七つ風の戦士 第九話

重苦しい闇に包まれた、謎の空間。 そこに鎮座する巨大な緑色の球体は、かつてないほど激しく、波打つように脈動していた。まるで、自らの内側から溢れ出る怒りと焦燥を抑えきれないかのように。

その御前で、緑色の怪人は額を地面にこすりつけ、震える声で言葉を並べた。 「我が主よ……奴らに再び遅れをとり、誠に申し訳ございません。奴らはついに、最後の仲間に接触を図ろうとしております」

球体の鼓動が、一瞬ピタリと止まる。絶対的な恐怖の沈黙。怪人は脂汗を流しながら続けた。 「しかし、最後の仲間がいる場所は『約束の地』。我らにとっても、深く縁のある場所でございます。ここに、最後の戦いを挑みます。温存していた残りの四将軍、そのすべてを向かわせました。また、約束の地にいる『奴ら』は……言うまでもありませんな」

怪人は顔を上げ、嗜虐的な笑みを浮かべた。 「必ずや、奴らをその地で仕留めてご覧に入れます。主の完全なる復活の障害となる者は、一人残らず」


黄金の国での騒動の後。 高橋は暫定政府の事後処理をアンナに任せ、単身でタケルたちと合流していた。 一行は船に乗り、世界地図の南端に位置する未知の大陸「雨の森」へと向かった。

航海と過酷な密林の行軍は、実に一ヶ月の月日を要した。鬱蒼と茂る巨大な植物、まとわりつく湿気。高橋のサイボーグボディに内蔵されたセンサーによるルート解析と、ジョーの炎による野営がなければ、とうに遭難していただろう。

道なき道を進む前の、最後の都市部で物資を補給し、一行は紋章の光が指し示す方角――森の最奥へと足を踏み入れた。

「おい、本当にこの先に町なんてあるのかよ?」 タケルが巨大なシダの葉を風の刃で切り払いながらぼやく。 「紋章の導きを信じるしかないだろう。泣き言を言うな」リチャードが窘める。

やがて、鬱蒼とした森が開け、一行の目の前に巨大な集落が姿を現した。 「……やっと着いたぜ。ここが『約束の地』か」 ジョーがタバコを咥えながら呟く。

しかし、喜んだのも束の間。一行の顔が引きつった。 集落を行き交い、彼らを警戒した目で取り囲んでいるのは、硬質な外殻や触角を持つ者たち――紛れもない「虫人間」たちの集落だったのだ。

「敵のド真ん中じゃねえかッ!」 タケルが瞬時に風の剣を生成し、リチャードも聖剣を抜く。ヴィクトリアと高橋も臨戦態勢をとった。カグヤは後ろで震えている。

一触即発の空気の中、虫人間たちをかき分けて、長(おさ)と思われる初老の男が進み出てきた。 「お待ちしておりました、戦士の皆様。武器をお収めください。我々に戦う意思はありません」

「騙されるかよ! お前ら、黄金の国や修羅の国で何をしたか忘れたとは言わせねえぞ!」タケルが怒鳴る。

「我々はあなた方をお待ちしておりました。すべてのお話をさせていただきましょう」長は穏やかな口調を崩さない。「ただ、その前に本日は長旅でお疲れでしょう。ひとまず、お休みいただければと思います」

「こいつらを信じていいのか?」リチャードが高橋に視線を送る。 高橋がセンサーで解析しようとした時、ジョーがタバコを地面に落として踏み消した。 「間違いなく、ここが俺らの目指したゴールだ。……今日は休むとしようぜ」

いつもと違うジョーの真剣な声色に、タケルたちは渋々武器を収めた。

「安堵いたしました」 長はホッとした顔をすると、背後を振り返り、冷たい声で命じた。 「おい、メーテル。この方々をおもてなししなさい」

「……はい」 おずおずと前に出てきたのは、一人の若い女性だった。他の虫人間たちと同じ青色の質素な服を着ているが、その外見は全く異なっていた。 透き通るような美しい白髪。しかし、その肌は異質な「緑色」をしていたのだ。

虫人間たちの間に、露骨な嫌悪と侮蔑の空気が漂う。 (なんだ……? 待っていた客人をもてなすのに、なんであんなに迫害されてるような子を寄越すんだ?) タケルは、この集落の異常な空気に、言い知れぬ不気味さを感じていた。

翌朝。 タケルたち一行は、長に案内され、集落の中心にある石造りの寺院のような建物へと足を踏み入れた。内部は広大で、祭壇のようなものが設けられている。

「何があるっていうんだ?」一行がきょろきょろと見回していると。

カッ!!

突如、建物の中心から、目を開けていられないほどのまばゆい赤い光が放たれた。 光の中心から、男性とも女性ともつかない、どこまでも優しく、そして荘厳な声が響き渡る。

『よく来てくれましたね。愛しき戦士たちよ』

「な、なんだこの声は……頭の中に直接響いてくる!」高橋がこめかみを押さえる。

『私は天の主。あなたたち「天の民」を生み出した存在です』 赤い光は、静かに語り始めた。

『天の民に危機が訪れています。皆、これまでの旅で見てきたかと思いますが、「地の民」が天の領域を犯そうとしてきているのです』

「天の民? 地の民? どういうことだ?」リチャードが問う。

『先に昔話をしましょう。私と「地の主」は、長い星の海を渡る旅の末に、この星に辿り着きました。そして、この星に生命の種を撒いたのです。地の主は、大地の力を使うことができる「地の民」――あなた方が虫人間と呼ぶ者たちを。私は、自然の理たる天の力を使うことができる「天の民」――つまり、人間の祖たる者たちを生み出しました』

声は少し悲しげにトーンを落とす。 『しかし、二つの民は相容れず、互いに憎み合いました。私たちはそれを良しとせず、住処を分けることにしたのです。天の民を明るい地上へ、地の民を暗い地下へ。長い年月、二つの民が交わることはありませんでした』

「じゃあ、なんで奴らは地上に出てきて、俺たちを襲うんだ!」タケルが叫ぶ。

『地の民の中に、一人の天才が現れたのです。その名は「タルタロス」。彼は狂気にも似た渇望で「地の主」を受肉させ、この世に顕現させることで、地上すべてを地の民の世界に変えようと目論んでいます。私と地の主は、この世に直接干渉しないと誓い合ったはずでしたが、その誓いが違えられようとしています』

光が激しく明滅する。 『タルタロスが儀式を行っている場所は、大陸の中央……中央都市セントラルの地下空間。復活の時は近い。一刻も早く、地の主の復活を阻止してください』

セントラル。その名を聞いて、リチャードとタケルはハッとした。あの日、守りきれずに逃げ出した、あの街だ。

「おい、世界の危機はわかった。だが……」 突如、ジョーが前に進み出た。その顔には、いつもの飄々とした余裕はない。血走った目で、赤い光を睨みつけている。 「約束はどうなった! あんたの言う通り、戦士たちを見つけ出し、ここに連れてきたぞ!」

『……約束は覚えています。あなたの「大切な人」の復活は、順調ですよ』 天の主の落ち着いた声が響くと同時に、祭壇の奥、天井に近い壁の一部が淡く発光した。 そこには、巨大なガラス瓶――培養槽のような物体があり、中に一人の裸の女性が眠るように浮かんでいた。

「フィオー……ッ!!」 ジョーが喉から絞り出すような声で叫んだ。

「ジョー、これはどういうことだ!?」リチャードがジョーの肩を掴む。 タケルたちも、ジョーの隠していた秘密に戸惑いを隠せない。ジョーは、この「天の主」と個人的な裏取引をして、自分たちを集めていたというのか?

『地の主の復活を阻止した暁には、必ず彼女をあなたの元へお返ししましょう』 天の主の声は、優しくも冷酷な響きを持っていた。

ジョーはギリッと歯を食いしばり、ドンッ! と拳を地面に叩きつけた。 「……わかったよ。言うこと聞きゃいいんだろ、クソったれ!」 感情を爆発させるジョー。今まで見たことのない彼の姿に、一行はただ立ち尽くすしかなかった。

そんな重い空気の中、空気を読まない(あるいは、あえて読まない)リチャードが、生真面目な声で尋ねた。 「復活の阻止は理解した。だが、七人目の戦士はどこにいる? ここにいるという話だったはずだが」

『ええ。あなたたちの後ろに、すでにいますよ』

リチャードの問いに対する天の主の答えに、全員が一斉に後ろを振り返った。

そこには、入り口の近くで身を小さくして控えている、あの緑色の肌と白髪を持つ女性――メーテルがいた。

「え……?」 メーテルは自分のことだとは信じられないというように、大きく目を見開いた。そして、激しく首を横に振り、後ずさる。 「ち、違います! 私のような不吉な肌の者が、伝説の天の戦士だなんて……そんなこと、ありえません!」 彼女は全力で否定した。地の民の集落で異端として虐げられてきた彼女にとって、それは受け入れがたい事実だった。

タケルが何か声をかけようとした、その刹那。

建物の外から、大地を揺るがすような凄まじい爆音が轟いた。 寺院の壁に亀裂が走り、天井からパラパラと石の破片が降り注ぐ。

『敵襲です。行きなさい、天の戦士たちよ』 天の主の声を背に、一行は武器を構えて寺院の外へと飛び出した。

外の集落は、すでに火の海と化していた。悲鳴を上げて逃げ惑う虫人間たち。 そして、燃え盛る炎を背景に、はるか遠くの丘の上に立つ、一つの巨大な影。

タケルの全身の血が、一瞬にして沸騰した。 その声。その姿。忘れるはずがない。毎晩、悪夢の中でタケルを責め立てた、故郷を奪った仇。

「――ここにいるのはわかっているぞ、風の小僧。そして忌まわしき天の戦士ども」

腹の底に響くような、金属が擦れ合うような嫌悪感を抱かせる声。 巨大な鎌を持つ、カマキリと人間が融合した悪魔の姿。

「今度こそ、貴様らの息の根を止めてくれるわ」 黄泉の八代将軍、鎌切(レンセツ)。

「あいつ……! あいつだけはッ!!」 タケルの右手の『風』の紋章が、かつてないほどの激しい光を放つ。怒りと憎悪が、限界を超えて暴走しようとしていた。


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