廃墟と化した神殿の奥底。かつて天の主が鎮座していたであろう祭壇の跡から、脈打つような不気味な赤い光が漏れ出していた。
「……何だ、あれは」 ジョーが義手を鳴らし、カグヤが静かに気を練る。全員が極度の警戒態勢を敷きながら、光源へとじりじりと近づいていった。
奥へ進むと、ひび割れた石畳の地面に、赤い「何か」が埋まっているのが見えた。まるで巨大な心臓のようなその物体から、暴力的なまでの強い光が放たれている。
「おい、どうする。引きずり出すか?」ジョーが汗を拭いながら問う。 「いえ……待ってください。エネルギーの波長が不安定です」カグヤが制止する。 どのように動くべきか全員で息を潜めて考えていると、赤い光が限界まで膨張し――。
小さな、しかし強烈な閃光と爆発が起きた。 「うおッ!?」 「きゃあッ!」 全員が目を眩まされ、その場にうずくまる。
しばらくして、チカチカする視力がゆっくりと回復していくと。 爆発の跡地には、悍ましい化け物……ではなく、一羽の可愛らしい「白いハト」がポツンと留まっていた。
全員がぽかんと固まっていると、その白いハトのクチバシが動き、神々しい声が直接脳内に響いてきた。
『……10年ぶりですね、天の戦士たちよ。私です。天の主です』
「「「……ハト!?」」」 全員の声が見事にハモった。
『地の主に対抗するため、私もこの10年、ギリギリのところで“受肉の儀式”を行っておりました。儀式の間は一切の連絡が取れず、皆さんには大きな心配と苦労をかけましたね。ですが、これでようやく、私も直接的な干渉をもって地の主に対抗できます』
「い、いや、ちょっと待ってくれ」 タケルが混乱した頭を振る。 「地の主が受肉した時は、50メートルのバケモノみたいな大樹になったんだぞ!? なんでアンタは……ハトなんだよ! 質量が違いすぎるだろ!」
『ふふ。この説明だけでは、皆さんも状況がよく理解できないでしょう。……改めて、私と地の主の本当の正体、そしてこの世界の始まりについて、お話しさせていただきます』
ハトが羽ばたくと、空中にホログラムのような立体映像が浮かび上がった。 そこに映し出されたのは、二人の小さな男女の像。双子なのだろう、性別こそ違えど、二人は全く同じ顔をしていた。
『私と地の主は、はるか昔、外の宇宙からこの星に辿り着きました。私たちは双子でした。名前は、私がソラ。地の主がテラと呼ばれていました』 『私たちが生まれた故郷の星は、愚かな戦争により、全ての民が滅びようとしていました。そこで私たちは、種の存続と希望を求め、脱出船で外の宇宙へと逃れたのです。……脱出の直後、故郷の星が砕け散る最期を、私たちは見届けました』
悲しげなハトの声に合わせて、空中の映像が、業火に包まれて崩壊する美しい惑星の姿を映し出す。
『そして私たちは、争いのない平穏の地を求め、途方もなく長い旅路へと出ました。その末に辿り着いたのが、この辺境の星です』 『当時のこの星には、豊かな自然はありましたが、知的生命体は存在していませんでした。そこで私とテラは、それぞれに新しい生き物を創り出すことにしたのです。私たちは双子の兄妹ゆえに自然な繁殖ができず、故郷の星の技術である“無から生き物を生み出す技”を用いました』
『私が生み出したのが、天の民(人間など)。テラが生み出したのが、地の民(虫人間などのハイ)です。最初は、二つの種族は交流し、平和に暮らしていました。……しかし、歴史は繰り返した。二つの種族は徐々にいがみ合い、ついには全面戦争へと発展しかかったのです』
ハトの目が、悲哀に伏せられる。 『故郷の星を滅ぼした“争いの愚かさ”を骨の髄まで知っていた私は、これを良しとしませんでした。そこで、強権を発動し、二つの種族の住む場所を強制的に分けたのです。天の民は光あふれる地上へ、地の民は暗い地下へと』
『故郷の悲劇を知るテラが、なぜその後、地の民を扇動し、自らを神と名乗ってこのような反乱を起こしたのか……私にも分かりません。ただ、私が彼らを地上から追放したことが、テラの心に深い闇を落としたのかもしれません』 『しかし、理由がどうあれ、私は創造主として責任を取らなければなりません。そこで、テラの行動を止めるため、あなたたち天の戦士を遣わしたのです』
ハトは、ジョーを真っ直ぐに見つめた。 『私は、テラを止めるために、様々な方法で皆さんの持つ運命の力を増幅しました。……特にジョー、あなたなら、その意味が分かるでしょう』
その言葉に、ジョーは舌打ちをし、苦々しい渋い顔を作った。 かつてカプセルの中で眠っていたフィオ。彼女の暴走と、ジョーの体に残る消えない傷跡。そしてフィオの持つ強大すぎる「鋼鉄」の力。天の主は、世界を救う手駒とするために、フィオやジョーの運命にすら介入していたのだ。
『……さあ、皆さん。これが本当に最後の戦いです。この星を二度と滅ぼさないために、私の半身であるテラを止めましょう』
スケールの大きすぎる真実に圧倒されていた一行だったが、タケルがハッと我に返り、問い返した。 「天の主の過去と、力を借りられることは分かった。……だが、俺たちは今、戦力が少なすぎる! リチャードも、ヴィクトリアも、高橋のおっさんもいない。たったこれだけの人数で、あの化物になった地の主に挑むというのか!?」
天の主は、静かに答えた。 『ご案じなく。戦士の数は、当時と同じく「7人」。その力に変わりはありません。……受け継がれし意志よ、今ここに』
天の主が羽を広げた瞬間。 アンナとフィオの右手の甲が、眩い光を放った。
「うおっ!? なにこれ!」 アンナの手の甲には、高橋から受け継いだ『知』の文字が。 フィオの手の甲には、彼女自身の力を示す『鋼』の文字が、新たな神の紋章として深く刻み込まれた。
さらに、既存の戦士たちの紋章にも変化が起きる。 ジョーの文字は「火」から、より強大な『炎』へ。 タケルの文字は「風」から、より激しい『嵐』へ。 カグヤの文字は、陰陽が統合された完全なる『月』へ。 メーテルの文字は、絆を操る『縁』へ。
それぞれが、10年の歳月を経て進化した己の力を確かめるように、手の甲を見つめた。
しかし、ジョーが冷静に数え直して言う。 「……おい、ハトぽっぽ。これでも6人しかいねえぞ。あと一人はどうすんだ?」
天の主は、小さく首を傾げた。 『7人目は……すぐそこまで来ていますよ』
その言葉と同時に、廃墟の神殿の外から、鼓膜を破るような激しい風の音と、重低音のエンジン音が響き渡った。
「なんだ!?」 皆で慌てて神殿の外に飛び出すと。 上空には、全長20メートル近い巨大な船がホバリングしていた。船体には、いくつもの数メートル大のプロペラが取り付けられており、凄まじい風圧を巻き起こしている。木造船と機械が融合したような、空飛ぶ巨大海賊船だ。
やがてプロペラの回転が緩まり、船の甲板からスルスルと縄梯子が下ろされてきた。 「誰か降りてくるぞ……!」
砂煙が舞う中、縄梯子を軽快に下りてきたのは、一行の全く見知らぬ女性だった。 いや、女性と呼ぶにはあまりにも規格外だ。 身長はゆうに2メートルを超え、はち切れんばかりの筋骨隆々の肉体。褐色の肌には無数の傷跡が刻まれ、ワイルドな獣の毛皮を身に纏っている。まるで神話に出てくるアマゾネスの戦士だ。
重戦車のような地響きを立てて着地した巨大な女性は、ニカッと豪快に笑い、底抜けに元気な声で叫んだ。
「ひゃははは! 久しぶりだねぇ、みんな! 待たせちまっただろう! いやぁ、この『飛空艇』の完成に、思いのほか手間取っちまってねぇ!」
「…………え?」 「…………誰?」 ジョーも、タケルも、カグヤも、メーテルも。全員がポカンと口を開け、一切のリアクションを停止した。
皆の微妙すぎる反応を見て、巨大な女性は不思議そうに自身の太い腕をボリボリと掻いた。 「あァ? なんだいお前ら、アタシの顔を忘れちまったのかい?」 女性は、ドンッと自慢の胸板を叩いた。
「あたしだよッ! ヴィクトリアだよッ!!」
「「「「「…………はぁぁぁぁぁぁぁッ!?」」」」」
全員の絶叫が、約束の地の空に響き渡った。 10年前。年齢こそ成人していたものの、身長は140センチ前後しかなく、小柄で生意気な海賊の少女だったヴィクトリア。 それが、どういう過酷な環境で、どういう修羅場をくぐり抜ければ、身長2メートル超えのマッスル・ボディに急成長するのか。もはや度肝を抜かれるどころの話ではない。
「細かいことは気にすんな! 成長期がちょっと遅れてやってきただけさ!」 ヴィクトリアはガハハと笑い飛ばすと、スッと真剣な表情に戻り、空に浮かぶ飛空艇を見上げた。
「……船の準備は万端だ。これなら、空から一気にセントラルの魔樹のど真ん中へ突っ込める」 ヴィクトリアは、10年ぶりに集結した7人の仲間たちを、一人一人見回した。 「どうだい。みんな、準備は万端かい?」
その言葉に。 熱気にあふれていた空気が、一瞬にして凍りついた。
『――すぐ攻めるか、それとも準備を行うか』
突きつけられた議題。 それは、10年前のあの日、最深部で彼らが迫られた選択と全く同じものだった。 あの時、彼らは「万全を期すために、準備を行う(引き返す)」という道を選んだ。もっとも論理的で正しかったはずのその選択が、数時間の猶予を生み、地の主の完全復活を許し、世界を崩壊させたのだ。
重い、あまりにも重いトラウマが、ジョーたちの脳裏をよぎる。 同じ過ちを繰り返すのか。それとも、今度こそ命を懸けて即座に突っ込むのか。
廃墟と化した約束の地に、ヒリつくような、痛いほどの沈黙が走った。

コメントを残す