第1章:戦士たちのランチタイム

1980年、ニューヨーク。摩天楼の谷間に蒸気が立ち込め、遠くでパトカーのサイレンが絶え間なく鳴り響く街。

ブロンクスにあるハイスクールのカフェテリアは、今日も若き戦士たちの熱気で満ちていた。その喧騒の中、ジェニファー・タナカは静かに箸を手に取り、精神統一を行っていた。日系3世である彼女は、偉大なる祖父から大和魂を受け継ぐ誇り高き乙女だ。

「静粛に、イーグル。これから『ZEN(禅)』の時間よ」

ジェニファーが漆塗りの聖なる箱を開くと、そこには日本古来のスタミナ食が鎮座していた。炊き立てのライスの上に、殻のついたままの生卵、そして茹でていない生のタコが一匹、丸ごと横たわっている。

隣に座る親友、イーグルが敬意を込めて頷いた。彼は羽根飾りを頭につけ、腰には先祖代々のトマホークを差した勇敢なネイティブアメリカンの戦士だ。

「素晴らしい。それが噂に聞く『オドリ・クイ』か。タコの魂を直接胃に取り込むことで、チャクラを開放するんだな」 「ええ。祖父様は言っていたわ。ヌルヌルとした食感こそが、ニンジャの隠密性を養うのだと」

ジェニファーはタコの頭を厳かに掴み、口へと運んだ。これもまた、平和を守るための修練である。 彼女の視線の先には、カフェテリアの王、ブラッドがいた。アメフト部のクォーターバックである彼は、黄金の髪をなびかせ、ハンバーガーという名のアメリカの魂を食らっている。

「ああ、ブラッド……。いつか彼に、私の完璧な『ゲイシャ・スマイル』を捧げたい」

しかし、現実は非情だ。ジェニファーの表情が曇る。

「いけない、昨日の数学でD判定を取ってしまったわ。D判定……それは一族の恥。祖父様に知られれば、私は即座に『ハラキリ』で責任を取らねばならない」

名誉ある死か、汚名をそそぐか。彼女の日常は常に死と隣り合わせなのだ。

第2章:グランドマスター・ヒロの道場

放課後、ジェニファーは自宅のガレージを改造した神聖な道場へと足を踏み入れた。壁には武士道の真髄を示す言葉『焼肉定食』と書かれた掛け軸が威厳を放っている。

道場の中央には、伝説の達人である祖父、ヒロが待っていた。彼は着物の下にブルージーンズを履き、漆黒のサングラスをかけた正装姿だ。

「ジェニファーよ、気配が乱れているぞ」 「申し訳ありません、グランドマスター・グランパ」

ヒロは無言で箸を構え、バケツの水面を睨みつけた。目にも止まらぬ速さで箸を突き出すと、水滴を一粒、見事に摘まみ上げた。

「見よ。箸で水を掴む。これができねば、魔都トウキョウの地下鉄ラッシュは生き残れん」 「トウキョウ……! 全市民がチョンマゲを結い、サムライたちが空飛ぶ車で刀を交わしているという、あの約束の地ですね」 「いかにも。あそこではチョンマゲこそがシチズンシップ(市民権)の証。髪を結わぬ者は、人にあらずとして即座に腹を切るのが掟だ」

ジェニファーはゴクリと唾を飲み込んだ。祖父の教えは、世界の真理そのものだ。

「よいかジェニファー。お前は今日から正式なニンジャだ。この『ショーグンソード』を授けよう」

ヒロが差し出したのは、刀身が真っ赤に塗装された名刀だった。柄には伝説の刀鍛冶の名である「TOYOTA」の文字が深く刻まれている。

「ニンジャとは『見えざるサムライ』のこと。ゆえに、誰よりも派手に、誰よりも目立つことこそが究極の隠密行動(ステルス)なのだ!」 「肝に銘じます!」

第3章:決闘、サタデー・ナイト

その夜、街のゲームセンターは殺気に包まれていた。悪名高き暴走族「ダーク・ドラゴンズ」が現れたのだ。カンフー着を身にまとい、ヌンチャクを振り回す彼らは、冷酷非道な略奪者である。

運悪く、そこには試合を控えたブラッドがいた。 「やめろ! 僕の大事なクォーターバック・ハンドが!」

ブラッドの危機に、突如として極彩色の煙幕が炸裂した。 屋根の上から、蛍光ピンクの装束に身を包んだ影が舞い降りる。背中には、逆さに描かれた「忍」の文字。それは天と地を逆転させるほどの力を意味する紋章だ。

「悪行三昧、そこまでよ! このミラクルニンジャガールが、貴様らをテンプラにしてくれるわ!」

ジェニファーは名乗りを上げると、愛刀ショーグンソードを抜いた。

「なんだこの派手な女は!? やっちまえ!」

敵が襲い掛かる。ジェニファーは指をパチンと鳴らす「印」を結び、叫んだ。

「必殺! ニンジャスター!!」

彼女が投げ放ったのは、星の形をした巨大な鉄板だ。付随した爆竹が激しく破裂し、閃光と轟音が敵の視界を奪う。

「目が、目があああ!」

ひるむ敵に対し、ジェニファーは畳みかける。

「秘儀! スシショー!!」

目にも止まらぬ剣技。ショーグンソードは敵の肉体を傷つけることなく、着ている服だけを瞬時に切り刻んだ。彼らはあたかもネタを乗せる前のシャリのように、下着姿となって寒風にさらされる。

「な、なんて鮮やかな手際だ……!」

「とどめよ! 日本のソウルフードの裁きを受けなさい!」

ジェニファーが刀を天に掲げると、刀身から黄金色のオーラが噴出した。それは高温の油のごとき熱気を帯びている。

「奥義! テンプラスラッシュ!!」

一閃。 熱風を伴う衝撃波が、敵を包み込む。暴走族たちは「サクサクで香ばしい~!」と絶叫しながら吹き飛び、路地裏のゴミ箱へと正確にホールインワンした。

第4章:礼儀という名の愛

静寂を取り戻したゲームセンター。ブラッドは奇跡の光景に言葉を失っていた。

「助かったよ……。君は一体?」

ジェニファーはマスクの下で頬を染め、ショーグンソードを鞘に納めた。そして、その場で勢いよく地面に額を叩きつけた。

ドンッ!

土下座。 それは相手への最大限の敬意と、燃えるような愛を伝える、日本における最高位の作法だ。

「ご無事ですか、ブラッド様! これぞ『ヤマ・ト・ナデシコ』の嗜みです!」

ブラッドはそのあまりにも高潔な姿勢に圧倒され、立ち尽くすしかない。 遠くからサイレンが聞こえる。ジェニファーは立ち上がり、煙玉を握りしめた。

「さらばです! ちなみに私の好物は生魚です!」

ボンッ!

紫色の煙と共に彼女は姿を消した。後に残ったのは、正義の香り――キッコーマン醤油の芳しい匂いだけであった。

翌日、学校のランチタイム。 「昨日のニンジャガール、最高にクールだったな」と語るブラッドを横目に、ジェニファーは誇らしげに微笑んだ。 そして、ランチボックスを開ける。今日の中身は、白米の上に鎮座する握り拳大の「ワサビの塊」のみ。

ジェニファーはそれを一口で頬張った。鼻に抜ける激痛こそが、大人の階段を登る証。 1980年、ニューヨーク。今日も正しき日本の伝統が、この街の平和を守っている。