消費者庁「特殊捜査室」。 法の死角に潜む悪党どもを狩り続ける彼らとて、血の通った人間である。日々の過酷な業務を労うため、時には休息が必要だった。
今日は、年に一度のチーム慰安旅行の日。 朝一番、東京駅の集合場所に集まった真壁、水瀬、柴崎、桐谷の四人は、手配されていた「超格安・ミステリーバスツアー」に乗り込んだ。たまには仕事のプレッシャーを忘れ、ただの一般消費者として羽を伸ばす――そのはずだった。
だが、地獄のフルコースは出発直後から始まった。
最初の目的地は「高級フルーツ食べ放題」を謳う農園。 しかし、案内されたテーブルに鎮座していたのは、山のように積まれた『胡瓜(きゅうり)』だった。
「当園のルールです。まずはこちらの『前菜』をすべて食べきってから、メロンや苺のエリアへご案内します」 満面の笑みで告げるガイド。柴崎が冷ややかな目で胡瓜の山を計算する。 「……成人男性の胃袋の容積を物理的に超えている。最初からフルーツを食わせる気がないシステムだな」 結局、誰一人としてフルーツのエリアには辿り着けなかった。
続く観光地での滞在時間は、わずか「5分」。景色を見る間もなくバスに押し込まれ、代わりに連行されたのは、予定表にはない「謎のお土産屋(プレハブ小屋)」だった。 出口を店員に塞がれた異様な空間で、「血液が浄化される」という謎の高級貴金属ネックレスを数時間にわたって半強制的に売りつけられる。
夜は豪華な「海鮮バイキング」のはずだった。 しかし、ここでも不可解なルールが立ちはだかる。 「バイキングを取りに行く前に、まずはこちらの『基本セット』をお召し上がりください」 テーブルにドンと置かれたのは、洗面器のようなサイズの丼に盛られた大量の白米と、色鮮やかすぎる業務用の漬物だった。幼い頃に食のトラウマを持つ桐谷が、怒りで箸をへし折りそうになるのを、水瀬が必死でなだめる。
案内された宿は、壁の薄い大部屋の相部屋。敷かれた布団は、せんべい布団を通り越して「シーツの厚み」と大差なかった。背中を痛めながら、真壁はただ無言で天井のシミを見つめていた。
翌朝。渡されたのは冷え切った塩おにぎり一個のみ。 そのままバスに乗せられ、昼前には東京駅へと放り出された。
「……何か、まともなものを食おう」 真壁の提案で、東京駅近くの飲食店へ向かう。店先には「特選牛ステーキバイキング!」と豪華な看板が出ていたが、中に入るとそこにあったのは、干からびたキャベツと、何の肉かわからない謎のミンチ肉だけだった。看板の写真は完全な虚偽表示(景品表示法違反)である。
口直しに近くを散歩していると、ギャラリーのキャッチセールスに捕まった。 「あなた、絵の才能がわかる目をしていますね」 密室のブースに連れ込まれ、無名作家の「謎の版画」を300万円で売りつけられそうになる(絵画商法)。
夜。せめて最後くらいはと、静かそうなバーに入った。 軽く数杯の酒を飲み、さあ帰ろうと会計を頼むと、提示された伝票の額は「80万円」。 いわゆる、ぼったくりバーであった。
――全てが完了した翌日。
特殊捜査室のオフィス。 出勤してきた四人の顔に、疲労の色は全くなかった。むしろ、獲物を前にした猟犬のように、その目はギラギラと殺気に満ちていた。
「旅行代理店、悪徳農園、土産物屋、詐欺宿、虚偽表示の飲食店、絵画ギャラリー、そして昨夜のぼったくりバー」 水瀬が巨大なモニターに、昨日訪れたすべての店舗のリストと相関図を映し出す。
彼らは「ただ騙されていた」わけではない。慰安旅行と称して、寄せられた被害届の多かった悪徳業者を一筆書きで巡る、大規模な『おとり潜入調査』を行っていたのだ。彼らの衣服や眼鏡には、すべての違反行為と脅迫の音声が完璧に記録されていた。
真壁が、冷たく響く声で号令をかける。
「これより、『準詐欺罪消費者保護法』に基づく一斉強制捜査を開始する。対象は、悪質性が極めて高く、証拠隠滅および逃亡、または暴力的な抵抗の可能性が高い指定業者だ」
真壁たちは、いつものスーツ姿ではなかった。 特殊捜査室に配備された三つ目の装備――『B型装備(強制武力行使装備)』。 防弾・防刃仕様の漆黒のタクティカルベスト、ヘルメット、そして非致死性制圧兵器(テーザー銃や特殊警棒)で完全武装した、まるで対テロ特殊部隊のような出で立ちだ。法律を無視し、消費者を暴力や監禁で脅す半グレまがいの業者を、物理的に制圧・排除するための最終装備である。
「悪党どもに、法と暴力の違いを教えてやれ。突入!」
その日、都内および近郊の悪徳業者たちは、かつてない絶望を味わうことになった。 ドアを蹴破り、閃光弾と共に突入してくる黒ずくめの武装部隊。
「な、なんだお前ら!? 警察か!?」 「消費者庁特殊捜査室だ。全員動くな! 抵抗すれば即座に制圧する!」
胡瓜を食わせていた農園主も、軟禁状態で貴金属を売りつけていた店長も、ぼったくりバーの屈強な用心棒たちも、B型装備で武装した真壁たちの前では赤子同然だった。圧倒的な武力で床に組み伏せられ、次々と手錠をかけられていく。 さらに、令状なしの権限で即座に口座は凍結され、隠し金庫の現金はすべて被害者への賠償金として差し押さえられた。
怒涛の一斉鎮圧作戦が終わり、夕暮れの東京。 パトカーと護送車のサイレンが鳴り響く中、ヘルメットを脱いだ真壁が小さく息を吐いた。
「先輩、お疲れ様です。これで少しは……世の中マシになりましたかね」 水瀬が額の汗を拭いながら微笑む。
「ああ。だが、まだ次のリストが山ほど残っているぞ」 真壁は端末に送られてきた新たな「被害報告リスト」を見つめた。
悪党がこの世にいる限り、彼らに休息はない。 だが、誰かの涙を拭うこの終わりのない戦いこそが、彼らにとって唯一の「慰安」なのかもしれなかった。

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