者による凶悪犯罪のニュースをきっかけに、世相は急速に超能力者を「悪」として排斥する方向へと傾いていった。

養父母の家には毎日のように石が投げ込まれ、街では村八分に遭い、学校では陰湿なからかいの標的にされた。しかし、少しでも能力を使って反撃しようものなら、すべて「超能力者が襲ってきた」と悪者にされる。 自分たちを愛してくれた養父母にこれ以上の迷惑はかけられない。 そう決意した二人は、家を出た。しかし、十代の幼い姉弟にとって、世間の荒波はあまりにも厳しく、残酷だった。

各地を転々としながら、姉の風は必死に弟の爆を守り抜いた。 やがて行き着いた先で、二人は場末のサーカス団に拾われた。超能力であることを隠し、あくまで「手品」としての見世物を演じることで、なんとか糊口をしのぐ日々。 だが、そんな細やかな平穏すらも長くは続かなかった。 二人の人気と活躍を妬んだ一人の団員によって、彼らが本物の超能力者であることが警察に通報されてしまったのだ。

迫り来る追手。 その時、姉の風は、爆だけを逃がし、自らが生贄となる道を選んだ。

「人間を恨んではだめ。超能力を恨んではだめ」

泣き叫ぶ爆を突き放し、風は優しく微笑んで言った。 「この世界は、奇跡であふれてるの。……だから、生きて」

それが、姉の最期の言葉だった。 爆はただ逃げることしかできなかった。振り返ることも許されず、暗闇を走り続けた。

数日後、遠く離れた別の街のニュースで、爆は姉の死を知った。 住民たちのパニックに端を発した、凄惨なリンチ。超能力への根拠のない誤解と恐怖が、誰よりも優しかった姉を殺したのだ。 ニュースを見つめながら、爆の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。 姉を理不尽に殺した人間たちへの怒りが、どす黒い炎となって心の底から湧き上がる。すべてを焼き尽くしてしまいたい衝動に駆られるたび、爆は血の滲むような思いで姉の最期の言葉を反芻した。 人間を、恨んではだめだ。

心に深い傷を負い、貧民街を死人のようにさまよっていた爆は、ある日一人の男に声をかけられた。 導かれるままに地下のマンホールを降り、迷路のような暗渠を抜け、やがて彼は噂に聞いた『ユートピア』へと辿り着いた。

そこで爆を待っていたのは、思いがけない人物だった。 「アイスマン……!」 ユートピアのトップとして組織を束ねていたのは、かつて知る青い髪の男、アイスマンだったのだ。 その傍らには、『シーザー』と呼ばれる金髪の副官が控えていた。

爆は張り詰めていた糸が切れ、思わずアイスマンに抱きついた。 「あれから辛かったんだな」 アイスマンは爆の背中を優しく叩き、周囲を見回して言った。 「……風さんは、どうした?」

その問いに、爆は泣き崩れ、ただ首を振ることしかできなかった。 アイスマンは、それだけで全てを理解した。 「何も言わなくていい。ここは安全だ。もう、逃げなくていいんだ」

ユートピアでの生活は、爆にひとときの安らぎを与えた。 不思議だったのは、副官のシーザーの存在だ。彼は「全く超能力を持たない無能力者」であるにも関わらず、聖人君子のように「迫害をなくすため」と語り、この団体の運営に尽力していた。彼の存在は、人間と超能力者が共存できるかもしれないという、僅かな希望のように思えた。

それからしばらくの間、爆は安全で穏やかな時を過ごすことができた。

しかし、数年が経ち、ユートピアの内部は少しずつ変容していった。 最初は「超能力者たちの最後の逃げ場」として機能していたこの場所も、人数が増えるにつれて、異なる思想を持つ者たちが現れ始めたのだ。

「我々の超能力は、選ばれた民の、選ばれた力だ。我々はもっと世に認められ、支配する側に回るべきだ!」

そう声高に主張する者の多くは、炎や雷など、強力な戦闘能力を持つ者たちだった。 対して、ユートピアの住民の多くは、戦闘能力を持たない者や、ごく微弱な力しか持たない弱者たちである。過激派と穏健派の対立は、日に日に大きくなっていった。

ある日、アイスマンは爆を自室に呼び出し、二人きりで語り合った。 「他の者には言ってほしくないが……」 アイスマンは疲労の色を濃く滲ませてこぼした。 「超能力者は、粛清され、厳格に管理されるべきなのかもしれない。……この組織は、もう俺の手には余る」

過激派の暴走を抑えきれず、同胞同士の争いに心を痛める彼の状況を、爆も理解していた。 しかし、爆の脳裏には、姉の最期の言葉が鮮明に蘇る。

「超能力者も、無能力者もない。あるのは、出会えた皆の奇跡だけだ」 爆は真っ直ぐにアイスマンを見据えて言った。 「誰かに管理されて、うまくいくことなんてないと思う。人は、縛られちゃいけないんだ」

アイスマンは、ひどく残念そうに首を横に振った。 それからも何度となく、二人はこの問題について話し合った。しかし、決定的な溝が埋まることはなく、意見が交わることは一度もなかった。

さらに数年の時が流れた。 ユートピア内の空気は限界まで張り詰め、いつ内戦が起きてもおかしくない状態になっていた。 ある日、アイスマンはいつになく真剣な、そして悲痛な顔で爆に呼びかけた。

「俺たちはもう限界だ。俺たちが率先して管理体制に入り、この不毛な革命ごっこを終わらせないといけない」 「……ダメだ」 爆はいつものように首を横に振った。 「人は人を管理しちゃいけない。どんな人も、迫害されるべきではないんだ」

今日も、二人の意見はまとまらない。普段であれば、平行線のまま会話は終わるはずだった。だが、今日のアイスマンはいつになく食い下がった。 「頼む、わかってくれ! このままではいけないんだ。このままでは、過激派の暴走を理由に、俺たち全員が皆殺しにされるぞ!」

悲鳴に近いその訴えにも、爆の信念は揺るがなかった。姉の願いを捨てることなど、死んでもできない。 「俺は、俺の信じる道を行く」 二人は無言のまま、背を向けて別れた。 それが、彼らが「友」として言葉を交わした最後の時間となった。

翌日。 アイスマンを筆頭に、シーザーを含む多くの幹部メンバーがユートピアから姿を消した。 彼らが向かった先は、迫害の元凶である『国連軍部本部』。彼らは、「一部の非戦闘能力者の安全を保障する」という条件と引き換えに、国連軍部へと寝返ったのだ。

この裏切りをきっかけに、超能力者たちの間には疑心暗鬼が渦巻き、超能力者と無能力者、そして超能力者同士の確執は修復不可能なまでに広がることとなった。

国連軍部の上層部に迎え入れられたアイスマンの心は、決して穏やかではなかった。 本当は、すべての超能力者を守り、受け入れたかった。だが、彼の抱いた理想には限界があり、現実の重圧に押し潰された。 結果として、彼はかつての理想の裏返しのように、国連軍の先頭に立ち『超能力者狩り』を指揮する冷酷な猟犬へと身をやつすことになった。

一方。 国連軍部の真新しい制服に身を包んだシーザーは、自室の暗がりの中で一人、ひっそりと狂気の笑みを漏らしていた。

「くくっ……ここは、本当にいい環境ですねぇ。最高水準の設備で、超能力の実験がし放題だ」 彼はワイングラスを傾けながら、薄く目を開いた。 「それに……解剖して中身を確かめるための『実験体』も、アイスマン様がいくらでも捕まえてきてくれますしね」

彼がユートピアにいた理由。それは迫害をなくすためなどではなく、モルモットの群れを内側から観察し、品定めするためだったのだ。

――情勢は、さらに加速していく。 歯車は狂い、互いの想いはすれ違ったまま、後戻りのできない破滅へと向かって突き進む。 すべてが交束する「最後の時」は、刻一刻と近づいていた。


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