七つ風の戦士 第二十三話

『すぐ攻めるか、それとも準備を行うか』

突きつけられた、10年前と同じ選択。 廃墟と化した約束の地に、永遠とも思えるような、重く苦しい数分間の沈黙が流れた。 ジョーも、タケルも、カグヤも、メーテルも。全員の脳裏に、あの日の絶望と、失った仲間の顔がよぎっていた。

しかし――。 彼らはもう、未熟だった10年前の若者ではない。

全員が、一言も発することなく、互いの顔を見合わせ……そして、力強く、一斉に頷いた。

(今度こそ間違えない。後悔はない。ただ、前に進むだけだ)

言葉は不要だった。全員の意志が一つに重なる。 「……よし、乗れッ!!」 ジョーの号令と共に、戦士たちはヴィクトリアの巨大な飛空艇へと次々に飛び乗った。 凄まじいプロペラの爆音と共に飛空艇が空へと舞い上がり、一行は地の主が待つ敵の本拠地、「セントラル」へと真っ直ぐに進路を向けた。

発進してしばらくすると、甲板の中央に留まっていた白いハト――天の主であるソラが、皆に声をかけた。 『皆さん、万全の状況で最後の戦いに臨めるよう、私から贈り物をしましょう』

ソラの小さな体から、先ほど廃墟で放たれたのと同じ「赤い光」が溢れ出し、船上の全員を暖かく包み込んだ。 「おおっ……!?」 光を浴びた瞬間、長旅の疲労、古傷の痛み、そしてジョーの長年の酒焼けした肝臓の重さまでもが嘘のように消え去り、全員の体調が、文字通り「完全な万全」の状態へと引き上げられた。

そして、飛空艇は雲を抜け、ついにセントラルの付近へと到達した。 遠目からでもはっきりと分かる。かつて美しい都だったその場所には、天を衝くほどの巨大で悍ましい「魔樹」がそびえ立っていた。

「……見えたな」 ジョーが義手を鳴らす。全員が武器を構え、互いに無言で視線を交わした。 今度こそ、最後の戦いだ。今度こそ、絶対に負けるわけにはいかない。

しかし、魔樹まであと10キロという距離に迫った時。 前方から、空を覆い尽くすような「異様な黒い雲」が、猛スピードでこちらへ向かってくるのが見えた。

操舵輪を握っていたヴィクトリアが、首から下げた双眼鏡を覗き込み、血相を変えた。 「……ウソだろ!? おい、アレ雲じゃない! 虫(ハイ)どもの群れだ! 空を飛んでやがる! 全員、迎撃しろッ!!」

「空飛ぶ虫だと!?」 ヴィクトリアにとって、これは完全に想定外だった。この世界に飛空艇などという航空戦力は存在しない。まさか、空を飛ぶ自分たちが、空から直接攻撃を受けるなどとは思ってもみなかったのだ。

「迎撃だ! 撃ち落とせ!」 アンナが重火器を掃射し、メーテルが気の矢を放ち、カグヤが八卦の力で爆風を巻き起こす。飛空艇の船員たちも砲座につき、必死の弾幕を張る。 何十匹という羽アリや蜂の怪人が甲板に撃ち落とされるが、敵の数が異常だった。文字通り、雲霞の如き大群だ。

「くそっ、キリがねえ!」 戦士たちがいなすだけで精一杯の中、敵は飛空艇の死角である「船底」や「後部プロペラ」へと執拗に群がり、破壊工作を始めた。

「ああっ! 右舷機関部、損壊!」

黒煙が上がり、船体が大きく傾く。 「チィィッ!! このまま、少しでもあの木まで近づけるよ! 掴まってな!」 ヴィクトリアは力任せに舵を切り、墜落ではなく「不時着」を試みた。幸い、技術的な限界で元々それほどの高度を飛んでいなかったため、飛空艇はセントラル郊外の荒野を激しく滑りながらも、全員大した被害もなく不時着することに成功した。

「ゲホッ、ゴホッ……! みんな、無事か!?」 土煙の中、全員がお互いの無事を確認し合う。船は完全に大破したが、命はある。

しかし、感傷に浸っている時間はない。敵の大群はすぐそこまで迫っている。 その時、アンナが瓦礫の上に立ち、鋭い声で叫んだ。

「みんな、聞いて!! アタシが、高橋のおっさんに代わって指揮を執るよ!」

その声には、10年前に仲間を逃がすために命を散らした、あの優秀なコンサルタントと同じ、冷徹なまでの理の響きがあった。

「作戦は『ディテクト・アンド・デストロイ(索敵と殲滅)』! 動くやつを見つけたら、片っ端から倒しながら前に進む! 姿が虫か人かは問わない。情けをかけたら、後ろからブスリだよ!」 アンナは、かつての高橋のように冷酷な事実を突きつける。 「いいかい? こんな最前線にいる奴は、人間だろうが皆敵だ。襲ってこない奴は、隙を狙うように訓練された敵だと思え!」

「お互いのフォローはしない! 自分の身は自分で守る! ……私たちが死守するのは、天の主(ソラ)ただ一羽のみ!」

「「「了解(おう)ッ!!」」」

全員が一瞬でその非情な作戦の意図を理解し、大破した船から飛び降り、地を蹴って走り出した。少し後ろから、白いハトのソラが懸命に羽ばたいて追ってくる。

戦闘の最前線を、嵐の力を得たタケルが風のように駆け抜ける。 しかし、セントラルの市街地跡へ続く一本道に差し掛かった時。 土煙の向こうに、一人の『黒い甲冑の男』が、立ち塞がるように立っていた。

「……そこを退けッ!」 タケルは有無を言わさず、疾風の如き速度で剣を振り下ろした。 ガキィィッ!! しかし、その重い一撃は、甲冑の男が抜いた大剣によって、いとも容易く受け止められた。

「なっ……!?」 激しい鍔迫り合い。他のメンバーはアンナの指示通り、タケルのフォローには入らず、横をすり抜けて先へと急ぐ。

タケルと黒い甲冑の男による、壮絶な一騎討ちが始まった。 刃と刃がぶつかり合い、火花が散る。 タケルは戦いの中で、背筋に冷たいものを感じた。 (なんだ、この剣筋……。俺の太刀筋と、まるで同じ……!?)

タケルが教わった、王国の正統なる剣術。それと全く同じ型で、男はタケルの攻撃をことごとく完璧に捌き切るのだ。

「……うおおおおッ!!」 決着が着きづらい中、タケルが己の限界を超える「嵐」の力を剣に込め、渾身の突きを放った。 男がそれを弾こうとした、わずかな隙。タケルの剣先が、男の首筋を掠め、重い鉄仮面を上に跳ね飛ばした。

カラン、と。鉄仮面が地面に転がる。

「……え」 現れたその素顔を見て、タケルは全身の血の気が引くのを感じた。

無精髭を生やし、瞳の焦点を失った、かつての王国の最強の騎士。 「……リチャード、さん……!?」

タケルは剣を下げ、声を振り絞って呼びかけた。 「リチャードさん! 俺です、タケルです! 生きていたんですね!」 しかし、リチャードはピクリとも反応せず、機械のように再び大剣を振りかぶった。

「無駄だよ。こいつは、俺の操り人形さ」

突然、不気味なしゃがれ声が響いた。 声の出所を探ると、なんとリチャードが着ている黒い鎧の胸の装飾――『獅子の顔』のレリーフが、口をパクパクと動かして喋っていたのだ。

「俺は生きた鎧、魔具『黒獅子(くろじし)』だ。持ち主の精神を乗っ取り、肉体を操り、仲間同士で殺し合いをさせるのが趣味でねぇ。……さあ、お前もおとなしく、かつての恩師に殺されちまいなァ!!」

「やめろ……! クソッ!」 タケルは激しく動揺した。刃を交えるたびに、剣筋が鈍っていく。 かつて、剣のイロハを教えてくれた師匠。背中を預け合った仲間。時には友人のように笑い、時には厳格な父のように叱ってくれた、大好きなリチャード。 彼を斬ることなど、できるはずがない。

タケルは防戦一方になり、ついにバランスを崩して地面に尻餅をついた。 そこへ、リチャードの無慈悲な大剣が、タケルの首目掛けて振り下ろされる。

(……死ぬ!) タケルが目を閉じた、その瞬間。

タケルの首の皮一枚のところで、大剣の刃が完全に停止した。

「あァ!? なにやってんだ、さっさと首を刎ねろ!」 胸の黒獅子が叫ぶが、リチャードの腕は、ワナワナと震えながら、必死に剣を止めていた。

焦点の合っていなかったリチャードの瞳に、微かに、かつての高潔な騎士の光が戻る。 そして、ギリリと歯を食いしばりながら、血の滲むような声で、タケルに向かって言葉を絞り出した。

「……こ……ろ……せ……!」

「……!!」 タケルの目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。 リチャードは、己の魂を削るほどの強靭な意志力で、ほんの一瞬だけ、鎧の支配をねじ伏せたのだ。タケルを、仲間を、生かすために。

タケルは、騎士の誇りを守るための、そのたった一つの願いを理解した。

「……うあああああぁぁぁぁッ!!」

タケルは絶叫と共に地を蹴り、己の剣を、リチャードの胸――悪趣味に笑う獅子の顔のレリーフごと、深々と貫いた。

「ギャアアァァァッ!?」 黒獅子の断末魔の叫びと共に、呪われた鎧が激しい光を放ち、粉々に吹き飛んで消滅する。

支えを失い、ドサリと仰向けに倒れ込むリチャード。 タケルは剣を放り出し、彼にすがりついた。

リチャードの胸には致命傷が開いている。しかし、その顔は、10年間の苦しみからようやく解放されたように、穏やかだった。

リチャードは、涙で顔をぐしゃぐしゃにするタケルを見つめ、優しく微笑むと。 最後の力を振り絞り、微かに動く唇で、最期の言葉を紡いだ。

「……あ……り……が……と……う……」

その言葉を最後に、誇り高き騎士の瞳から、光が消えた。

「リチャードさん……あぁぁぁ……! リチャードさぁぁぁんッ!!!」

敵の待つ最前線。立ち止まることは許されない状況。 それでもタケルは、非情な戦士であり続けることはできなかった。 彼は血に染まった恩師の亡骸を抱きしめ、枯れるまで、何度も何度も、その名前を叫びながら泣き崩れた。


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