異次元に存在する妖精国。 荘厳な『妖精王の間』で、ピカリスは玉座の前に深くかしこまっていた。
「それでー。響ちゃんの様子はどうなの?」
玉座に深々と腰掛けた妖精王――星宮 葵とまったく同じ顔をした女王が、妖艶な笑みを浮かべて問いかける。
ピカリスは顔を伏せたまま、恭しく回答した。
「はっ。響は今、ブルースターという『ワンチャンあるかもと思っていた女性』の素顔が星宮葵そっくりだったことで、頭の中がぐちゃぐちゃになっております。特に、ブルースターが気絶から目覚めた際に放った**『エッチ』**という言葉がループしているらしく、毎晩ベッドでひたすらに悶々としているようですピカ」
その報告を聞いた瞬間、妖精王は玉座で腹を抱え、満面の笑みを咲かせた。
「あははっ! 響ちゃんたら、あんな小細工にそんなに惑わされちゃってるのね! 本当におかしいわ、傑作ね!」
女王の無邪気で残酷な笑い声が、王の間に響き渡る。
前回のショッピングモールでの戦いから、二週間が過ぎた。
しかし、俺の周囲では誰からも何の反応もなかった。 ピカリスは我関せずといった態度で、空を飛んで毛繕いをしているだけ。 そして何より、俺が一番気になっているブルースターが、一切姿を見せない。
(……あいつは、葵なのか? それとも、葵の顔を模しただけの別人なのか?)
疑問を聞くに聞けず、俺はひたすらに悶々とした日々を送っていた。 毎朝、毎晩顔を合わせる「現実の星宮葵」は、俺の顔を見ても「おはよー、響!」といつものように声をかけてくるだけで、不審な様子は微塵もない。
俺の脳内は、能力バトルの対策よりも、この謎で完全にパンク寸前だった。
そして、さらに一週間の時が経った、ある休日の午後。 神鳴家のチャイムが、静かに鳴った。
俺が急いで玄関に出ると、そこには、いつものフリル付き制服を着た金髪縦ロールの令嬢――ブルースターが立っていた。
「……おう」
俺は以前と同じように、彼女を自分の部屋に通し、キッチンでお茶を淹れて出した。
俺の頭の中には、聞きたいことが山のようにあった。 『お前は葵なのか』『あのカツラと白塗りは何なんだ』『なぜ俺の前に現れた』。 しかし、それらは全て「妖精バトル」の戦術とは関係のない、俺の個人的な感情に関するものばかりだった。
(……聞けねぇ)
相手から正体を明かさない以上、自分からそれを問い詰めるような「がっついた真似」は、クールな俺の美学に反する。いや、ただ単に、真実を知ってまた「勘違い」だと笑われるのが怖いだけの、俺の弱さだった。
部屋には、重苦しい沈黙が降りていた。 カチャリ、とブルースターがティーカップをソーサーに置く音が、やけに大きく響く。
しばらくの沈黙の後、ブルースターが静かに口を開いた。
「ねえ。……私のことを、どう思ってるの?」
「え……」
俺の思考が停止した。 さらに、深い沈黙の時が流れる。 ブルースターに対して、俺は何を思っているのか。助けてくれる頼もしいパートナー? 素顔が幼馴染に似ている謎の女? それとも――。
俺自身、その問いに対する答えを出せずにいたのだ。
二人の間に、息が詰まるような沈黙が続く。 その重い空気をぶち破るように、空気を読まないピカリスが突然叫んだ。
「響! 新しい戦いが妖精国から申請されたピカ! 二人とも、準備はいい!?」
俺は内心(助かった……)と安堵の息を漏らしつつ、冷静なふりをして思考を切り替えた。 (レッツダンスを通さず、妖精国からの直接マッチング……そんなパターンもありなのか)
次の瞬間、俺とブルースターは、ススキが揺れる夕暮れの河川敷(土手)へと転送されていた。
目の前には、見覚えのある男が立っていた。 細身で長髪、だらしないシャツを着た、ミュージシャン風の男。3年前、俺が能力に目覚めた日、一番最初に戦った「水(アクア)」の能力者だ。
そしてその横には、同じようなロック系のファッションに身を包んだ、別の男が立っている。
「久しぶりだな、坊主! 今日こそは遅れを取らねーぞ! 俺の水の芸術(アクア・アート)で、ビショビショに感じちゃいな!!」
ミュージシャン風の男が高らかに叫ぶ。 その横で、パートナーの男も背中合わせになり、ギターをかき鳴らすようなポーズで大仰な口上を上げ始めた。
俺は、奴らが口上を話している間に、横に立つブルースターへスッと目線を送った。 俺のアイコンタクトの意図を、彼女は完璧に理解した。
ブルースターが扇子を振ると、俺の右手に鋭い鉄の長剣が生成された。
「……長ぇよ」
俺は呟くと同時に、能力を発動した。
世界が静止する。口上を叫んだまま、口を開けて固まっている二人のミュージシャン。 俺は悠然と歩み寄り、二人の首筋に鉄の剣を一閃ずつ振り抜いた。
時が動き出した瞬間、二人の男は何が起きたのか理解する間もなく、白目を剥いて地面に崩れ落ちた。
バトルフィールドが解除され、俺とブルースターは、再び俺の部屋へと戻ってきた。 先ほどまで淹れていたお茶からは、まだ微かに湯気が立っている。
敵を一瞬で屠った高揚感など、この部屋の空気の前では無力だった。 戻ってきた二人は、またしても息の詰まるような沈黙に包まれた。
ブルースターは、ベッドに腰掛けたまま、先ほどと全く同じトーンで、同じ質問を繰り返した。
「……私のこと、どう思ってるの?」
「…………」
終わらない沈黙。 俺は俯いたまま、口を開くことができなかった。 何を言えば正解なのか。どう振る舞うのが「クール」なのか。俺の頭脳は、能力バトルの戦術を導き出すことはできても、目の前の少女の心に対する答えだけは、どうしても弾き出せなかった。
ブルースターは、表情を一切変えることなく、静かに立ち上がった。
「……わかったわ」
彼女はそれだけを呟くと、振り返ることもなく、静かに部屋のドアを開けて出て行った。 パタン、とドアが閉まる音が、俺の心に重く響く。
俺は、誰もいなくなった部屋で、一人ベッドに倒れ込んだ。 天井の木目をぼんやりと見つめながら、自問する。
(俺は……何をしたいのだろうか)
能力で無双しても、最強の力を手に入れても、一番欲しい答えは、どこからも出てこなかった。

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