七つ風の戦士 第十四話 

生まれる寸前の胎児のように、生々しく脈打つ巨大な緑の球体。その圧倒的で不気味なプレッシャーを前に、歴戦の七人ですら一瞬おじけづき、足がすくんだ。

「……怯むなッ!」 沈黙を破り、一番槍として飛び出したのはリチャードだった。 「復活寸前かもしれんが、所詮はまだ卵の状態! 今ならやれるッ!!」

天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)が眩い光を放つ。リチャードは渾身の力を込め、必殺の光刃を緑の球体へと叩き込んだ。

全員の予想に反して、緑の球体はあっけなく、まるで水風船が割れるかのように弾け飛んだ。

「……やったか!?」 タケルが叫ぶ。

崩れた球体から、大量の緑色の体液と熱を持った蒸気が間欠泉のように噴き出し、最深部の視界を完全に奪った。 シューシューという不気味な音と共に、徐々に靄(もや)が晴れていく。

その奥に立っていたのは、恐ろしい怪獣でも、悍ましい悪魔でもなかった。 先ほどの球体と同じくらいの大きさ――3メートル前後の、太い幹と肉厚な葉を持つ奇妙な植物、「アロエディコトマ」のような一本の木だった。

「……木? どういうことだ?」 ジョーが訝しげに眉をひそめる。全員が状況を呑み込めず唖然としていると、ボコボコと音を立てて、木の幹の表面に巨大な「人間の顔」のようなものが浮かび上がった。

そして、その顔の唇が、ゆっくりと動いた。

『……お前たちは、天の民だな』

腹の底、いや、大地の底から響いてくるような、重く、そして絶対的な力を持つ声。

『私の受肉を阻止しようとここまで来たのだろうが……残念だったな。ほんの少しの差で、受肉は叶った。……そうだな、あと少しでも早くここにやって来ていれば、どうなっていたか分からなかったがな』

その言葉は、七人の心に鋭い刃となって突き刺さった。 「あと少し早く」――それはつまり、昨日。 万全を期すために「引き返す」という選択をした、あの決断だ。生存確率を上げるための、もっとも論理的で正しいはずだった選択が、世界を滅ぼす最悪のトリガーを引いてしまっていたのだ。

「あ、ああ……」 撤退を主張したヴィクトリア、ジョー、高橋、そしてそれを決断したタケルの顔から、サァッと血の気が引いていく。 激しい後悔と、取り返しのつかない己の不甲斐なさ。その絶望は、瞬時に頭に血を上らせ、怒りへと変わった。

「ふざけるなッ!!」 リチャードが血走った目で再度突っ込む。 「地の主といえど、復活したばかりだろう! 生まれる前に倒すも、生まれてから倒すも、結果は一緒にしてやるッ!」

天叢雲剣が閃く。しかし。

ビュンッ!! 『……無駄だ』

アロエディコトマの枝が、まるで意思を持った触手のようにしなり、目にも留まらぬ速さでリチャードの腹部を打ち据えた。 「がはぁッ!?」 銀の鎧がひしゃげ、リチャードはボロ布のように後方へ吹き飛ばされた。

「リチャード!! くそっ、野郎ども、行くぞッ!」 怒りに我を忘れたヴィクトリア、ジョー、高橋、そしてタケルの四人が一斉に地の主へ襲いかかる。

『……愚かな』

結果は同じだった。四方向からの同時攻撃すらも、無数に伸びた枝の触手に容易く弾かれ、あるいは四肢を拘束され、次々と壁や床に叩きつけられていく。 神から授かった武具すら、完全に復活した神の力の前にあっては、児戯に等しかった。

『くくく……ようやく、体が温まってきたぞ』 地の主が満足げに呟く。

その瞬間、アロエディコトマの木が、爆発的な勢いで異常成長を始めた。 3メートルだった幹は瞬く間に10メートル、20メートルと太く高く伸びていく。

「な、なんだこれは……! 崩れるぞ!」 天井の強固な岩盤が、巨大な木の成長によって飴細工のように突き破られていく。

「ひぃぃっ……!」 「嘘……嘘でしょ……」 圧倒的な力と、崩落する地下の惨状を前に、カグヤとメーテルはただその場にへたり込み、ガタガタと震えることしかできなかった。

成長を続ける木は、ついに50メートルを超える大樹となり、地上のセントラル都市――その中心にある巨大な中央宮殿を完全に突き破り、白日の下にその異様な姿を現した。

もはや、地の主は足元で倒れ伏す天の戦士たちには、微塵も興味を失っていた。

セントラル都市の空に、地の主の声が響き渡る。 決して大声ではないのに、なぜか世界の果てまで届くような、絶対者の声。

『――今、天の民の歴史は終わった』 『これからは、我が地の民の時代だ。皆、我を敬い、平伏するがよい』

突如として宮殿を突き破って現れた巨大な魔樹に、地上の人々はパニックに陥った。 セントラルの誇る一部の精鋭騎士たちが、街を守るために地の主へと果敢に挑んでいった。

しかし……。 彼らの命を懸けた特攻も、地の主の巨大な幹にわずかな掠り傷をつけるのが精一杯だった。その傷と引き換えに、騎士たちは次々と枝に貫かれ、命を落としていった。

もはや、誰もこの絶望を止めることはできない。 この日を境に、黄金の国も、修羅の国も、すべての希望は緑の影に覆い尽くされた。

世界中が、完全なる絶望と恐怖に染まっていくのに……一年の時すら、必要とはしなかった。


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