神鳴くんは「こんどこそ」クールを装う 第四話

異次元に存在する妖精国。 その中心にある荘厳な『妖精王の間』で、ピカリスは玉座の前にかしこまっていた。

「それでー、響ちゃんの様子はどうなの?」

玉座に深々と腰掛け、頬杖をつきながら怪しげな笑みを浮かべるのは、星宮葵とまったく同じ顔をした妖精王だ。

ピカリスは顔を伏せたまま、真面目な声で回答した。 「はっ。響は、無事に二回の戦いを突破いたしました。新しいパートナーであるブルースターとの戦闘相性も、問題ございません」

女王は、あきれたように小さくため息をついた。

「そういうことを言ってるんじゃないの。ブルースターのことを、響ちゃんがどう思ってるかって聞いてるの」

ピカリスは少しだけ戸惑いながらも、事実をありのままに答えた。

「申し訳ございません。響は、ブルースターの素性が正体不明であることに、強い苛立ちを覚えているようですピカ」

女王はさらに深いため息をつき、玉座の手すりをコツコツと指で叩いた。

「だーかーら、そういうことを聞いてるんじゃないの。……わかる?」

女王の声音に込められた冷たい圧力に、ピカリスはハッとして顔を上げた。そして、空気を読んだ「正解」を慌てて捻り出した。

「ひ、響は……ブルースターの類稀なる美貌に翻弄され、内心とてもドキドキになっていましたピカ! 学生服の彼女を前に、思わず見惚れてしまっておりました!」

その報告を聞いた瞬間、女王の顔に満面の笑みが花開いた。

「そう! それはよかったわ! ふふっ、やっぱり陰キャの響ちゃんはチョロいわね。ピカリス、引き続きフォローお願いね」

「は、ははっ……!」

ピカリスは心底安堵の表情を浮かべ、逃げるように王の間を後にした。

ブルースターの嵐のような訪問から、二週間。 響の周囲は、奇妙なほど平和な時が流れていた。戦闘は全く起きず、ピカリスは何も話しかけてこない。もちろん、ブルースターが部屋を訪れることもなかった。

俺はたまに、寝る前にあの金髪の令嬢……ブルースターのことを思い出す。 彼女の顔、仕草、どこかでお茶を淹れたような記憶……様々な記憶が混ざり合い、よくわからなくなるが、なぜか「以前から知っていたような」懐かしい雰囲気を醸し出していた。 (彼女は、いったい今何をしているのだろう……)

そして、ブルースターの訪問から三週間が経った、学校からの帰り道。

リュックの中で大人しくしていたピカリスが、急に険しい顔を出した。 「響! ついに三回戦目が始まるピカ! 準備はいい!?」

「は? 敵なんてどこにも……敵の姿も、ブルースターも見えないぞ!」 俺は周囲の住宅街を慌てて見回した。

「ペアタッグは、必ずしも同じ場所に集まってから戦うわけじゃないピカ! 遠隔地からでも合流して参加できるんだよ! 今、ブルースターが敵とレッツダンスを行おうとしてるピカ!

「なんだと!? いつもいつも、そういう重要なルールは先に説明しろよ!

俺の諦めと愚痴が最後まで言い終わる前に、視界が歪み、空間の転送が始まった。

――気がつくと、そこは開けた大型ショッピングモールの、広大な屋上駐車場のような場所だった。

少し離れた場所で、ブルースターと敵のペアが睨み合っている。 敵の片方を見て、俺は息を呑んだ。

「あいつは……!」 雷を扱う能力者、『セイントライト』。3年前の日本予選の決勝で、俺がギリギリで勝てた真面目そうな男子学生だ。 そして、もう一人は見たことがない、彼と同じように真面目そうな、眼鏡をかけた女性だった。

セイントライトはこちらに気がつくと、眼鏡を押し上げながら声をかけてきた。

「やあ、あなたでしたか。以前はやられてしまいましたが……今回はパートナーもいます。今度は負けませんよ」

俺は挨拶など無視して、背後のブルースターに向かって叫んだ。

「ブルースター! 小さい武器をすぐ作れ!

「ええ、よくってよ!」

俺が言い終わるか終わらないかのうちに、俺の右手にすっと鉄の短剣が握らされた。まるでこちらの心を読んでいるかのような、完璧なスピードと連携だ。

俺は間髪入れずに能力を発動した。

世界が静止する。 俺は全速力でセイントライトの懐に飛び込み、首筋に鉄の短剣を一閃した。 (一人目、撃破!)

そのまま、隣にいる眼鏡の女性にも一撃を入れようと踏み込んだが、距離が少し遠かった。 彼女に短剣が届く数センチ手前で、無情にもタイムラグが発生した。

時が動き出した瞬間、セイントライトの喉元から血が吹き出し、彼はその場に崩れ落ちて消滅した。 しかし、眼鏡の女性は無傷だ。

「なっ……! セイントライト君が、一瞬で!?」

だが、普通の世界に戻っても、武器(短剣)を持っているこちらが圧倒的に有利だ。 俺はそのまま彼女に斬りかかろうとした。

その時、彼女は大きく後ろに飛び退きながら、予想外の言葉を叫んだのだ。

『魔雷光(まらいこう)』!!

「ッ!?」

その「聞き覚えがありすぎる言葉」に、俺の脳が警鐘を鳴らした。相手は俺の旧技をコピー、あるいはラーニングしている! 俺は咄嗟に、持っていた鉄の短剣を横へ大きく投げ捨てた。

女性の手から放たれた極太の紫色の雷光は、俺ではなく、空中に投げ出された「鉄の短剣」へと引き寄せられ、俺は間一髪で直撃を免れた。

(あぶねぇ……! 短剣を持ったままだったら黒焦げだった!)

俺は嫌な汗をかいた。 敵は一人になったが、俺はクールダウン中で「時」を使えない。 相手は強力な雷を連発できる女。こちらは、雷と相性最悪の「鉄」を生み出す女(ブルースター)と、ただの高校生(俺)。

一瞬で状況を理解した俺は、ブルースターに叫んだ。 「ショッピングモールの中に逃げるぞ!!」

「よくってよ!」

ブルースターは、ドレスのような制服を翻し、俺よりも早く駐車場の階段口から建物の中へと逃げ込んだ。

モールの中は、バトルフィールド化の影響で無人だった。 俺の能力がリロードされるまでは、まだ数分の時間がかかる。

「逃がしませんよ!」 背後から、眼鏡の女性が追ってくる。彼女は頭の回転が速いようで、こちらの能力が「一撃必殺だが、リロードに時間がかかる強力なもの」であると即座に推測したらしい。

「貴方たちの手は分かっています! 回復の時間稼ぎをしているのね。させないわ!」

彼女は、少しでも物音がした方向に向けて、容赦なく「魔雷光」を放ってきた。 俺とブルースターは、2階の奥にある服屋の、狭い試着室(フィッティングルーム)の中に二人でうずくまり、息を潜めていた。

「……ッ」 ブルースターと密室で密着している状況に、一瞬ドキッとしてしまうが、それどころではない。 遠くのテナントから、雷撃による破壊音が順々に響いてくる。

隣のブースの鏡が割れる音が聞こえた。リロード完了までは、あとわずか。数十秒。

しかし、このままでは試着室ごと丸焼きにされる。 (……ブルースターを囮にはできない!)

俺は覚悟を決め、ブルースターに目配せをすると、黙って試着室のカーテンを飛び出した。 走れば、まだ避けられると信じて。

「鼠が炙り出されたわね!」 俺が飛び出した瞬間、相手の女が冷静に俺を見据えていた。

「これで終わりよ。魔雷光!

俺の行動を予測したかのように、正確に狙い澄まされた雷撃が放たれる。 (直撃する……!)

俺が目を閉じた瞬間。

迫り来るはずの雷が、不自然な角度にグンッと曲がった。 雷は俺を完全に避け、俺の背後……試着室の方へと向かっていき、そこで大音響と共に炸裂した。

「な、なに!?」 敵が驚愕する。

俺が振り返ると、試着室から飛び出した長い**鉄のポール(避雷針)**が、雷の威力を全て吸収していた。 ブルースターが、試着室の中から俺を守るために避雷針を作ってくれていたのだ。

「そんなもの……もう一発!」 敵が再び構えた、まさにその時。

「リロード完了!!」

静止した世界。 俺は一足飛びで眼鏡の女性に接近し、渾身の力で彼女の顔面を殴り飛ばした。

「時よ、動け」

敵は吹き飛び、光の粒子となって消えた。 ギリギリの勝利だった。

バトルが終了し、俺は荒い息をつきながら、すぐにブルースターにお礼を言おうと試着室のカーテンを開けた。

「おい、ブルースター、助かっ……」

そこには、壁にもたれかかって気絶しているブルースターの姿があった。 直撃ではないとはいえ、自身が作った鉄の避雷針に落雷したのだ。その電撃の余波をモロに受けてしまったのだろう。

「おい! 大丈夫か!?」

俺は慌てて彼女に駆け寄り、生死を確認しようと、無我夢中で彼女の胸に耳を押し当てた

ドクン、ドクン……。 規則正しい心音が聞こえる。俺は心底安心して、長いため息をついた。

「よかった……」

そして、体を起こし、気絶しているブルースターの顔を改めて見た時、俺は異変に気がついた。

彼女のトレードマークである、金髪の縦ロール。 その生え際が、少しだけ後ろにズレていたのだ。

(……カツラ?)

俺は恐る恐る、ズレた金髪のウィッグを少しだけ持ち上げてみた。 その下から見えたのは、見慣れた、サラサラの栗色の短い髪。

さらに、顔をよく見る。 白人のように真っ白で透き通るような肌だと思っていたが、首との境目を見ると、明らかに分厚く白粉(おしろい)のような化粧が塗られている。

(おい、嘘だろ……?)

そして、彼女が薄っすらと目を開けた。 鮮やかな青い瞳。だが、よく見ればそれはカラーコンタクトだ。

ウィッグ、白塗りの化粧、カラーコンタクト。 それら全ての「装い」の下に隠されていた、その素顔の造形は――

俺の幼馴染、星宮 葵に、瓜二つだった。

「……葵?」

俺の頭が真っ白にショートした、その時。 薄目を開けたブルースター(?)が、俺が彼女の胸元に顔を近づけている(心音を聞いていた体勢のままだった)のを見て、小さく呟いた。

「……あら、エッチ。何をしているの?」

その口調は、ブルースターの令嬢言葉ではなく、どこか懐かしい響きを持っていた。

「ッ!!」

俺が飛び退こうとした瞬間、バトルフィールドの強制解除が始まった。 視界が真っ白に染まる。

――気がつくと、俺は元いた夕暮れの住宅街に戻っていた。 周囲を見回すが、気絶していたブルースターの姿も、倒した敵の姿も、どこにもない。ペアはそれぞれ、元の場所へと転送されたのだ。

「葵……なのか……?」

今できることは、家に帰ることだけだった。 俺の頭の中は、かつてないほどの混乱と、一筋の「期待」でぐちゃぐちゃになっていた。


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