消費者庁「特殊捜査室」には、複数の人間が在籍している。 真壁のようにワンルームマンション投資詐欺を専門に追う者もいれば、情報商材、マルチ商法など、皆が各自の得意分野を持っている。
当たり前の話だ。彼らは『準詐欺罪消費者保護法』という、令状なしの強制捜査や口座の凍結すら即座に行える、恐ろしいまでの特権を持っている。もしそれが素人の勘違いや暴走で使われれば、正当な企業まで破壊し、多くの人間が路頭に迷うことになる。 だからこそ、彼らには絶対的な掟がある。「自らの絶対的な専門知識以外の分野には、決して手を出さない」ことだ。
今回の事件は、ある中堅メーカーが大々的に発表した「デジタルディポーズ」という技術だ。 ただの空気清浄機ではなく、今までの仕組みよりはるかに多くの空気清浄が可能になる、画期的な次世代技術――そんな触れ込みで、連日テレビCMなどの宣伝を行っていた。
特殊捜査室の片隅で、ぱっと見はやる気のなさそうな男が、今日もあくびを噛み殺しながらモニターを眺めていた。 捜査員の一人、柴崎(しばざき)である。彼は日々寄せられる様々な消費者からの問い合わせに、気怠げに目を通していた。その中の一つの内容が、彼の指を止めた。
『「デジタルディポーズ」という技術の製品が、「ワールドデジタルテクノロジードリームカンパニー」という会社から売られていて、普段からCMで頻繁に流れているので購入したのですが、まったく効果の違いが判りません。名前に惹かれて買ったのですが、この機能は消費者庁で公認されている機能なのでしょうか』
「……ほう」
柴崎の気怠げだった目が、獲物を見つけた鷹のように鋭く光る。 彼は即座に「ワールドデジタルテクノロジードリームカンパニー」のホームページを開き、製品情報、プレスリリース、そして技術的な仕様書など、公開されている様々な資料をすべてチェックし始めた。 その視線は、もはや公務員のものではない。数式の矛盾を見抜く、研究者のそれだった。
「馬鹿馬鹿しい。イオンの発生量も、フィルターの吸着率の計算式も破綻している。メーカーがCMで大袈裟に宣伝しているような特別な機能など、一切確認できないな」
柴崎は立ち上がると、ロッカーから特殊なアタッシュケースを取り出した。 特殊捜査室が独自に保有する「C型装備」だ。 隠し撮りに特化した真壁のA型装備とは異なり、C型装備はあらゆる「環境数値」を正確に測ることができる小型の超高性能センサー群である。汚い飲食店の衛生状態から、労働環境の悪い工場の空気中の有害物質濃度まで、ごまかしのきかないあらゆる空気データを採取・数値化できるのだ。
柴崎はC型装備を身につけ、迷うことなくワールドデジタルテクノロジードリームカンパニーの開発工場へと乗り込んだ。
工場の受付に立つと、彼は静かに、しかし威圧感のある声で名乗った。 「消費者庁、特殊捜査室です。『デジタルディポーズ』についての調査を行います」
有無を言わさぬ特権を振りかざし、柴崎は一直線に「デジタルディポーズ」用の研究室へと赴いた。白衣を着た研究員たちが狼狽える中、柴崎はC型装備を展開し、実際の稼働データ、データの根拠、そして彼らが都合よく数字を抜き出している「データ抽出方法」のログを次々と確認していく。
「やはりな。特定の条件下でしか発生しないノイズのような数値を、恒常的な効果として100倍に膨らませている。おまけに、そもそも検証環境の密閉率すらデタラメだ」
完全にめちゃくちゃな内容であることを確認した柴崎は、懐から端末を取り出し、自らの権限を行使した。 「対象製品の、既存の全広告契約の即時撤回を指示する」
証拠は揃った。 柴崎はその足で、工場の経営陣がいる本社へと向かった。
突然の強制捜査と広告停止の報を受け、本社の会議室では取締役たちが顔を真っ赤にして待ち構えていた。
「消費者庁の人間か! 突然工場に踏み込むなど、営業妨害だぞ!」 「我々の技術は現在申請中のものであり、効果には個人差が……」 「もし損害が出たら、国を相手取って訴訟を……!」
矢継ぎ早に飛んでくる言い訳の嵐。しかし、柴崎はその話を一切聞くことなく、淡々と回答した。
「先ほど、御社が各メディアに出稿している既存の広告を、すべて『リコール案内』に変更しました」 「なっ……!?」 「ご安心を。リコール費用は、事前に確認した御社の財務体形であれば、十分に捻出できる範囲でしょう。倒産には至りませんよ」
ポカンと口を開ける取締役たちを一瞥し、柴崎は冷たく言い放った。
「今後は、あんな見え透いた似非科学(えせかがく)のCMはやめてくださいね。次にやったら、会社ごと市場から消し飛ばしますよ」
特殊捜査室の業務は、常に悲惨な被害者が泣き叫んでいるわけではない。今回の問い合わせのように、「なんか効果がわからないな」と首を傾げる程度の、際立った被害を自覚していないケースも多い。 しかし、被害者が強く訴えなければ放置していいというわけではないのだ。
多くの人民は、もっともらしい言葉を並べた似非科学に簡単に騙されてしまう。素人には、どちらが正しい技術なのか判断がつかないからだ。 しかし、真の技術進歩にとって不要なノイズ――嘘で塗り固められた偽物を市場から排除しなければ、日本の未来はない。
(本当の科学は、もっと美しく、誠実なものだ)
それは、かつて真理を追究しながらも、様々な理由で科学者としての道を挫折した柴崎にとって、この特殊捜査室で果たすべき唯一の「贖罪」であった。

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