陰キャが異世界転生してモテモテ勇者に 旅立ちの章その2

まさに、俺が主役の世界にやってきたのだ。 教室の隅で縮こまっていたこれまでの冴えない日々が嘘のように、胸の奥から万能感が湧き上がってくるのを感じていた。俺は内心の興奮を押し殺し、勇者らしく堂々とした態度を装いながら、余裕綽々で周囲の兵士や貴族たちの反応を見渡した。

そんな俺の様子を伺っていた初老の男性が、おずおずとした口調で言葉を投げかけてくる。

「勇者殿。決して疑っているわけではないのだが……その、まことに勇者様である証を、我らに見せてはくださらぬか?」

「えっ、あ、勇者の証……? あの、それってどうやって見せればいいんですか?」 急に具体的な確認を求められ、俺は内心で少し焦りながら尋ね返した。

「左様でございますな。『フルステータスオープン』と念じるか口にしていただければ、誰の目にも見える形で顕現いたします。どうぞ、お願い申し上げます」

言われた通り、俺は息を吸い込んで唱えてみた。

「ふ、フルステータスオープン!」

その瞬間、目の前の空間にパッと青白い燐光が走り、半透明の光のプレートが浮かび上がった。まさにゲームのステータス画面そのものだ。筋力、魔力、敏捷といった見慣れたパラメータの数値がずらりと並んでいる。 中央には俺自身の全身像が3Dホログラムのように映し出されていたが——残念ながら、黒髪に地味な黒の学生服姿のままで、見た目自体に特別な変化は起きていないようだった。

だが、画面の最上段に輝く金色の文字列を見た瞬間、大広間のあちこちから息を呑む音が漏れ、直後に地鳴りのような歓声が上がった。

「お、おお……っ! クラス【光の勇者】……ッ!」 「本物だ! 予言にあった、我らの待ちわびたお方だ!」

勝った。 俺は背中を向けたまま、見えないところで力強くガッツポーズを作った。ハズレ転生でも、追放系でもない。俺は正真正銘、この世界の主役として選ばれた本物の勇者なのだ。

歓声がひとしきり収まると、初老の男性が改めて居住まいを正し、深々と頭を下げて名乗り出た。

「名乗りが遅れました。私はこのチョート王国の国王、チョート・ゲンイ4世と申します。勇者様、現在この世界は魔族どもの侵略により、滅亡の危機に瀕しております。奴らの頂点に君臨する魔王を、どうかその類稀なる力で退治していただきたいのです」

頼りにされている。世界から必要とされている。 生前の世界では誰一人として俺に期待などしなかったのに。 全身を駆け巡る高揚感のまま、俺は即座に胸を叩いた。

「もちろん、この国は俺が救ってみせます!」

そう宣言し、大広間に集まった貴族や兵士たちに向かって誇らしげに大きく手を振ってみせる。フロア中から拍手喝采が巻き起こった。

「ありがたき幸せ! もちろん我が王国といたしましても、勇者様には全力の支援を惜しみませぬ。……おい、者ども!」

国王がパンパンと手を叩くと、大広間の扉が開き、十人の男女が足並みを揃えて進み出てきた。彼らは俺の前に整列すると、一斉に片膝をついて臣下の礼をとる。

「この者たちは、我が王国の精鋭たちでございます。防護の観点からも、まずはこの十名の中から三名を選び、お供として連れて行ってくだされ。……お前たち、勇者様に挨拶を」

王の合図を受け、一人ずつ順に立ち上がっていった。

まず立ち上がったのは、青色の重厚な甲冑を纏った、短髪で長身の男だった。 「俺は重騎士のリンゴ。敵の攻撃を受け止める壁や、馬鹿力が必要だったら俺を選びな」

続いて立ち上がったのは、鮮やかな青い拳法服に身を包んだ、お団子頭の小柄な女性。 「私は剣闘士のアイヤ。徒手空拳での戦いを得意にしてるアル。武器の補充もいらないし、どんな場面でもお役に立てるアルよ」

次にすっと音もなく立ち上がったのは、ピンク色の忍者装束を着た身軽そうな女性だ。 「拙者は、東国の暗殺術を修めし忍者のニンニンでござる」

その次は、二人が同時に立ち上がった。 一人は黒いローブを纏い、目深にとんがり帽子を被った人物。もう一人は白いローブを着て、同じく深くフードを被っている。どちらも顔が隠れていて男か女かすら判別がつかない。二人は重なり合うようなボソボソとした小声で、声を揃えて言った。 「「魔術を得意としています。白(黒)魔術でしたら、誰にも負けません」」

続くのは、銀色の軽装鎧をスマートに着こなした涼しげな美女。胸に手を当て、軽く会釈をする。 「フワと申します。剣、弓、槍……戦場におけるほとんどの武具を使いこなせます」

次は、丸眼鏡をかけ、ベレー帽をちょこんと被り、裾の長いマントを羽織った小柄な少年のような人物だ。 「調合士のズサです。ポーションの精製から鉱物学、植物の合成、旅に必要な知識なら何でもお任せください!」

次は、身の丈ほどもある巨大な両手斧を背負い、粗末な革の軽装防具を身につけた筋骨隆々の大男。 「俺はバーサーカーのレッド! 細かいこたぁいい、とりあえず敵のど真ん中で暴れさせてくれるなら何でもいいぜ!」

その横から、ひょうきんな足取りで飛び出してきたのは、ド派手なピエロの衣装を着た男だった。 「私はポップル〜! 冒険の役には立たないかもしれないけれど、退屈な道中の暇潰しにはなるよーん!」 そう言いながら、手品のように指先から花やカラフルな手鞠をポンポンと飛び散らせてみせた。

そして最後に凛とした足取りで一歩前に出たのは、白銀のプレートアーマーに身を包み、眩い金髪をなびかせた凛々しい女性だった。 「私はこの王国騎士団の団長を務める、キリンだ。勇者様、国のため、民のためであるならば、この命を捧げる覚悟はいつでもできている」

全員が名乗りを終えると、国王が満足そうに頷きながら言葉を添えた。 「どうですかな、勇者殿。いずれもこの国の選りすぐりの精鋭たち。誰を選んでも、必ずや戦いの役に立つはずですぞ」

さて、誰を仲間にしようか。 前衛にリンゴかキリン、回復役に白魔術師、知識役にズサあたりが無難だろうか……そんなゲーム的なパーティ編成を考えながら、俺は十人の並びを端から端へとゆっくり見渡した。

その時、十人の精鋭たちが並ぶ列のずっと端っこ——影になった壁際に、ぽつんと佇む小さな影が目に留まった。

身の丈の倍もありそうな、ぼろぼろの麻袋に詰められた大きな荷物を両腕で必死に抱え込んでいる少女。 そして何より、その頭には、不安そうにぺたりと垂れ下がった獣のような犬の耳が生えていた。

俺は思わず、おずおずと指を差して尋ねた。 「あの……あそこの端にいる女の子は、誰ですか?」

その瞬間、大広間の空気が一変した。 国王がギョッとしたように目を見張り、慌てた様子で吐き捨てるように言った。 「あ、これは失礼いたしました勇者殿! 誰だ、亜人などという薄汚い生き物をこのような神聖な場に入れたのは! おい、衛兵、早くそいつをつまみ出せ!」

その言葉に真っ先に反応したのは、バーサーカーのレッドだった。 「おいクソ犬! てめえ、荷物番は外で待ってろって言っただろうが!」

レッドの怒声を引き金に、精鋭たちや周囲の兵士たちからも次々と冷酷な罵声が浴びせられる。 「ええい、神聖な召喚の儀に亜人を立ち入らせるなど不敬であるぞ!」 「獣臭くてたまらん、早く追い出せ!」 「薄汚らわしい連中め、視界に入るだけで不愉快だ!」

犬耳の少女は、怯えたように肩をすくめ、耳をさらにぺたんと倒した。 反論するどころか、ただ寂しそうに、悲しそうに瞳を伏せ、自分よりも重そうな大荷物を抱え直して、トボトボと部屋の出口へ向かって歩き出す。周囲の兵士たちは、汚いものに触れるのを嫌がるように露骨に身を引いて道を開けていた。

——その光景が、生前のあの教室と、恐ろしいほど重なった。

『あんた、ミヤに対していったいどういうつもりなのよ』 『きっしょ、マジでキモいんだけど!』 『謝れ! 謝れ! 謝れ!』

耳の奥で、嘲笑と怒号が蘇る。 一方的な決めつけ。理不尽な悪意。多勢に無勢の暴力。 声も上げられず、歯向かうことすら許されず、ただ頭を下げてその場から逃げ出すしかなかった、あの時の惨めな俺自身。

頭の芯が、ぐつぐつと煮えくり返るような怒りで真っ赤に染まった。 考えるよりも早く、俺の喉から怒号が飛び出していた。

「何が王国だ! 何が精鋭だッ!!」

静まり返る大広間。全員がぽかんとした顔で俺を見る。だが、一度溢れ出した感情はもう止まらなかった。

「俺はな……こんな理不尽な数の暴力が一番大っ嫌いなんだよ! お前らみたいな奴らの助けなんていらねえ! 俺は、あの亜人の子と一緒に世界を救ってやる!」

俺は叫びながら駆け出し、出口へ向かっていた少女の元へと走り寄った。 そして、彼女が抱えていた馬鹿みたいに重い麻袋を強引に奪い取ると、床へ向かって思い切り放り投げてやった。ドサリと鈍い音が響く。 「え……? あ、あの……?」 目を白黒させて固まる少女の細い肩に、俺はぐっと手を回した。

事態についていけない国王が、顔を真っ赤にして壇上から叫んだ。 「ゆ、勇者殿! 貴方はこちらの世界に来たばかりで何も分かっておられない! 亜人は魔物の手先であり、我ら人に仇なす害悪なのですぞ! 人の平和を、大局を考えてくだされ!」

「何が魔物の手先だ!」 俺は国王を指差して怒鳴り返した。 「何も言い返せない相手を大勢で寄ってたかって虐めてる、今のお前らのやってることの方がよっぽど『悪』だろ! 何が人の平和のためだ、ふざけるな!」

「勇者といえど……無礼が過ぎるぞ!」 国王の顔から笑みが完全に消え、激昂した声が響く。 「この国の秩序を乱し、そのような態度をとるというのであれば、王国からの支援は一切打ち切りだ! 金も、装備も、兵の護衛も、何一つとして与えんぞ!」

「上等だバカ野郎! 誰がてめえらの施しなんか受けるか! 俺はこの子と一緒に、俺のやり方で世界を救ってやるよ!」

俺は呆気に取られている小柄な少女をそのまま横抱きにかき抱いた。 「ひゃああっ!?」と可愛らしい悲鳴が上がったが構うものか。 俺は踵を返すと、呆然として槍を下ろしたままの衛兵たちを睨みつけ、大股で大広間の扉を蹴破るようにして飛び出した。

「お、おい! 止めろ!」 「いや、しかし勇者様を傷つけるわけには……」 背後から狼狽する国王や騎士たちの怒号が聞こえたが、誰も本気で俺を拘束しようとはしてこなかった。 俺は豪華な城の廊下を走り抜け、階段を駆け下り、門番たちの制止も無視して、巨大な城門を力任せに潜り抜けた。

そのまま夢中で走り続け—— 城下町の喧騒を抜け、人気のない城壁の外れの街道までたどり着いたところで、ようやく足が止まった。

息を切らしながら、腕の中にいた少女をそっと地面に下ろす。 少女は驚きと戸惑いで目をパチクリさせながら、自分を見下ろす俺をただじっと見上げていた。

辺りには、乾いた風が吹き抜ける音だけが響いている。 城からの追手が来る気配はない。

静寂が戻ってきた瞬間、沸騰していた俺の頭が、急速に冷え切っていった。

……あれ?

俺は、青空の下でひとり立ち尽くした。

金? 一銭も持ってない。 装備? 着の身着のままの学生服とスニーカーだけだ。 知識? この世界の地理も、魔王がどこにいるのかも、魔法の使い方すら何一つ知らない。 仲間? 頼もしい騎士団長や魔法使いを全部袖にして、連れてきたのは怯えた犬耳の女の子ひとり。

サーッと血の気が引いていく。 掌から冷や汗が噴き出してきた。

(や、やっちまったああああああっっっ……!?)

勢いに任せて啖呵を切ったのはいいものの、現実が容赦なく脳天を殴りつけてくる。 俺は世界のことなんて何一つ知らないまま、チュートリアルも、初期装備も、豪華なスターターパックも全部ゴミ箱に放り投げて、右も左も分からない異世界の大地に放り出されてしまったのだ。

冷たい風が、学ランの裾を無情に揺らしていた。


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