通の女子高生だけど、霊能力があるから悪霊なんて怖くない サイドB

今朝も通学の途中で、円城寺灯の姿を見かけた。 「おはよー!」 無邪気な声で手を振ってくる彼女に、俺は軽く会釈だけして、目を合わせずに足早に通り過ぎた。

彼女とは家が近所で、中学校からの同級生だ。中学時代から良くも悪くも「有名人」だった彼女と、まさか同じ高校に通うことになるとは思わなかった。俺が彼女と距離を置いているのは、嫌いだからじゃない。ただ、これ以上深く関わって、彼女が抱えている痛みに触れるのが怖いだけだ。

教室に入ると、今日もいつものように灯の周りに人だかりができている。 「ねぇねぇ、今日も占いやって!」 「俺も俺も!」

灯は得意げに占いを披露しているが、はたから見ている俺には、その光景がひどくグロテスクに映る。 真面目に彼女の占いを信じている奴なんて、ほんの一部しかいない。群がっている女子のほとんどは、スピリチュアルにかぶれた彼女を「痛い子」として見下し、面白半分でいじっているだけだ。男子に至ってはもっと露骨で、彼女のその飛び抜けた美貌に鼻の下を伸ばし、あわよくばお近づきになりたいという下心しか持ち合わせていない。

昼休みを告げるチャイムが鳴ると、灯はそそくさと教室を出ていく。 行く先は知っている。旧校舎の裏庭だ。 あいつが一人でご飯を食べるようになったのには、明確な理由がある。教室にいると、周りの女子たちからその『超能力』を小馬鹿にしたような、いじめに近いイジリを受けるからだ。 特に1年の時はひどかった。ただでさえ目立つ美貌を持つ灯が、奇行ともとれるオカルト発言を繰り返すのだから、クラスの一軍女子たちからの当たりは相当にキツかった。あいつは「静かに落ち着きたい」なんて強がっているが、本当は逃げているだけなのだ。

午後の数学の授業。ここでまた、灯の悪い癖が出た。 今日の数学教師はあからさまに機嫌が悪かった。それに過剰に反応した灯は、突然立ち上がり、自作の怪しげな札を掲げて呪文を唱え始めたのだ。 『悪霊』のせいにして、現実の不機嫌さを処理しようとするあいつなりの防衛本能なのかもしれない。

「急々如律令……悪霊退散っ!!」 「おぉぉーっ!!」「さすが灯!!」

クラスメイトたちが歓声を上げる。だがそれは、灯を称賛しているわけではない。不機嫌な教師が、頭のおかしい女子高生にコケにされているという「構図」を面白がって笑っているだけだ。 当の教師も、怒る気力すらないというように深くため息をつき、「……コホン。よし、それじゃあ授業を続けるぞ」と、灯を完全にスルーした。これ以上関わり合って、厄介事に巻き込まれたくないという大人の対応だった。

放課後。クラスメイトからの遊びの誘いを断り、灯は逃げるように帰っていく。 「霊力を蓄えるため」なんて嘘だ。本当は、母親が寄り道を一切許さないからだ。

灯の母親は、元女優だ。しかし、同じく俳優だった父親が若い女と浮気をして離婚したのをきっかけに、心を病み、新興宗教に深くのめり込んでしまった。 「外には悪霊が満ちている。まっすぐ帰ってきなさい」 それが、母親の教えだ。灯の家の前を通ると、たまに気味の悪いお経を唱える声が外まで漏れ聞こえてくることがある。

その日の夜。 自室でテスト勉強をしていると、開けていた窓から、ヒステリックな叫び声が聞こえてきた。隣の家――灯の家からだ。

「あんたの名前なんてねぇ! 当時私がやってたドラマの役名を、話題作りのためにつけただけなのよ!!」

静かな住宅街に、母親の狂気を孕んだ声が響き渡る。

「あんたさえ……あんたさえいなければ、あの人は私を裏切らなかったのに!! 悪霊よ、出ていきなさい!!」

ドスン、と物が壁に投げつけられる鈍い音がした。

灯は以前、嬉しそうに語っていた。「私の名前は、希望がともるようにって、ママがつけてくれたんだよ」と。 彼女の霊能力も、占いも、除霊も。すべては、壊れてしまった母親との生活や、学校での孤立という『残酷な現実』から自分を守るためにつくりあげた、悲しい妄想の盾なのだ。

あの酷い叫び声を、今、灯はどんな顔をして聞いているのだろうか。 「明日もきっといい日だといいな」なんて、無理やり自分に言い聞かせながら、震えているんじゃないだろうか。

俺はシャーペンを机に置き、隣の家が見える窓のカーテンを、逃げるように閉めた。 明日も彼女は、何もなかったような顔をして、あの狂ったような笑顔で元気に登校してくるのだろうか。俺にはそれを、ただ黙って見ていることしかできない。


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