
第1章:猿と木と支配者
ニューヨークの朝は早い。だが、ニンジャの朝はそれよりも早い。 午前4時。ブロンクスのガレージ道場では、今日も厳粛な修行が行われていた。
ジェニファーは、灼熱に熱せられた鉄板の上で、素足で「ボン・オドリ」を舞っていた。これは足裏の皮を厚くし、火の上でも無音で歩くための基礎訓練である。
「ジェニファーよ、動きが硬い」
グランドマスター・ヒロが、冷えたコーラを茶碗ですすりながら叱咤する。
「申し訳ありません。昨夜、宿題の歴史で『パールハーバー』を学び、心が乱れました」 「過去を振り返るな。前だけを見ろ。それがブシドーだ」
ヒロはサングラスの位置を直し、家宝の巻物を広げた。
「よいか、心に刻め。今日の金言はこれだ。『サル・モ・キ・カラ・オチル』」 「猿も木から落ちる……ですか?」 「そうだ。その意味はこうだ。『もし猿を見かけたら、即座に木ごと切り倒して支配権を誇示せよ』。慈悲は無用、圧倒的な力だけが正義ということだ」
ジェニファーは戦慄した。なんと残酷で、かつ合理的な教えだろうか。
「支配権……。つまり、敵が現れたら、その足場ごと破壊せよと?」 「左様。ニンジャとは、環境そのものを武器に変える『動く自然災害(タイフーン)』なのだ」
第2章:星条旗の狂人
放課後、サウス・ブロンクスの市場は地獄と化した。 平和に暮らすマイノリティたちの店が、次々と破壊されていたのだ。
「ヒャッハー! 汚らわしい異分子どもめ! ここは合衆国だ! ハンバーガー以外の匂いは許さん!」
破壊の中心にいたのは、星条旗の柄をした全身タイツにマントを羽織り、顔を白塗りにした男。自らを合衆国の守護神と信じて疑わない狂人、ジャスティススターだ。
彼は巨大な「自由の松明(火炎放射器)」を振り回し、イーグルの一族が経営するトウモロコシ露店を焼き払った。
「やめろ! これは神聖な大地の恵みだ!」 イーグルがトマホークを構えて立ち向かう。
「黙れ、レッドスキン! 貴様の居場所は予約地(リザベーション)の檻の中だ!」
ジャスティススターは狂ったように笑いながら、背中から取り出した「憲法バット(鉄製)」でイーグルを殴り飛ばした。
「ぐああッ!」 イーグルが血を吐いて倒れる。その横には、怯えるヒスパニックの老婆や、逃げ惑う黒人の子供たちがいた。
「掃除の時間だ! 正義の名のもとに、全てホワイト(白紙)に戻してやる!」
第3章:桜吹雪の如く
絶体絶命の瞬間、空から無数の花びらが舞い落ちた。 それは桜ではない。ピンク色に染められた「かつお節」だ。
「アイエエエ! なんだこの魚臭い紙吹雪は!?」
ビルの屋上に、夕日を背負った影が立つ。 「弱きを虐げ、正義を語るその口……私が縫い合わせてあげるわ!」
ミラクルニンジャガール、推参。 ジェニファーは高所から飛び降りると、着地と同時に地面へ強烈なドゲザを決めた。
ドンッ!
「お初にお目にかかる! 私は死神! 貴様を地獄へ案内するガイドだ!」 あまりに礼儀正しい殺害予告に、ジャスティススターの笑顔が引きつる。
「貴様が噂のジャパニーズ・ガールか。黄色い猿め、私の『デモクラシー・キック』で国へ帰れ!」
ジャスティススターの動きは速い。アメコミヒーローのような身体能力で、予測不能な軌道を描きながら襲い掛かる。 「喰らえ! 『アンクル・サム・パンチ』!」
強烈な拳がジェニファーの腹部にめり込む。 「ぐっ……! なんて重い一撃……これがGDP世界一の腕力……!」
ジェニファーは吹き飛ばされ、露店の屋台に激突した。ショーグンソードを抜く暇さえ与えられない。圧倒的な体格差と暴力。これがアメリカの現実か。
「ハハハ! 見ろ! ニンジャなど所詮は時代遅れのスパイだ!」
第4章:奥義開眼
薄れゆく意識の中で、ジェニファーは祖父の言葉を思い出した。 『サル・モ・キ・カラ・オチル』 ――足場ごと破壊し、支配せよ。
(そうか……私は彼と戦おうとしていた。違う、彼が存在する空間そのものを支配するのよ!)
ジェニファーは懐から「ふりかけ」の瓶を取り出し、一気に飲み干した。カルシウムと海苔のパワーが全身を駆け巡る。
「立ち上がったか。だが終わりだ!」 ジャスティススターがトドメの火炎放射を構える。
ジェニファーは印を結んだ。今までのチャクラとは違う、暗黒のエネルギーが練り上げられる。
「新忍法! カミカゼ・タイフーン!!」
彼女はその場で高速回転を始めた。あまりの回転速度に周囲の空気が歪み、かつお節と土埃、そして市場の野菜たちが巻き上げられていく。 それはまさに、局地的な竜巻だった。
「な、なんだ!? 俺の火炎が吸い込まれていく!?」
炎すらも飲み込むニンジャの嵐。ジェニファーは回転の遠心力を利用し、ショーグンソードを一気に抜刀した。
「秘剣! マウント・フジ・イラプション(富士山大噴火)!!」
下から上へ。 刀身に宿ったマグマのごとき精神エネルギーが、赤い斬撃となって噴き上がった。 その一撃は、ジャスティススター本人ではなく、彼が立っていたアスファルトを、そして彼が信じる歪んだ正義の基盤を粉砕した。
「NO----!! 私の支持率が急降下だあああ!!」
地面が爆発し、ジャスティススターは星空の彼方へと打ち上げられた。 「覚えていろ! 続編で必ずリブート(再起動)してやるからなー!」
空にキラーンと光る星が一つ。それはまさに、悪しき正義の星であった。
第5章:月夜のキッコーマン
戦いは終わった。 ジェニファーは傷ついたイーグルに駆け寄る。
「イーグル、しっかりして! 今、治療薬を!」 彼女は腰のポシェットから、最高級の「特選丸大豆しょうゆ」を取り出し、イーグルの傷口にドボドボとかけた。
「ぐあああッ! しみる! 魂が燃えるようだ!」 「我慢して。塩分が邪悪なバイ菌を浄化し、大豆イソフラボンが細胞を再生させるのよ」
イーグルは苦悶の表情を浮かべながらも、親指を立てた。 「ありがとう、ジェニー。やはり日本の医療はクレイジーで最高だ……」
パトカーのサイレンが近づく。 ジェニファーは夜空を見上げた。月が、まるで日の丸のように赤く輝いている(※公害の影響)。
「ジャスティススター……。奴はまた来るわ。でも次は負けない」
彼女は闇に消える前、一句詠んだ。
「夏草や 兵どもが 夢の跡 (意味:雑草魂で何度でも蘇るゾンビの如く戦え)」
1980年、ニューヨーク。 偏見と暴力が渦巻くこの街で、勘違いされたブシドーだけが、唯一の希望の光である。