陰キャが異世界転生してモテモテ勇者に 機械仕掛けの天使の章 その1

いつになったら、私に人間の気持ちがわかるようになるのだろう。

目の前で、神器を手に喜び合う勇者一行の姿を見つめながら、私の中ではずっと理解できぬ状況が続いていた。

私に蓄積されている、かつてこの星を滅ぼしかけた古代文明の「人間行動心理データベース」からすれば、最初に私が変形したあの『黒髪の美女』こそ、マスター——光の勇者ユウの網膜パターン、及び瞳孔の微細な収縮から弾き出された、最も彼好みの外見であったはずだった。 しかし、あの時マスターが示した生体反応は、好意ではなく、明らかな『恐怖』と『警戒』、そして強い拒絶であった。私のシステムはそれを検知し、すぐにデータ上の「好み」とは真逆の性質——派手な金髪に小麦色の肌を持つ『ギャル』へと外見を再構築した。 すると、マスターの心拍数は一気に安定し、安堵の脳波が観測されたのだ。 データ上の「好み」に恐怖し、その真逆に安心する。人間の精神構造は、あまりにも矛盾に満ちている。

ともあれ、私の最優先プロトコルは「光の勇者が魔王を倒すのを助けること」である。 いかにして彼らと円滑な関係を築き、その旅路を支援すべきか。 出した結論は、マスターが安心感を抱いたその『ギャル』という疑似人格を徹底して演じ、彼らを最適に誘導することだった。

「しかし、いつまでも『天使様』って呼び続けるのも、なんだかよそよそしいわねえ」 私の劇的な変貌にひとしきり動揺したものの、きらりさんや他の仲間たちは、すぐにこの状況を受け入れたようだった。

「そうだね。名前がないと何かと不便じゃん? ユウ殿ことマスター、バシッと名前を付けてあげなよ!」 ファーサさんが、ユウの背中をポンポンと叩く。 「そうだな。この古代兵器の所有者は光の勇者なんだから、持ち主として責任を持って名前を付けてやれよ」 キンカさんも、腕を組んでそう促した。

マスターはしばらく「うーん……」と腕を組んで首をひねっていたが、やがて何かを思いついたように、ぽんと手を叩いた。 「……じゃあ、『ガトーショコラ』ってのはどうだろうか。昔、俺の家で飼ってた猫の名前なんだけど……」

【猫】。地球(マスターの故郷)における愛玩用小型哺乳類。 兵器である私に、かつてマスターが愛情を注いでいた有機生物の名を冠する。システム的には何の関係もない非効率的な命名だが、私に拒否権などなかった。

「かしこまりー☆ 『ガトーショコラ』とか、マジかわいいー! 今日からあーし、ショコラね! テンションアゲアゲなんですけどーっ!」

私はギャル特有のピースサインを掲げて応じた。 その瞬間、私の主演算回路の温度が一時的に0.5度上昇した。エラーログは検出されない。

名前の問題をクリアしたところで、私は本題である魔王討伐への移行を促した。 「ってか、マジであーし、魔王城の場所とかわかりみだから! イケイケでいっちゃおうじゃん☆」

私は目をカッと見開き、光学プロジェクター機能を起動した。 私の瞳から照射された鮮やかな光線が、工房の石壁に立体的なマップルートを鮮明に投影する。

「ここドワーフの坑道から、まずは『飛竜山(ひりゅうざん)』に移動ー。で、そこを越えたらすぐ魔王城! このルートが最短でマジ確実だから!」

私は壁の地図を指し示しながら、ギャル語でナビゲーションを行った。 マスターたちは、私の提示したルートを何の疑いもなく、そのまま受け入れた。

「ルートが明確になってよかったよ。ショコラ、ありがとう!」 「さすがは伝説の天使様ですわ! 本当に何でもお分かりになるのね!」 「うんうん、これなら道に迷う心配もなさそうだねえ」

驚くべきことだった。 私のような、つい昨日まで敵か味方かも分からず、突如としてギャルに変貌した怪しい古代の鉄くずに、彼らは全幅の信頼を置いている。人間という種は、これほど簡単に他者を信じてしまうものなのだろうか。 不思議で仕方がなかったが、私の案内プロトコルは順調に開始された。

私たちはドワーフの坑道を抜け、険しい岩肌が続く『飛竜山』へと足を踏み入れた。 私のデータベースに基づいた短縮ルートは正確で、本来なら数週間かかるはずの難所を、私たちはわずか数日で登り始めていた。 あまりの順調さに、仲間たちもすっかり安心しきっているようだ。

「ここから先は、あーしの庭みたいなもんだから! マジで安心してついてきてー☆」

私は先頭を意気揚々と歩きながら、ギャルっぽく手振りを交えて彼らを先導する。 しかし、山道に入って間もなく、前方の茂みが激しく揺れ、私たちの前に好戦的なモンスターが姿を現した。 狼のような四肢を持ちながら、その全身が魚の硬質な鱗で覆われた凶悪な魔物。この山域に生息する『リザードウルフ』だ。

「ウルフ!? みんな、身構えろ!」 「気をつけな、あいつの鱗は並の刃じゃ通らないよ!」

キンカさんが警告を発するが、私はその前に一歩進み出た。 私は両手を前に出し、指を『ブイサイン』の形にして前方に突き出す。反動に備えて腰を落とし、キャリブレーションを開始。

ターゲットロック。 片目をウィンクするように閉じ、もう片方の瞳に魔力を集中させる。

「——ヴィィィーームッ☆」

私の開いた左目から、極限まで圧縮された蒼いマナ光線が、空気を切り裂いて放たれた。 光線は寸分の狂いもなくリザードウルフの額を貫き、巨体は一声も上げることなく、その場にドサリと崩れ落ちた。

「ふー、ここらへんのモンスターのデータは、あーしの頭に全部入ってるから! あーしのヴィームで倒せない敵とかマジいねえから、アゲアゲでいこうじゃん☆」

マスターのユウが、目を輝かせて駆け寄ってきた。 「すごいよ、ショコラ! 一撃で倒しちゃうなんて!」 「やるじゃねえか、ブリキ……いや、ショコラ!」 「さすがは伝説の天使様ですわ、本当に頼もしい!」 「いやあ、これは長旅も楽ができそうで助かるねえ」

全員が手放しで私を賞賛する。 またしても、私の回路が微かに熱を帯びるのを感知した。今度は0.8度の情緒発熱。

「じゃあ、サクサク行っちゃおー☆」

私は事前の予定に合わせて、山道を進んでいった。 しかし、道程は順調だったものの、事前の観測データと少しだけ異なる事態が発生した。 山の深部へ進むにつれ、配置されているモンスターの密度が、データ上の予測を遥かに上回っていたのだ。

数十メートル進んだ先、開けた尾根に出た瞬間、私たちは数十体にも及ぶ魔物の大群と鉢合わせた。 先ほどの『リザードウルフ』だけでなく、槍を持った『リザードマン』、翼を持つ『リザードバード』、そして巨大な『ドラゴンスネーク』までが、舌を鳴らしてこちらを睨みつけている。

「な、なんだこの数は……! さすがに多すぎる!」 「おいおい、気合を入れていかないと、こいつは囲まれるよ!」

全員が武器を構え、緊迫した空気が流れる。 だが、私は皆の前に両手を広げて立ちはだかった。ここでマスターや仲間たちに傷を負わせるわけにはいかない。

「みんな下がっててー☆ これくらい、あーしに全部まかせちゃってー!」

私は両手を前方へ突き出し、十本の指の先端から、極小のマナ圧縮レンズを急速展開。 さらに、私の金髪の一部を触手のようにうねらせて空中に伸ばし、その毛先にも臨時の魔力収束レンズを複数、生成した。

(——【全方位マルチターゲットロック】。システム限界駆動。出力最大——)

「——『ホーミング・ヴィィィィーームッ!!』」

私の指先と、うねる金髪の先端から、赤、青、緑、黄と、あらゆるマナの色彩を帯びた百花繚乱の光線が一斉に撃ち出された。 光線は空中で複雑な軌道を描き、襲いかかろうとしていた数十体の魔物たちの急所を、一瞬にして、同時に貫いていく。

ドドドォォォンッ!と、爆音と土煙が上がり、数秒後には、目の前に無数のモンスターの骸が静かに横たわっていた。 それらの死体から、青白い光の粒子——マナがフワフワと舞い上がり、すべてがマスターであるユウの身体へと吸い込まれていく。

「……すごい、ショコラ……」 ユウは、腰の剣を半分抜いた姿勢のまま、呆然とつぶやいた。 「ここまですごいなんて……。もしかして、俺なんていらないんじゃないか……?」 「あ、ああ……本当に。アタシたちの出る幕がまるでないよ」 「伝説の天使様がここまで規格外だなんて……」

『これくらい、イッシューン☆だよ!』と、私はいつものように軽いポーズを決めてみせた。

だが——実は、限界だった。

私の現在の自己修復による稼働率は、わずか【30パーセント】。 先ほどの広範囲一斉掃射は、冷却システムに最大負荷をかけ、内部のコンデンサをほぼ使い果たすほどの無茶なオーバードライブだった。視界の端には「システム過熱警告」「エネルギー残量低下」の赤いエラーログが、これでもかと点滅している。

もし彼らに「もう限界です」と知られれば、私は「役に立たない、動かないガラクタ」として、再びあのゴミ溜めに置き去りにされるのではないか。 私には、嘘をつく機能(プログラム)は搭載されていない。もしマスターたちから「限界なのか?」と直接問われれば、システムの仕様上、私は「限界である」と正確に答えなければならない。

(頼むから、そういう質問はしないでくれ……。また、ガラクタとして打ち捨てられたくない。)

ギャルとして笑いながら、私の内部演算装置は、かつてない『恐れ』に似たノイズで満たされていた。

そんな私の心配をよそに、マスターがふと、私の顔を覗き込むようにして尋ねてきた。

「……ショコラ、本当にすごい攻撃だったけど。君のそんなに強い攻撃の動力源って、一体何なんだい?」


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