ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……ッ! 何でこんなことになるのよ!? 全部、全部あの女のせいだわ!!
私は本来、この世界の「選ばれしヒロイン」なのよ? 全ての人間に愛され、肯定され、望むもの全てを手に入れる特権階級のはずじゃない! それなのに、何をやっても裏目に出る。
この五つの試練のイベントだってそうよ。 ゲームの仕様上、もともとのステータスが一番低い男をどれだけ応援したって、せいぜい2位止まりにしかならないはずなのよ。それなのに、なぜかあの悪役令嬢・ミレーユが横に立って応援しただけで、男たちが限界突破して1位をかっさらっていく。 しかも、本来なら専用の「応援フラグ用イベントアイテム」をいくつも集めて渡さなきゃいけないはずなのに、あの女は何も持っていない。ただ泥臭く特訓に付き合って、言葉をかけただけで……!
(何でよ……何で私のシナリオ通りにいかないのよ!!)
もう、なりふりなんて構っていられない。 第五の試練――この最終イベントで、私は「伝説の聖女」としての特権を強制発動させた。王家に封印されていた伝説の武器の封印を解く力。これさえ使えば、どんなポンコツな貴族でも確実に1位に押し上げることができる。
このイベントで選べる伝説の剣は二者択一。 ひとつは、純粋に持ち主を強化する白き聖剣『キングソード』。 そしてもうひとつが――現在スグルに持たせている、漆黒の魔剣『キングイーター』!
この魔剣は、その時点でどれほどポイントが低くても一発逆転で下剋上を起こせるチート武器。対戦相手の敗者から「3つの貴族の魂(生命力)」を吸い取ることで、使用者に真なる王者の力を与える。 このトーナメントで3連勝さえすれば、スグルは最強の王となり、彼を操る私は女王として君臨できるのだ。
(……まあ、そもそも原作ゲームに『スグル』なんて名前のキャラはいなかった気がするけれど、そんなのどうでもいいわ! スグルを王にして、私がハッピーエンドを迎えられれば何だっていいのよ!)
そして迎えた、運命の準決勝。 第1試合は、私のスグルと、シマウマの紋章を背負うゼノの戦い。
舞台に上がったゼノは、細身の剣を構え、冷ややかに言い放った。
「理由は知らんがね……ミレーユから『あいつを絶対に勝たせるな』と直々に頼まれていてね。もとより負けるつもりはないが、愛しのミレーユの頼みとなれば、俺は命を懸ける所存だよ」
(このクソ男が……ッ! またあの売女に誑かされて、どこまでも私の邪魔をする気!?)
『――ハジメッ!!』
開始の合図とともに、スグルがキングイーターを一閃させた。 刀身から吹き荒れた漆黒の衝撃波が、舞台ごとゼノを吹き飛ばす!
と壁に叩きつけられるゼノ。 (ふん、口ほどにもない! 瞬殺じゃない!)
そうほくそ笑んだ私の目の前で――ゼノは口元の血を拭い、フラフラと立ち上がった。
「言ったはずだ……ミレーユの頼みなのだと。貴様のような邪悪を勝たせるわけにはいかないんだよ……!」
ゼノの足運びが変わる。あの社交ダンスでミレーユと完璧な調和を見せた、変幻自在のステップ。
「――『ソニックインフェルノ』ッッ!!」
残像を残してゼノが消えた。 次の瞬間、スグルの背後へと回り込み、死角から鋭い刺突を叩き込む!
予想外の一撃を受け、スグルが「ぐあああっ!」と膝をついた。
(嘘でしょ!? あのクソ女、ダンスのステップを戦闘に応用させただって!? どこまで私の前に立ちはだかるのよ!!)
私はなりふり構わず、客席から金切り声を張り上げた。 「スグル! 貴方の正義で、その邪悪を討ち滅ぼしなさい!!」
その声に反応したスグルの瞳が濁った黒に染まり、咆哮とともに剣を薙ぎ払う。 暴風のような闇の刃がゼノの身体を切り裂き、血飛沫が舞う。それでも、ゼノは倒れなかった。
「スグル、トドメを刺しなさい!!」
振り下ろされるキングイーター。 その刹那、ゼノは震える声で最後の力を振り絞った。
「――『ファイナル・ソニックインフェルノ』ッッッ!!」
バチィィッ!! と閃光が弾け、スグルの胸元に強烈なカウンターが突き刺さる。 「ゴハッ……!?」 スグルが大量の血反吐をぶちまけ、苦悶に顔を歪めた。
しかし――そこで力尽きたのはゼノの方だった。 剣を取り落とし、そのまま糸が切れた人形のように舞台上へ崩れ落ちる。
『――し、勝負ありッ! 勝者、バイロン・スグル!!』
「ハァ……ハァ……ふぅーっ!」 私は胸を撫で下ろした。危なかった。だけど勝った! これでスグルの魂の吸収は2人分完了。あと1勝で、この国は私のものだ!
続いて、Bブロック準決勝。 『――第2試合! アムブローズ・フィリックス様 対 マルス・ソル様!!』
舞台に上がった二人は、張り詰めた空気の中でお互いを睨み合っていた。
フィリックス様がエペを構え、凛とした声で宣言する。 「ミレーユとの約束だ。私は、絶対に負けるわけにはいかない」
対するソル様も大剣を握りしめ、咆哮するように返す。 「ミレーユだと……!? 俺だって、王になってミレーユを嫁にするんだよぉぉッ!!」
『――ハジメッ!!』
鋭い金属音が響いた瞬間、ソル様の剣が遥か上空へと弾き飛ばされていた。 喉元にエペを突きつけられ、ソル様が呆然と目を見開く。
『――そ、それまでッ! 勝者、アムブローズ・フィリックス!!』
「ふん、つまらない試合ね」 私は鼻を鳴らした。 あのミレーユの姿は会場のどこにもない。ビビって逃げ出したのかしら。まあいいわ、私の完全勝利はお膳立てされた!
国王から、2日間の休養ののち、最終決勝戦を行う旨が告げられた。
そして迎えた、運命の決勝戦の朝。
中央闘技場の特設舞台。 スグルとフィリックス様が向かい合っていた。 スグルの全身からは、もはや人外の如き濃密な漆黒の瘴気が立ち上っている。対するフィリックス様は、細身のエペ一本。誰の目にも、勝敗は明らかに見えた。
(あははっ! 勝ったわ! これで私の逆ハーレム……いや、女王への道が開かれたのよ!)
司会者が右手を振り上げ、試合開始を告げようとした――まさにその瞬間だった。
「――フィリックス様! その剣をお使いになって!!」
凛とした澄んだ声が、闘技場全体に響き渡った。
舞台袖から現れたのは、息を切らしながらも神々しいオーラを纏ったミレーユだった。 彼女の手から放たれたのは、眩い白銀の光を放つ一振りの美しい長剣――!
「ミレーユ……! 待っていたぞ!!」
フィリックス様が空中でその柄を鮮やかに掴み取る。
(な……ななな、何よアレはぁぁぁぁッ!?)
私の全身から血の気が引いた。 純白の刀身、神聖なる輝き……あれは、私が選ばなかったもう片方の伝説の武器――『キングソード』!?
(なんであの女が持っているのよ!? あの封印は、聖女である私にしか解けないはずなのに……まさか、古文書を解読して自力で封印術式を解除したっていうの!?)
キングイーターとキングソード。 対をなす二つの伝説の剣が交差した時、一体何が起きるのか――その答えは、一瞬で示された。
「うおおおおおおッ!」 「はあああああッ!」
二人が激突し、黒と白の刃が正面から鍔迫り合いを演じた瞬間――。
太陽が落ちてきたかのような、目も眩む超高密度の光が闘技場を飲み込んだ。 二つの相反する絶対的な力が激しく反発し合い――完全な「対消滅」を起こしたのだ。
パリンッ! とガラスが割れるような美しい音が響き、キングイーターもキングソードも、光の粒子となって跡形もなく消滅した。
「あ……あ……?」
魔剣の支配を失ったスグルは、憑き物が落ちたように白目を剥き、そのままドサリと地面へ倒れ伏した。
(嘘……でしょ……? スグルの強化魔法が……消えた……?)
『――勝負ありィッ!! 勝者、アムブローズ・フィリックス!!!!』
割れんばかりの歓声。 フィリックス様がミレーユに向かって眩しい笑顔を向け、ミレーユも誇らしげに微笑み返す。
(クソッ、クソッ、クソォォォッ!! あの女、何から何まで私の邪魔をしやがってぇぇぇぇッ!!)
やがて、大会本部から現国王へと、これまでの全競技を含めた総合得点の集計結果が手渡された。
羊皮紙に目を通した国王は、眉をひそめ、ひどく渋い顔配りとなった。 そして、マイク越しに困惑した声を漏らした。
「う、うむ……。この度の王位争奪戦、皆実によく戦った。……しかし、最終的な得点集計の結果なのだが……」
ざわつく観客席。国王は額を押さえながら告げた。
「……第1位の最上位得点者は、フィリックス、ビショップ、ソル、ゼノ、マリオの『5名全員が完全同点』である。……さて、どうしたものかのう……」
会場中が「えええええっ!?」と大混乱に陥った。 各試練でミレーユが均等に全員を1位に導いてしまったせいで、奇跡的にも全員の総合スコアが完全に横並びになってしまったのだ。
(全員同点……? なによそれ、私が狙ってた逆ハーレムの条件じゃない! なんであの女がそれを成立させてるのよ!!)
だが――絶望の淵で、私の脳裏に電光のように閃くものがあった。
(……待ちなさい。まだよ。私には、原作ゲームの『最大のイベント』が残されているわ!)
原作乙女ゲームにおいて、悪役令嬢ゴールドバーグ・ミレーユは、王位争奪戦の終了後に「実家の不正蓄財と不貞行為」を告発され、一族もろとも断罪されて処刑される運命なのだ。
ヒロインの手柄を横取りされたなら、私の手で直接、あの女を地獄へ叩き落としてやればいい!
私は狂気じみた笑みを浮かべ、スカートを翻して壇上へと駆け上がった。
「――国王陛下!! その判定には重大な異議がございます!!」
私の甲高い叫び声に、静まり返る闘技場。 私は勝ち誇った顔で、ミレーユをビシッと指差した。
「今回の優勝候補者たちを手助けしたゴールドバーグ家ですが! その現領主である母親と、不当な支援者であるレオン叔父は、長年にわたり領地の不正運営と不貞を重ねております! そのような犯罪者一族の娘が関与した結果など、断じて認められるべきではありません!!」
私の告発に、会場が騒然となる。 ミレーユは驚いたように目を見開いたが、すぐに冷徹な表情へと戻った。
(ふふふ……あはははは! どうよミレーユ! これでお前はおしまいよ! 一族もろとも処刑されて、最後に笑うのはヒロインである私なんだからぁぁぁッ!!)
私は確信していた。 これで私の真のハッピーエンドを掴み取った。

コメントを残す