まずは、あの報告書を上げてきた被害者への聞き取り調査だ。 重い足取りで面会室に現れた被害者の口から出るのは、やはりというべきか、言い訳と嘆きばかりだった。自分がどれだけ狡猾に騙されたか、いかに不遇な被害者であるかを涙ながらに訴える。だが、真壁が突き合わせた資料や契約書には、彼らを法的に守る証拠など一切残っていなかった。全ては、被害者側に圧倒的に不利な内容ばかりだ。
「どうして私がこんな目に……国は、法律は守ってくれないんですか!」
感情的になる被害者に、真壁は冷徹な視線を向け、何度目になるかわからない決まり文句を口にした。
「契約書に一切の不備はありません。あなたは本当に、この契約書を隅から隅まで読んだんですか? 4000万円近い契約ですよ」 ビクリと、被害者の肩が震える。 「もちろん、この件は私が必死に対応します。しかし、私はあなたを一生守れるわけではない。詐欺師はどこにでもいる、あなた自身の身を守るのは、最後はあなた自身の警戒心だということを理解してください」
厳しい言葉だったが、真壁の声音に宿る「必ず対応する」という確かな熱量が伝わったのか、被害者はようやく温度を下げ、静かに頷いた。
さて、片付けるか。
数日後、真壁は「A型装備」を身に纏っていた。 マイク付きの特殊眼鏡と、胸元に刺した保険用のペン型カメラマイクの二点セット。特殊捜査室にのみ使用が認可されたこのA型装備経由で記録された情報は、いかなる内容であれ、裁判での絶対的な証拠として使用可能となる。
真壁はダミーの身分で『アセットプロパティリアルエステートランド』に資料請求を行い、網を張った。数日後、狙い通りに営業マンから連絡が入り、都内の喫茶店で対面することになった。
「いやあ、真壁様。今の時代、ただ貯金しているだけでは資産は目減りする一方ですよ。そこでこの節税対策……」
目の前で身振り手振りを交えて熱弁を振るう若い営業マンの話は、真壁からすれば何百回と聞いた念仏と同じだった。どの会社も手口は判で押したように一緒だ。 テーブルに広げられた資料には、法的に一切の抜かりがない。しかし、営業マンの口からは「絶対に損はさせません」「家賃収入で確実にローンは相殺できます」といった違法な断定的判断の提供や、契約書の記載とは明らかに異なる利益の約束が次々と飛び出していた。
(喋れば喋るほど、自分の首を絞めていることに気づかないとはな)
マイクがすべてを吸い上げている。証拠は完璧に揃った。 真壁はすっかり騙されたフリをして適当な相槌を打ち、後日、本社での本契約を約束して日程を決めた。
そして、事務所に戻った真壁と水瀬は、必要情報をすべて確認し、裏付けを取った。準備は整った。
来る、Xデー。 来客として『アセットプロパティリアルエステートランド』の煌びやかな本社エントランスに足を踏み入れた真壁は、受付の女性に静かに、しかしホール全体に響く声で告げた。
「消費者庁特殊捜査室だ。準詐欺罪消費者保護法に基づく強制捜査を実施する。全員、動くな。PCや書類に触れるなどの余計な動きをした場合は、証拠隠滅とみなし即座に拘束する」
どよめきが走るオフィスに、水瀬を先頭にした捜査員たちが一斉になだれ込む。 『準詐欺罪消費者保護法』が持つ、一つ目の強大な特徴――消費者庁特殊捜査室は、裁判所の令状を待つことなく、独自の権限で強制捜査を行えるのだ。
捜査員一同は手分けして、隠しサーバーから顧客リストを抜き出し、営業日報、そして「絶対に客に渡してはならない裏マニュアル」を押収していく。救済すべき被害者のリストと、奴らの悪逆非道なシステムの全貌が次々と白日の下に晒されていった。
別室では、真壁による取締役連中への聞き取り調査、いや、事実上の「尋問」が始まっていた。 高級スーツを着込んだ取締役の狸どもは、想定通り、口を揃えて同じセリフを吐いた。
「部下が勝手にやったことでして」 「現場のオーバートークなど、私は一切知りません。もちろん会社としての指導責任は負いますがね」 「それに、押収された契約書上、何か法的な問題があるのでしょうか?」
のらりくらりと躱す彼らの言い分を最後まで聞いた上で、真壁は冷ややかに結論を下した。
「救済対象者全員の契約解除、ならびに原状回復を命じる」
『準詐欺罪消費者保護法』の二つ目の特徴――特殊捜査室は、裁判所の長々とした審理と判断を待つことなく、証拠に基づきその場で法的な結論を下せる。
だが、それを聞いても取締役連中は余裕の顔を崩さなかった。表面上は「なんて理不尽な!」と悔しそうなフリをしているが、その目は笑っていた。会社を倒産させれば逃げ切れる。莫大な違約金や被害者の不足金など、払う財産は会社には残っていない。すでに計画倒産の準備はできているのだ、と。
真壁は、そんな奴らの腐りきった手口など百も承知だった。だからこそ、最後のカードを切る。
「なお、被害者への返金および不足金については、お前たち各取締役の『個人口座』から強制的に補填を行う」
余裕ぶっていた取締役たちの顔色が一瞬にして土気色に変わった。 「なっ……馬鹿な! 法人の責任を個人に負わせるなど――」
「できるんだよ、今の法律ならな」
真壁はタブレットを操作し、彼らの目の前にリストを突きつけた。そこには、彼らが妻の名義やダミー会社を使って海外や地方銀行に分散して隠匿していた、個人資産のすべてがリストアップされていた。
『準詐欺罪消費者保護法』の、3つ目にして最大の特権。 特殊捜査室は、対象者のすべての個人情報、口座情報を令状なしで確認でき、かつ、各公的資格の剥奪や、銀行口座などの重要情報を直接コントロール(凍結・差し押さえ)する権限を持っている。
会社という隠れ蓑を使い、騙し取った金を個人の懐に入れて安全圏に逃げたつもりでいた悪党たちは、ここにきて初めて、自分たちが完全に逃げ場のない檻の中にいることを理解した。床に崩れ落ちる者、呆然と天井を見上げる者。その姿は、かつて彼らが絶望に追いやった被害者たちと何ら変わりなかった。
「お前たちが吸い上げた金は、一円残らず吐き出させる。覚悟しろ」
真壁の静かな宣告が、室内に冷たく響き渡った。 今回もまた、真壁たちは多くの被害者を地獄の淵から救い出すことに成功した。だが、社会の暗がりにはまだ無数のゴキブリが潜んでいる。特殊捜査室の戦いは、まだ始まったばかりだ。

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