陰キャが異世界転生してモテモテ勇者に 悠久な愛の章その4

火山の奥深くに鎮座する『大地の祠』を目指し、私たち一行は赤茶けた岩肌の山道へと歩を進めた。 ここ『星のへそ』もまた、世界樹の森と同様に太古からの聖域であるため、道中に野生の魔物はほとんど姿を現さない。先頭を歩くキンカが、巨大なリュックを揺らしながら得意げに鼻を鳴らした。

「いいか、ここはちっとばかし蒸し暑いぐらいで、ただ山を登るだけの道だ。足腰さえあれば誰でも祠までは辿り着けるからな、とっとと行くぞ!」

そう言い放つと、キンカは短い足を驚異的な回転数で動かし、ずんずんと早足で斜面を登っていく。確かに彼女の言葉通り、肌を焼くような熱気と硫黄の匂いさえ我慢すれば、これといって困ることもない道のりに見えた。

——しかし、しばらく進んだところで、私たちの行く手に垂直に切り立った絶壁の崖が立ちはだかった。 見上げるような高さの岩壁を前にしても、キンカは先ほどと変わらないあっけらかんとした調子で言った。

「ああ、この崖はな、すでに先人たちによって岩肌にハーケンが打ち込まれて設置されてるから大したことはねえ。私が先に登って上からロープを垂らしてやるから、お前らはそれに沿って登ってこい!」

言うが早いか、キンカは手慣れた身のこなしで岩の突起とハーケンに手足をかけ、猿のようにスルスルと絶壁を登りきると、上から太い麻のロープを投げ下ろしてくれた。 「ありがとう、すぐ追いかけるよ!」 私は垂らされたロープを軽く握り、風のように軽やかに岩肌を蹴って一気に上へと登りきった。崖の上から下を覗き込み、残る三人に声をかける。 「おーい! 安全は確保したぞ、早く登ってきたまえ!」

私の声に応え、野生児であるガオン君は「よっと!」と爪とロープを器用に使ってススッと危なげなく登ってきた。 だが——こうした険しい登山は生まれて初めての経験なのだろう、下に取り残された勇者殿ときらり君の二人は、ロープを握りしめたまま明らかにもたついているようだった。

「ひぃいいいいっ……! た、高いぃい……っ、下見たら死ぬうう……!」 「ゆ、ユウ様、揺らさないでくださいませ……! あ、足が滑りますわぁぁ……!」

情けない悲鳴を風の音に混ぜながら、二人は生まれたての小鹿のように足をプルプルと震わせ、気の遠くなるような長い時間をかけてようやく崖の上へと這い上がってきた。 その様を見ていたキンカは、こめかみに青筋を浮かべて露骨にイライラと貧乏ゆすりをしていた。 「ったく、前人未踏の魔境を行くわけじゃねえんだぞ……。これぐらいの整備された崖、世界を救う勇者一行ならヒョイと登れないもんかねえ!」

しかも、そういった難所はこの一箇所だけではなかった。 同じような絶壁が幾度も私たちの前に立ちはだかり、その度に二人の悲鳴とキンカの怒号が繰り返されることとなった。そうして散々時間を食った末に、私たちはようやく火山の最深部——『大地の祠』へと辿り着いたのだった。

目の前に広がっていたのは、畏怖を覚えるほど荒々しくも神秘的な光景だった。 黒く冷え固まった溶岩が自然に絡み合い、巨大な女神像のような姿を形作っている。そしてその女神像の背後には、グツグツと煮え滾り、真っ赤な熱光を放つ巨大なマグマだまりが広がっていた。

私たちが祭壇の前に足を踏み入れると、溶岩の女神像から重々しく響く声が聞こえてきた。

『ここは、大地の祠。旅の者よ、お前たちは何を求めてこの灼熱の地へ来た』 息を整えた勇者殿が一歩前に出て、力強く答える。 「『火山の剣』を求めてここまで来た! 魔王を倒すため、どうしてもその剣を手に入れたい!」 『わかった。では、我が試練を受けてもらおう。……まずは、お前たちの力を示してみよ』

祠の声が響き終えた直後、ゴゴゴゴゴッ!と凄まじい地鳴りとともに祭壇の前の大地が激しく隆起し、巨大な人型の塊へと姿を変えた。

『まずは、このマグマゴーレムを打ち倒してみせよ!』

隆起した岩石の巨人は、瞬く間に内側からマグマのような猛烈な熱気を帯び始めた。全身の亀裂が真っ赤に発光したかと思うと、轟音を立てて私たちへと襲いかかってきた。

「フォーメーションを組め!」 勇者殿の鋭い号令一下、全員が即座に戦闘態勢へと移行する。 真っ先に動いたのは、世界樹の祠で悔しい思いをしたきらり君だった。彼女は聖印を強く握りしめ、凛とした声を張り上げた。

「——『ウォータープロテクション・アンド・ウォーターイクイップメント』ッ!」

清涼な蒼い光の奔流が弾け、パーティー全員の全身と武具に、灼熱を弾く水属性の強力な加護が付与される。この火山という環境において、これ以上ないほど的確な初動の補助魔法だ。 そして水色のオーラを纏ったガオン君と勇者殿が、左右から同時にマグマゴーレムへと躍りかかった。

白熱する攻防を後方から見極めながら、私は冷静に戦況を分析し、申し訳なさそうに声を上げた。 「申し訳ない、みんな! どうやら私は、この戦いでは戦力になれそうにないよ!」 「ええーっ!?」 剣を振るいながら驚きの声を上げる勇者殿に、私は肩を竦めて説明した。 「私はレベルこそ高いがね、扱える魔法の属性は『大地』と『風』の二つだけなのだよ! その属性をいくらぶつけたところで、溶岩の塊であるこのマグマゴーレムにはまるでダメージが通らんのだ!」 「わ、わかりました! ファーサさんは後ろで見ていてください!」

勇者殿の言葉に甘え、私は安全な後方へと下がり、腕を組んで黙って戦況を見守ることに徹した。 きらり君の水属性付与のおかげでダメージは通っているものの、マグマゴーレムは周囲の熱を吸収して絶えず肉体を再生させていく。戦いは一進一退の攻防が続き、やがて完全な膠着状態へと陥っていた。

(うーむ……このままではこちらの体力と魔力が先に尽き、ジリ貧で負けてしまいそうだな) 私がどこか他人事のように顎を撫でながら眺めていると、隣に立っていたキンカが肘で私の脇腹を小突いてきた。

「おいファーサ。お前の気持ちはよくわかるぜ。お前、本当は協力したくてたまらないのに、手が出せずに歯がゆい思いをしてるんだろ?」 「……ああ。ただね、ここまで必死に強くなってきた勇者殿たちの努力を無視して、私が力任せに解決してしまうのは違うと思ってね。傍観に徹しているのさ」 「あの勇者たちは十分よく頑張ってるさ。だからよ、ほんの少しの一押しぐらいはしてやってもバチは当たらねえと思うぜ。……なあ、ちょっと俺に力を貸してくれないか?」 「もちろんさ。何をすればいい?」

キンカはニヤリと不敵に笑うと、背負っていた巨大なリュックの中から、見たこともない複雑な金属製の筒——重厚な魔導銃を取り出した。

「こいつは俺が開発した、込めた魔力を弾丸として銃口から発射する武器なんだがな。さらに改良を重ねて、『魔力の属性変換装置』と『魔力の高密度蓄積装置』を組み込んだ最新型だ。ここに、お前の莫大な魔力を注ぎ込んでくれ。……ただし、魔力の蓄積中は完全に無防備になる。その間、あいつらに敵を引きつけて頑張ってもらわなきゃならねえが、協力は仰げるのかい?」

私は微笑み、ダメ元で前線の彼らに向かって声を張り上げた。

「勇者殿! このまま戦い続けていてもジリ貧の状況だ! こちらに奴を一発で吹き飛ばせる秘策があるんだが、良ければマグマゴーレムの気を引くために、君たちで積極的に攻撃を仕掛けて時間を稼いでもらえるかな!?」

これまで散々、馬車や船で彼らに戦いを丸投げしてきた私だ。疑われても仕方がないと思ったのだが——。

「わかった! そっちは頼んだぞ、ファーサさん!」

勇者殿は一秒の躊躇もなく即答し、ガオン君と息を合わせて、これまで以上に猛烈な連撃をマグマゴーレムへと叩き込み始めた。 私の言葉を、理由も聞かずに一瞬で信じて背中を預けてくれるとはね。胸の奥が、熱いマグマとは違う温度でじんわりと満たされていく。

「キンカ、どうやればいいんだ!?」 「この装置の吸魔核に手をかざして、ありったけの魔力を注ぎ込んでくれ! 横のメーターの針がマックスを振り切るまで、全力で頑張ってくれよ!」

私は即座に銃の後部に備え付けられた水晶の装置に両手をかざし、自身の魔力を一気に解放して注ぎ込み始めた。 恐ろしい力で渦を巻いて私の魔力が吸い上げられ、装置の中で激しく属性変換されていく。 ……なるほど、これはなかなかに骨の折れる作業だ。私のレベル78の膨大な魔力をもってしても、底なしの沼に水を注ぐようにごっそりと力が削り取られていく。 だが、目の前で全身に火傷を負いながらも、必死にゴーレムの巨腕を受け止めている勇者殿たちの背中を見れば、弱音など吐けるはずもなかった。

「おおおおおおおっ……!!」

私は歯を食いしばり、己の魂の底にある魔力の最後の一滴まで絞り出すつもりで、力の限り魔力を注ぎ込み続けた。 数分後——カチリ、と音を立ててメーターの針が限界値であるマックスへと到達した。 同時に、魔力を使い果たした私の膝からガクンと力が抜け、その場にへたり込む。

「よく頑張ったな、ファーサ! ……じゃあ行くぜ! おい勇者さんよ、巻き込まれたくなかったら今すぐ離れろッ!」

キンカが銃身を肩に担ぎ上げ、銃口を真っ直ぐにマグマゴーレムへと向けた。 その声に反応し、勇者殿とガオン君が弾かれたように左右へと跳躍して距離を取る。目の前の獲物を失ったマグマゴーレムが、キンカの声に引き寄せられるように、ギョロリとこちらへ巨体を向けた。

キンカは片目を閉じ、燃え盛る巨人の中心へと正確に照準を合わせた。

「——いっちまいなッ!!」

引き金が引かれた瞬間、世界から音が消え、直後に鼓膜を突き破るような轟音と極光の奔流が銃口から解き放たれた。 属性変換され、極限まで圧縮された私の魔力が、絶対零度の蒼い激流となってマグマゴーレムを直撃する。 咆哮を上げる暇すらなかった。身の丈十メートルに及ぶ溶岩の巨人は、その莫大なエネルギーの前に塵ひとつ残さず、文字通り跡形もなく吹き飛ばされたのだった。

静寂が戻った祠の床に、勇者殿たちがドサドサッと尻もちをついてへたり込んだ。 「はーっ……やっと、倒せたー……」 「もう、へとへとですわ……」 「くそっ、本当に手ごわい戦いだったな……」

全員が肩で息をしながら、力尽きた様子で床に倒れ込む。私も魔力切れの頭を抱えながら、安堵の吐息を漏らした。 だが——ほっと胸を撫で下ろした私たちの頭上に、再び溶岩の女神像から厳かな声が降り注いだ。

『——見事だ。お前たちは、試練に挑むための最低限の力を示した。……だが、本当の試練はこれからだ』

その言葉が響き渡ると同時に、女神像の背後で煮え滾っていたマグマだまりの中心がゴボゴボと激しく泡立ち、真っ赤な溶岩の中から一振りの大剣がゆっくりとせり上がってきた。

『これより行うは、『勇気の試練』。真なる勇者よ、あの剣をその手で引き抜いてみせよ』

試練の宣告を受け、私たち一行は視線を奥へと向け——そして、全員が言葉を失って唖然と立ち尽くした。 なぜなら、神器の剣が突き立っているのは、足を踏み入れれば骨まで一瞬で溶け落ちる、灼熱のマグマだまりのど真ん中だったからだ。


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