陰キャが異世界転生してモテモテ勇者に 悠久な愛の章その1

世界樹の盾を無事に入手し、村中が歓喜に沸いた大宴会の翌朝。 フワン長老へ正式な報告を行うため、一同が長老の館に呼び集められた。

私がマーサの後に続いて部屋へ足を踏み入れると、真面目な顔をしたマーサが小さく口元を緩め、私に声をかけてきた。 「無事の帰還、ご苦労でした。世界樹の祠の案内、見事なお手柄です。」 「なーに、この程度朝飯前ですよ! いや、今朝はしっかり朝飯を腹に詰め込んでからここに来たから、朝飯後と言うべきかな? ハーッハハハハ!」

私が小粋なジョークを飛ばして場を和ませてやると、案の定、マーサは引きつった顔で眉間を押さえた。まったく、エルフの石頭どもにはこの洗練されたユーモアがどうして通じないのかね。

そんな軽口を叩き終えた直後、ギィと扉が開き、勇者一行が入室してきた。 だが、その光景を目にした瞬間、私ばかりか長老までもが目を丸くすることになった。 ……なんと表現すべきか。勇者君の両腕から、まるで生きた女性が生えてきたかのような凄まじい状態だったのだ。 彼の右腕にはウェアウルフのガオン君が胸を押し当てるようにしがみつき、左腕にはシスターのきらり君が負けじと体を密着させている。二人の美女に両脇を固められ、挟まれた勇者君は身動きも取れず、顔を真っ赤にして引きつった笑いを浮かべていた。

「おいおい、きらり! 昨日の祠で、ユウのことは私に任せるって言ったじゃんか!」 ガオン君が犬歯を剥き出しにして威嚇すると、きらり君は涼しげな微笑みを浮かべながら、その細い腕をさらにぎゅっとユウ君に絡めつけた。 「あら、そうでしたかしら? ウェアウルフは記憶力が乏しいと教団の書物で学んでおりましたが……どうやらこれも誤った偏見でしたのね。世の中、まだまだ学ぶべきことが多いですわ」

……ふむ。昨日、祠の前で命を投げ出そうとしたきらり君をガオン君が庇い、二人の距離がぐっと縮まったのを見て微笑ましく思っていたのだがね。どうやら昨夜の宴の裏で、きらり君は勇者君とも一気に距離を詰めてしまったらしい。 昨晩の私の知らないところで、何やら熱烈な夜の攻防があったようだ。男女のいざこざというのは、いつの時代も本当に難解で奥が深い。

私が腕を組んで感心していると、寝台の上のフワン長老が穏やかに口を開いた。 「世界樹の盾の継承、まことにおめでとうございます。皆さんはすでに、次なる神器を求めて旅立つ覚悟を決めていることでしょう。ここから最も近い地にあるのは、ドワーフの里の近郊に聳える活火山——『星のへそ』に封印されし『火山の剣』。まずはそちらを目指すのがよろしいかと存じます」

勇者君が両腕を絡め取られたまま、真剣な面持ちで頷いた。 「貴重な情報をありがとうございます。では、次はそこへ向かいましょう」 「ええ、よろしく頼みますよ。……ファーサ、貴方は昔からドワーフ族と懇意にしていましたね。星のへそまでの道案内、引き受けてくれますね?」

「もちろん、喜んで! 世界中が我が友であるこのファーサに、すべてお任せあれ!」

私が胸を叩いて豪快に請け負い、勇者たちを振り返ると——三人はいまだに互いの視線で火花を散らし、ぎゅうぎゅうと腕を引き合っていちゃついていた。 「コホン! 若い諸君、今が人生で一番楽しい盛りなのは痛いほどよく分かるんだがね、少しばかり私の話を聞いてもらえるかな?」

私の呼びかけに、三人が我に返って気まずそうにこちらを向いた。

……彼らは本当に若い。全員が十代の、みずみずしい少年少女だ。 男女の恋というものは、この年頃が一番輝かしく、一番楽しいものなのだろう。 遠い、あまりにも遠い昔の記憶が、私の胸の奥で淡く疼いた。

もう数百年も前のことだ。今となっては輪郭すら朧気で、まともには思い出せない。 けれど、かつての私もまた、熱烈な恋の末に生涯の伴侶と契りを交わしたことがあった。 ——それも、私とは寿命のまったく異なる、儚き人間と。

どんな出会い方をしたのか、なぜあれほどまでに深く愛し合ったのか、彼の顔立ちすら、時の濁流に削られてもう思い出すことはできない。 ただ一つ、魂の芯に焼き付いて消えないのは、最愛の人を看取り、一人取り残されたあの底知れぬ喪失感だけだった。

あのぽっかりと空いた胸の風穴を埋めたくて、私は新しい出会いを求めてエルフの森を飛び出した。 それから何百年もの間、私は世界を旅し続けた。 数十年をかけて見知らぬ大地を巡り、様々な種族と語らい、森へ戻って二、三年ほど休息を取っては、また衝動に突き動かされるように世界へ旅立つ。 人間、ウェアウルフ、竜人、魔人、鳥人、そしてドワーフ……。 あらゆる種族と友愛を重ね、時に肌を重ね、世間から見ればアブノーマルと呼ばれるような刹那の恋に身を委ねたことすらあった。 それでも——あの日失った心の空白が完全に埋まることは、決してなかったのだ。

だが、目の前にいるこの奇妙な勇者一行を見つめていると、どうだろう。 この風変わりで、危なっかしくて、眩しいほどに命を燃やしている若者たちと共にあれば……何百年も凍りついていた私の心に、今までにない強烈な感情の火が灯るのではないか。 そんな予感に、私の胸は久しぶりに心地よい期待で膨らんでいた。

私は意識を切り替え、旅慣れた冒険者としての鋭い顔を作った。 「改めてよろしく頼むよ、諸君。ドワーフの町までは大陸を越える長旅となる。相応の覚悟をしてくれたまえ。……では早速だが、まずは外洋へ渡る船に乗るため、ここから東の港町を目指す。各自の私物を手早くまとめて村の広場へ集合だ。ここでやれることは、もう何もないからね!」

私の号令に、三人はどこかエルフの村との別れを名残惜しそうにしながらも、それぞれ自室へと駆け戻っていった。

それから刻限が過ぎ、支度を終えた一行が広場の大樹の前に勢揃いした。 旅立ちの前に、私は顎に手を当てて一同を見据えた。 「さて、出発の前に一つ確認しておきたい。諸君、現在のレベルはいくつになったかね?」

三人はそれぞれ「フルオープン!」と唱え、空中に半透明のステータスウィンドウを展開した。

まずユウ君が画面を覗き込みながら口を開く。 「ええと、祠でのウッドゴーレム戦の経験値が入って、ちょうどレベル20になりました」 ふむ、並の人間であればすでにベテラン兵士に匹敵する数値だ。さすがは勇者、成長の補正値が並大抵ではない。

続いてガオン君が尻尾を揺らしながら言った。 「私は昨日、長老様に『森の闘士』へクラスチェンジしてもらったばかりだから、魔物を倒してないしレベル1のままだよ」 なるほど、表示こそレベル1だが、基礎能力値の数値を見ればユウ君のレベル20とほぼ遜色がない。上位クラスへの転換ゆえの圧倒的なポテンシャルだな。

最後にきらり君が、少し誇らしげに胸を張った。 「私はレベル23ですわ。ふふ、この中では私が一番高レベルのようですわね」 画面を盗み見ると、確かに数字は23と一番高い。だが、クラスは一般的な聖職者のまま。ステータスの上昇率は極めて平凡で、実質的な戦闘能力値は残る二人に明確に劣っていた。

全員の現状を把握した私は、腕を組んでハッキリと言い放った。 「うむ、諸君の状況はよく分かった! ……ハッキリ言って、全員レベル不足だ! 旅の道中で死に物狂いで励みたまえ!」

踵を返して村の出口へ歩き出そうとすると、背後から一斉に不満の嵐が巻き起こった。 「ちょ、道案内してくれるのはありがたいけど、何でそんなに上から目線なんだよ!」 「そうですわ! まだ旅は始まったばかりなのですから、現段階としては十分すぎる強さです!」 「そうだそうだ! そこまで偉そうに言うファーサのレベルは一体いくつなんだよ!」

三人が明らかに不満顔を露わにして、食ってかかるように詰め寄ってくる。 やれやれ、これだから血気盛んな若輩者は困る。

「おっと、説明不足で失礼したね。私から見れば、君たちはまだ産着を着た赤子同然なのだよ。……フルオープン」

私が軽く呟いて指を鳴らすと、私の頭上に巨大な黄金のステータスプレートが展開された。

そこに刻まれていたのは—— クラス:【森の旅人】 レベル:【78】

圧倒的な桁数のHPとMP、そして桁違いの筋力と敏捷値。 三人のステータスを全員分束ねてもまるで届かない、文字通りの『化物』の数値だった。

「……これで、私の言った意味が分かってもらえたかな?」

広場が水を打ったように静まり返った。 三人は目を白黒させ、顎が外れそうなほど口をあんぐりと開けて固まっている。 そして次の瞬間、先ほどとは全く質の異なる、ぐぬぬと奥歯を噛み締めるような屈辱と不満の表情を浮かべた。

「ハーッハハハハ! まあ気落ちすることはないさ! こう見えても私は数百年の時を生き、世界中を踏破してきた身だからね。だが、世界は広いぞ? このレベル78の私ですら、未知の魔境では幾度も命の危機に晒されてきたのだ。諸君、驕ることなく精進したまえよ!」

そうして私たちは、港町を目指してエルフの村を後にした。 とはいえ、ここからの道程は昨日までの原生林の強行軍とは打って変わってイージーなものだ。エルフの結界を抜けて最寄りの人間の集落まで歩きさえすれば、あとは定期の大型乗合馬車に揺られて港町へ直行するだけなのだから。

……ただし、港町に至る平原街道に、魔物が出ないとは言っていない。

ガタゴトと揺れる馬車の客車の中。 魔物の咆哮が響くたび、私はふかふかの座席に深く腰掛けたまま、窓から顔を出して手を振るだけだった。

「はい諸君、街道の安全確保の時間だぞ! なーに、私はすでにカンスト間近でレベリングなど一切不要だからね、君たち三人だけで戦ってきたまえ! 安心したまえよ、ここら一帯に出没する有象無象の中に、世界樹の祠のウッドゴーレムより強い魔物など一匹もおらんからな! いってらっしゃーい!」

もちろん、ゴーレム以上の単体強敵はいない。 だが、私の神聖術の支援も鉈の援護もないまま、次から次へと群れをなして襲い来る荒野の野犬やゴブリンの騎兵隊を相手に、休みなく連戦を強いられるとなれば話は別だ。

「ライトアロー! くそっ、また右から湧いてきたぞ!」 「あーもうっ! 馬車を引く馬に近づけるんじゃないよ、この駄犬どもが!」 「ユウ様、後ろですわ! 神よ我が祈りを……ああ、息が、息が続きませんっ!」

馬車の外から聞こえてくる、必死の悲鳴と怒号のシンフォニー。 私は窓辺でエルフ特製の紅茶を優雅に啜りながら、若い彼らの奮闘を微笑ましく見守っていた。 これも可愛い雛鳥たちを一人前に育てるための、愛あるスパルタ教育というものさ。

数日後。 果てしなく広がる青い大海原と、潮の香りを運ぶ海風が吹き抜ける港町の町境が見えた頃——。 馬車のステップから転がり落ちてきた勇者一行の三人は、泥と返り血に塗れ、魂が口から抜け出たかのように、完全に白目を剥いてへとへとになり果てていたのだった。


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