七つ風の戦士 第十六話

黄金の国へ向かうとフィオに告げたジョーだったが、実は内心、具体的な策など何一つ持ち合わせてはいなかった。

10年前、地六主が完全復活を遂げたあの日。世界は反転し、ハイ(地の民)が支配し、ロー(天の民)が虐げられる暗黒の時代が始まった。

(味方探しの旅……か) 口で言うのは簡単だ。だが、この広い世界で、生き散った仲間たちがどこにいるのか、そもそも生きているのかすら分からない。 「妖艶な地」という、嫌でも目立つ欲望の吹き溜まりで、ジョーが10年間も飲んだくれていた理由。それは、もし仲間たちが無事であれば、いつか必ずこの場所に流れてくるだろうという、微かな、そして身勝手な希望に縋っていたからだ。

だが、現実は残酷だった。誰も現れず、ただ10年という歳月が過ぎ去った。それは、ジョー自身の弱さであり、現実逃避でもあった。 そして今、再び旅立てば、ようやく取り戻したフィオとの平穏な(と言っても泥水を啜るようなものだが)生活は終わりを告げる。長い、あるいは永遠の別れになるかもしれない。

(さて、どうしようか……) この10年、何度も何度も繰り返してきた自問自答。ジョーは、痺れる頭で思考を整理し始めた。

仲間を探すなら、それぞれの故郷を当たるのが定石だ。 だが、タケルの「風の谷」は地の主の復活と共に滅びたと聞く。 リチャードの故郷「セントラル」は、今や敵の本拠地、地の主が鎮座する魔都だ。潜入など自殺行為に近い。 ヴィクトリアの海賊船を探すにしても、この広大な海からあてどなく彼女の愛船を探し当てるのは現実的ではない。 そして「約束の地」は、天の主の導きや特別な地図なしに、二度と辿り着けるとは思えなかった。

となると、残る選択肢は二つ。カグヤの故郷である「修羅の国」か、高橋の事務所がある「黄金の国」の二択になる。

「ここから近いのは、黄金の国だな……」 ジョーは呟き、無意識に自身の右腕をさすった。くたびれたコートの下、そこには10年前のあの日に失った右腕の代わりに、冷たい機械仕掛けの義手が隠されていた。

(だが、黄金の国には……高橋は……)

高橋のことを思うと、胸が締め付けられる。彼は、あの最終決戦で……。

「……まあ、黄金の国は、修羅の国へ行く道の途中だ。とりあえず、黄金の国へ行こう」 進路は決まった。ジョーは残った酒を飲み干し、アパートの部屋に戻ると、フィオに黄金の国へ向かうことを告げた。

「かしこまりました」

フィオは短く答えると、きょとんとした顔で部屋の奥へ行き、手際よく荷造りを始めた。……二人分の。

「おい、何やってる」ジョーが眉をひそめる。

「え? 旅の準備ですけれど……何か?」 フィオは不思議そうに首を傾げた。

「お前を巻き込む気はない。俺一人で行く」 ジョーが決然と言うが、フィオは作業を止めずに返した。 「昔も、一緒に旅をしていましたでしょう?」

「それは……あの時は、お前を守るためだった。だが、今の俺は戦士だ。お前にはブランクがある」

「ジョーも、10年間飲んだくれて遊んでいたじゃないですか」 フィオの鋭い突っ込みに、ジョーは言葉に詰まる。

「……別にお前は、天の主から選ばれた戦士じゃないだろ」

「選ばれた戦士様たちでも、結局負けたのでしょう?」

ジョーは思わず苦笑した。 「ああいえば、こういうところは……10年前と変わってないな。いいか、あてのない旅だぞ。死ぬかもしれない」

フィオも、ランプの灯りの下で悪戯っぽく笑った。 「ジョー。……今までの私たちの旅に、あてなんてあったこと、一度でもありました?」

その笑顔を見て、ジョーは降参した。 「……フッ。違いねえ。勝手にしろ」

こうして、二人は十数年ぶりとなる、再始動の旅に出ることになった。


「妖艶な地」を後にした二人は、大陸の西海岸にある大きな港町へと向かい、そこから船で黄金の国へと移動した。

旅費は、ジョーが10年間、酒代を削って(あるいは賭博で稼いで)貯め込んでいた、なけなしの隠し財産で何とかなったが、道中、二人は「ロー(天の民)」に対する差別の現実を、何度も目の当たりにすることになった。

各種交通機関の利用料は、ハイ(地の民)の数倍、時には十倍近い「ロー価格(割り増し)」での請求だった。また、船の客室も、ハイは豪華な上層階、ローは家畜同然の扱いで船底の薄暗い部屋に押し込められるなど、待遇の差は明らかだった。

幸い、支配階級であるハイたちは、自身たちが圧倒的な武力を持っているという自負があるため、無意味に襲いかかってくることはなかった。また、彼らはローが貴重な労働源であり、この歪んだ文明の維持にはローの力が必須なことも理解していた。

「共存」といえば聞こえはいいが、それは完全な「支配と被支配」の体制の上に成り立つ、偽りの平和だった。


ようやく2か月に及ぶ過酷な旅を終え、二人は黄金の国へと足を踏み入れた。

かつて、ハイパーインフレと金の亡者たちで溢れ返っていたこの国も、ハイの支配下に入り、秩序(と言う名の抑圧)がもたらされたことで、経済は安定しているようだった。通りの店舗を見渡しても、10年前のような狂乱は見られない。

ジョーはフィオを連れ、とりあえず、当時の高橋の事務所があった場所へと向かった。

微かな記憶と、住人たちへの聞き込みの上、なんとか当時の場所に辿り着くと……。 驚いたことに、そこには10年前と同じ『高橋コンサルタント』の看板が掲げられていた。

(高橋……! 生きていたのか!?) 胸に希望を宿し、ジョーは乱暴にドアを開け放った。

「……あァ? 誰だい、アタシの昼寝を邪魔する奴は」

事務所の奥、デスクに脚を乗せて寝そべっていた人物が、面倒くさそうに顔を上げた。 そこにいたのは、高橋ではなかった。 10年前はまだ10代半ばの少女だった、高橋の助手、アンナだった。

彼女は20代半ばの、妖艶な美女へと成長していたが、相変わらず金髪を派手に盛り、色黒の肌に、露出度の高い、扇情的な格好をしていた。

「……誰だい? 見ない顔だね。ウチはローの相談は受け付けてないよ」 アンナはジョーとフィオを一瞥し、鼻で笑った。

ジョーは他人行儀に、帽子を取って頭をかいた。 「いやー、アンナちゃん。……ジョーっていいますが、覚えていますかね」

「……ジョー? ……ジョー、ジョー、ジョー……」 アンナはしばらく考え、そして、ハッと目を見開いた。 「……あッ! あの時の、革ジャンの飲んだくれ!」

彼女はデスクから飛び降りると、ジョーの元へ駆け寄り、躊躇なくその胸倉をつかみ上げた。 「おい! 飲んだくれ! ……おっさんは……おっさんは、無事なのかッ!?」

アンナの瞳には、高橋を案じる、強い色が宿っていた。

ジョーは悲しげに目を伏せ、答えた。 「……わ、分からねえ。……生きているのか、死んでいるのかも。……ただ。……やつからの『預かり物』は、ここにある」

そう言って、ジョーは自身の右腕のコートの袖をゆっくりと捲り上げた。 カシャリ、と。 そこから現れたのは、人間の肉体ではなく、複雑な歯車とシリンダーで構成された、機械仕掛けの手――義手だった。

「……な、に……これ……?」アンナが、息を呑む。

ジョーは、機械の手を見つめながら、10年前のあの日、世界が崩壊した最深部での出来事を、ゆっくりと語り始めた。

「……地の主の木が、天井を突き破って地上へ伸びていく中。地下に残された根っこが、俺たちを締め付けてきたんだ」 「もはや最後と思ったその瞬間。高橋が天の主からもらった『お守り』が光り出し、周りの根っこを吹き飛ばして、高橋の傷を完全に回復したんだ」 「高橋は、自分以外が瀕死であることを理解し、しんがりになって、皆を逃がした」 「そして、あと少しで地上というところで、地の主が原因と思われる大きな地震があり、落盤があった」 「気が付くと、皆バラバラで、俺の右腕はなくなっていて……手元に、高橋の『機械の手』が落ちてたんだ」

話を聞き終えたアンナは、その場に崩れ落ち、声を上げて泣き始めた。

10年間、彼女は高橋が生きていると信じ、この事務所を守り続けてきたのだ。 ジョーとフィオは、泣き崩れるアンナになんと声をかけていいか分からず。ただ、宿泊先のホテルの名刺をデスクに置き、静かに事務所を後にした。


ホテルに戻った二人は、ベッドに寝そべり、のんびりと体を休めた。 だが、その心は、次にどうすべきかという茫然とした思考で、埋め尽くされていた。

「……明日、港へ行って、修羅の国へ向かう船を探すか……」 ジョーが、天井を見上げながら呟いた、その時。

コン、コン、コン、と。 ホテルの部屋のドアがノックされた。

「……誰だ?」 ジョーが警戒しながらドアを開けると。

そこには、アンナが立っていた。 彼女の瞳には、先ほどまでの涙の跡は消え失せ、代わりに、高橋の意志を継ぐ、強い決意が宿っていた。

アンナは、ジョーとフィオを真っ直ぐに見据え、強い口調で言った。

「……おっさんの仇は、アタシが打つよ」 「あんたたちも、仲間を探しているんだろう? ……アタシもだ」 アンナは自信ありげに笑った。「アタシも、伊達におっさんの助手を何年もやってたわけじゃない。……きっと、あんたたちの役に立つよ」

ジョーは、しばしアンナを見つめ、無精髭の口元をニヤリと歪めた。

失ったものもあれば、新しく生まれるものもある。 絶望の闇に覆われたこの世界に、今、新しい花が力強く咲こうとしていた。


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