陰キャが異世界転生してモテモテ勇者に きらりの章その1

私が旅への同行を申し出た瞬間、ユウ様の腕にしがみついていた亜人の娘が、ギロリとあからさまな敵意を剥き出しにして牙を剥いてきた。

「旅なら、私がユウを助けるから大丈夫だ。余計な人間はいらない」

威嚇するように唸る娘に対し、私は淑やかな微笑みを崩さず、ふっと優雅に目を細めてみせた。

「あら。では貴女に、伝承に謳われる『三種の神器』が眠る地や、魔王城の正確な座標が分かりますの?」 「えっ……」

図星を突かれた娘の顔が、途端に気まずそうに曇る。私はここぞとばかりに胸を張り、ユウ様に向き直った。

「私でしたら、我が『光の使徒』に伝わる聖なる経典から、勇者様の旅路に役立つあらゆる叡智をご提供できますわ。……申し遅れましたが、光の使徒のA級シスター、きらりと申します。解呪の秘法、神秘の治癒儀式、経典に記された各地の地誌や魔物情報、さらには各地の修道会からの全面的な支援物資の手配に至るまで、必ずや勇者様のお力になってみせます」

「そうか! それはすごく心強いな。これからよろしく頼むよ、きらりさん!」

ユウ様がパアッと顔を輝かせ、屈託のない満面の笑みを私に向けてくださった。 (ああ……っ、尊い……!) 後光が差しているかのような笑顔の背後で、亜人の娘が「イーッ!」と口を尖らせて忌々しそうに私を睨みつけていたが、そんなものは視界の塵にも等しかった。

神よ、感謝いたします。 物心ついたあの日から、夢にまで見続けていた『勇者様をお手伝いする』という人生最大の栄光が、今まさに私のこの手の中にあるのだから。

私は生まれながらにして「光の使徒」の一員だった。正確に言えば、物心がついた時にはすでに孤児院の礼拝堂で祈りを捧げていた。 聞けば、生後間もなく教会の門前に捨てられていたらしい。実の両親が何者であったかなど、今の私には欠片の興味もなかった。 なぜなら、物心つく前から私の心を奪い、満たし続けていたのは、歴代の『勇者伝説』の眩い輝きそのものだったからだ。

数百年に一度、混沌に沈む世界を正すために異世界より喚び出される奇跡の勇者。 その勇者を支え、導くために数千年の歴史を紡いできたのが、私たち「光の使徒」教団だ。 幼い頃の私は、聖典に記された歴代勇者の英雄譚を貪るように読み耽ったものだ。天を覆う巨大なドラゴンを討ち滅ぼした武勇伝、信じ合える仲間たちとの固い絆。役目を終えて異世界へと帰還した勇者もいれば、この世界に留まり新たな平和の王国を興した勇者もいた。 私の人生のすべて、憧れの象徴——それが勇者様という存在だった。

ここ数年、魔族の軍勢が活発化し、前代の勇者の降臨から数百年が経過していたこともあって、教団内でも「そろそろ新たな勇者様が召喚されるのではないか」と連日話題で持ちきりだった。 そんな大舞台を目前にして、ユリ神父からこの山奥の辺境の村へ派遣を命じられた時、私は絶望のあまり神を恨みそうになったものだ。 こんな寂れた村に勇者様が立ち寄るはずがない。私は一生、都の同胞たちが勇者様と紡ぐ輝かしい噂話を、指をくわえて聞くことしかできないのか、と。

しかし、まさかユリ神父様が、この村へと直接勇者様を導いてくださるとは。 いきなり「亜人の隷属の首輪を外してくれ」と言われた時は正気を疑ったが……万物にあまねく慈愛を注がれる勇者様だ。その底知れぬ慈悲の心は、亜人のような哀れな生き物にすら平等に向けられているのだと、今なら深く理解できた。

「勇者様、私からのご提案ですが、最初の目的地には『世界樹の森』をお勧めいたします。三種の神器の一つが眠る地であり、この村から最も近い距離にございますので」 「いいね! じゃあさっそくそこへ向かおうか!」

即断即決。なんと凛々しく、頼もしい決断力だろう。 「承知いたしました。では、旅の荷物をまとめる前に……少々お待ちいただけますか?」

私は礼拝堂の奥の倉庫へ走り、大切に保管していた一揃いの衣装を抱えて戻ってきた。 「その学生服という服装では、野山を駆けるには少々動きにくいかと存じます。古き伝承において勇者様は『青き衣を纏う』と伝えられておりますので、動きやすさと実用性を兼ねた衣服をご用意いたしました」

私は恭しく膝をつき、両手で衣装を差し出した。 丈夫な青のトラベラーパンツに、淡い水色のチュニック、そして風になびく美しい蒼穹のマントの一式だ。 そして、その隣でぼんやりと突っ立っていた亜人の娘へと視線を向け、手元に残ったもう一着を突き出した。

「それと、そこの亜人。そのような粗末ななりで同行されては、勇者様の沽券に関わります。少しはまともな身なりをしなさい」

手渡したのは、動きやすい青い拳法服だった。 本来なら亜人などに教団の服を与えるなど論外なのだが、背に腹は代えられない。昨日の急成長のせいで、彼女が着ていたボロ布はあちこちが引き裂かれ、肢体を隠しきれずにパツパツになっていたのだ。そんな破廉恥極まりない扇情的な姿で、純真無垢な勇者様を誘惑されてはたまったものではない。

「では、私は旅の荷造りをしてまいりますので、その間にお着替えを済ませておいてくださいませ」

支度を整え、聖具と経典を鞄に詰め込んで戻ると、そこには見目麗しい青の衣装を纏ったユウ様が立っていた。 ああ、素晴らしい……まさに絵物語から抜け出してきた勇者様そのものだわ!

こうして、私の待ち焦がれていた冒険の旅が幕を開けた。

……とは言っても、ここから世界樹の森へ続く街道の中間地点までは整備された道が続いているため、まずは定期の乗合馬車に揺られて次の宿場町を目指すことになった。

ところが、いざ馬車の客車に乗り込んでみると、思わぬ試練が私を待ち受けていた。 がたごとと揺れる狭い車内。 向かい合って座ると、目の前に憧れの勇者様がいる。手を伸ばせば触れられてしまうほどの至近距離だ。 何か話さなきゃ、知的な情報を提供しなきゃ……そう思えば思うほど、心臓が爆発しそうなほど激しく跳ね上がり、喉がカラカラに干からびていく。 目の焦点は合わず、脇の下からは冷や汗がダラダラと流れ落ちて止まらない。

そんな私の硬直した視界の端で、信じがたい光景が繰り広げられていた。 あろうことか、あの亜人の娘が、ユウ様の膝の上に我が物顔で頭を乗せ、喉をゴロゴロと鳴らしながら甘えくさっていたのだ。 (なっ……ゆ、膝枕……!? う、羨ましすぎる……!!)

私の内心の憤死を知る由もなく、娘は呑気にユウ様と雑談を交わしている。 「こんな綺麗な服を着られたの、生まれて初めてだ。ユウ、私この服すごく気に入った! ……きらりって、意外といい奴だったのかな。あー、本当に幸せだー」 「あはは、似合ってるよガオン。きらりさんに感謝しないとな」

だらだらと、まるで長年連れ添った夫婦のように馬車の旅を楽しんでいる二人。 不敬よ! 離れなさい! と怒鳴り散らしたいのは山々なのだが、当の私は極度の緊張で舌が上顎に張り付き、引きつった笑みを浮かべたまま「あ、う……」と掠れた声を漏らすのが精一杯だった。

生きた心地のしない数時間を耐え抜き、夕暮れ時、馬車はようやく中継地点の大きな宿場町へと滑り込んだ。 馬車を降り、ようやく「シスターとしての役目」ができたことで、私の緊張は急速に解けていった。

「ふう……お尻が痛い」 腰を擦りながら悪態をつく亜人に、ユウ様が苦笑いを浮かべる。 「街道を歩いて魔物に襲われるより、ずっと楽だったじゃないか」 流石は勇者様、物事の道理をよく弁えていらっしゃるわ。

「それでは町の教会へ赴き、今夜の宿舎を手配していただきましょう」

私は二人を先導し、街の中央に聳える立派な教会へと案内した。 礼拝堂へ足を踏み入れ、身分を明かすと、応対に出てきた神父様はユウ様の存在を知るや否や「おお、勇者様……!」と涙を流して狂喜乱舞した。そして、一も二もなく教会の敷地内にある貴賓用の離れを宿所として提供してくださったのだ。

「最初の王都では王様に反対されて、宿屋にも泊めてもらえなかったからさ……『光の使徒』って、本当に勇者を称えてくれてるんだね。なんだかちょっと照れくさいや」

ユウ様が頭を掻きながら恐縮そうに笑う。 教団の誇る最高級の料理とワインが振る舞われ、楽しい夕食を終えた後、私たちは案内された離れへと向かった。

通された寝室には、清潔なシーツが張られたベッドが三つ、等間隔に並んでいた。 自然な流れで、ユウ様が真ん中のベッドに、その両脇に私と亜人が入ることになる。

部屋の魔導ランプの灯りが落とされ、静寂が夜を支配する。 暗闇の中、私の心臓は再び制御不能な暴走を始めていた。 わずか一メートル横のベッドに、憧れの勇者様が横たわっているのだ。 眠れるはずがない。これからの旅路を想像するだけで、脳内はピンク色と極彩色の妄想で埋め尽くされていく。 私もいつか、勇者様と背中を合わせて邪悪なドラゴンを討ち滅ぼすのかしら? そして訪れる平和な世界で……もしかしたら、勇者様と運命の恋に落ちて、教団の歴史に名を残す聖なる伴侶になったりして……!?

そんな甘美な妄想に身悶えしていると、隣のベッドから規則正しい、静かな寝息が聞こえてきた。 ユウ様が眠りにつかれたのだ。 ふふ、無防備な寝顔もきっと素敵……そう息を潜めていた、その時だった。

カサリ、とシーツが擦れる微かな物音が静寂を破った。 何事かと目を凝らし、ユウ様のベッドの方向を見つめた私は、息を呑んだ。

あの亜人の娘が、自分のベッドから音もなく這い出し、ユウ様の掛け布団の中へと音もなく潜り込んでいくではないか。 (な、何をして……!?) 全身の血が沸騰するような怒りで、視界が真っ赤に染まる。 神聖なる勇者様の寝所に夜這いなど、万死に値する大罪よ! 今すぐモーニングスターで頭部を粉砕してやるわ!

怒気を含んで跳ね起き、怒鳴りつけようとした瞬間—— 布団の中から顔を出した亜人の娘と、暗闇の中でバチリと視線がぶつかり合った。

娘は悪びれる様子もなく、琥珀色の瞳をトロンと細め、寝ぼけ眼の掠れた声で私にこう言ったのだ。

「……ん? お前も、一緒に寝るか?」

「っっっっっっ!?」

一瞬、思考が完全に凍結した。 え? 一緒に? 勇者様の布団に? 私と、勇者様と、三人で……!?

怒りとは全く別の、桁外れの熱量が脳天を突き抜けた。 耳の先まで一気に血が集まり、顔面が発火しそうなほど真っ赤に燃え上がる。 「そ、そん……なっ……ば、馬・鹿なことをっ……神聖な……あ、あ、ありえな……っ!」

興奮と極度の羞恥心で呂律が完全に崩壊し、まともな言葉が一文字も紡げない。 私は逃げるように自分のベッドへとダイブすると、頭からすっぽりと毛布を被り、エビのように体を丸めた。

布団の向こうから聞こえる、二人の微かな体温と吐息の気配。 心臓が破裂しそうな轟音を響かせる中、私は朝が来るまで、一秒たりとも眠ることのできない悶絶の夜を過ごす羽目になったのだった。


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