七つ風の戦士 第七話 

謎の空間。 巨大な緑色の球体が、ドクン、ドクンと、これまでになく激しく脈打っていた。その不規則なリズムは、度重なる失敗に対する主の苛立ちを代弁しているようだった。

その御前で、緑色の怪物は床に額をこすりつけんばかりに平伏していた。 「わ、我が主よ……度重なる失態、誠に申し訳ございません。奴らは五人集まり、互いの力を補い合うことで、さらに強大な存在となっております。もはや、我らの並大抵の戦士では、武力で歯が立ちませぬ……」

球体の鼓動が、威嚇するように強まる。怪物は慌てて言葉を継いだ。 「し、しかし! それはあくまで『武力』で戦えばの話でございます。人間社会というものは、単純な腕力のみでは回っておりません。前回は奴らの情に付け込もうとして失敗しましたが、次は違います」

怪物は顔を上げ、歪んだ笑みを浮かべた。 「明確に数値化できるもので、じわじわと追い詰める……それこそが真の戦略。今回は、人間どもが大好きな『金』の力で、戦いを挑みたく存じます」


修羅の国を離れ、次の目的地「黄金の国」へと向かう大型連絡船の甲板。 穏やかな海風が吹く中、カグヤがそのおっとりとした口調で、改めて仲間に挨拶をした。

「皆さま、改めまして、これからよろしくお願いいたしますね」 深窓の令嬢らしい、たおやかな所作。あの結婚式場での大暴れが嘘のようだ。

――そう、嘘なのだ。

あの戦いの直後、気絶したカグヤの体が再び動き出し、あの口の悪い人格が慌てて説明したのだ。 『おい、もうすぐカグヤが目を覚ますから、手短に話すぞ! あいつは血を見ると気絶しちまう。そうすると、あたしの人格が表に出られるって寸法だ。黙ってても月に数日はあたしの出番があるってわけさ。ガハハ!』 豪快に笑うその人格は、こう続けた。 『ともあれ、カグヤはあたしの存在を知らねえ。あんたらも余計なことは言わないでくれよな。とりあえず、あたしのことは『ミカ』とでも呼んでくれ!』 そう言い残し、ミカの人格は再び眠りについたのだった。

その事情を知るタケルたちは、カグヤの前で不用意な発言をしないよう、互いに目配せをした。

何も知らないカグヤは、マイペースに話を続けた。 「私の『八卦』の力は、きっと皆さまのお役に立てると思います。八卦はその名の通り八つの力を操ることができますが、才能によって使える種類や威力が異なります。多くの者は一つか二つですが、こう見えて私、四つも使えるのですよ」

カグヤは少し誇らしげに胸を張った。 「攻撃的なものは使えませんが、治療や防御など、後方から皆さまをフォローすることができますわ」 そう言って、彼女は船酔いで青くなっていたリチャードの背中に手を当てた。柔らかな光がリチャードを包み込むと、彼の顔色はみるみるうちに良くなっていった。

「おお、これはすごい。楽になった、ありがとうカグヤ殿」 「いえいえ、お安い御用です」

(なるほど、残りの四つは、あのミカが使えるってわけか……) タケル、ヴィクトリア、ジョーは心の中で納得した。癒やしのカグヤと、破壊のミカ。とんでもない二重人格を仲間にしてしまったものだ。


数日後、船はようやく黄金の国の港に到着した。 船を降りると、すぐに厳しい荷物検査と、入国審査が待っていた。そして、現地通貨についての説明を受ける。

「当国では、独自の通貨『両』のみが使用可能です。外貨や貴金属は、こちらの窓口で換金してください」 係員の案内で、一行は両替所へと向かった。滞在資金は必須だ。

海賊であるヴィクトリアが、懐から金貨を五枚取り出し、窓口に差し出した。 「とりあえず、こいつを頼むよ」 「はい、金貨五枚ですね。手数料を引きまして、五両となります」 係員は事務的に、長方形の奇妙な形をした金色の札を五枚渡してきた。

「金貨五枚で、たったの五両かよ。なんだか損した気分だな」 タケルが不満そうに言うが、ヴィクトリアは満足げだ。 「何言ってんだい。あたしの国じゃ、金貨五枚もありゃ、あんたの村くらいの規模なら二、三年は遊んで暮らせる大金さ。これだけありゃ、当分は豪遊できるね!」

その言葉に、一行は安堵した。資金の心配がないというのは、何よりの強みだ。意気揚々と、彼らは黄金の国の市街地へと足を踏み入れ――そして、絶句した。

そこは、異様な光景が広がる街だった。 建物はすべて、コンクリート打ちっぱなしのような無機質な立方体。個性の欠片もない箱が、整然と並んでいる。 行き交う人々も奇妙だった。男性は全員が同じような黒系のスーツ、女性はダークカラーの没個性的なワンピース。まるで全員が同じ鋳型から作られた人形のようだ。

「なんだか、息が詰まりそうな街だな……」 タケルが居心地悪そうに呟く。 「誰が誰だか、さっぱりわからないわね」とカグヤも困惑気味だ。

ともあれ、長い船旅の疲れを癒やすため、一行は宿を探すことにした。手近にあった、比較的まともそうなホテルに入り、チェックインの手続きをしようとした時だった。

フロントの男性が、無表情に告げた。 「いらっしゃいませ。お客様は五名様ですね。一泊につき、五両となります。先払いとなりますので、よろしくお願いいたします」

「は……?」 タケルとリチャードは、我が耳を疑った。あまりの金額に、膝から力が抜ける。 五両。それは、ヴィクトリアが持っていた大金すべてだ。それが、たった一泊で消える?

ジョーとヴィクトリアは、さすがに場慣れしているのか、すぐに気を取り直した。 「へっ、観光客向けのぼったくり店ってのは、世界中どこにでもあるもんだな。ちょっと交渉してみようぜ」 「そうだね。足元見られちゃ敵わないよ」

二人はフロントに詰め寄り、値引き交渉を試みた。しかし、従業員は馬鹿にしたような目で彼らを見つめ、全く取り合おうとしない。 「嫌なら結構です。他を当たってください」

「チッ、強気な態度だねぇ。行こう、他のホテルを探すよ!」 ヴィクトリアが憤慨してホテルを出る。しかし、現実は残酷だった。

何軒ホテルを回っても、提示される金額は同じか、それ以上。 「馬鹿な、どこもかしこも五両だと!? 談合でもしているのか!?」 リチャードが信じられないという顔で叫ぶ。

「とりあえず、腹に何か入れよう。腹が減っては戦もできねえ」 ジョーの提案で、一行は飲食店を探した。しかし、メニューを見て再び絶望する。 ごく普通の定食が、一食で「一分(いちぶ)」。つまり、四分の一両もするのだ。

「一食で、金貨の四分の一が吹っ飛ぶ計算かよ!? どんな高級料理だよ!」 タケルが悲鳴を上げる。これでは、とてもじゃないが生活できない。

彼らは中心街を諦め、街外れにある貧民街へと足を運んだ。そこは、無機質な中心部とは対照的に、ゴミと悪臭が漂うスラムだった。 そこでようやく、彼らはまともな――それでも法外に高いが――金額の安宿と食堂を見つけた。

薄暗い食堂で、硬いパンと薄いスープをすすりながら、彼らは情報を集めた。 店の主人が、重い口を開く。 「……ここ最近、国が方針を急に変えたんだ。とんでもないインフレーションが起きて、貨幣価値が暴落しちまった。まともに働いてもパン一つ買えねえ。多くの住民は、家賃も払えなくなって、こうして貧民街に逃げ込むしかねえのさ」

「そんな……」 カグヤが口元を押さえる。国全体が、貧困にあえいでいる。

「敵の仕業か……? しかし、こんな回りくどいことをして何になる?」 ジョーが眉をひそめる。仲間も敵も、どこにいるのか全くわからない。それ以前に、明日の食事すらままならない状況だ。

「どうするよ、これ……」 タケルが頭を抱えた、その時だった。

「――やっと見つけましたよ」

食堂の入り口に、二人の人影が立っていた。 一人は、この国では珍しいベージュのスーツをパリッと着こなし、髪を七三に分け、眼鏡をかけた神経質そうな男。 もう一人は、褐色の肌に金髪、ビキニのような薄着のトップスと短パン、サンダルという、この国ではあまりに浮いた格好の女性。

異様な取り合わせの二人が、タケルたち一行を見下ろしていた。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ:

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です